学園プリンセス ~兄の復讐のために男装して潜入します~
暗い路地の奥から、不格好な悲鳴が響き渡った。
「うわあああ……!」
男子高校生が、他校の生徒らしき数人の男たちに追い詰められていた。
「おい、お前、星蘭学園の生徒だろ?金持ち学校のお坊ちゃんよ……いくらか金をよこせよ」
白昼堂々とした、明らかなカツアゲだった。
しかし、怯えきった生徒は一枚の言葉も発せず、ただ震えることしかできなかった。
「ひゃはは!ビビりすぎて声も出ねえよ!」
不良の一人が彼のシャツの襟首を掴み、無理やり立たせた。
「ほら、立てよ!」
男の一人が彼を殴ろうと拳を振り上げた、その時。
「そいつから手を引きな、クズども」
澄んだ鋭い声が、路地の緊迫した空気を完全に切り裂いた。
「あ?」
「てめえ、誰だ?」
そこには、男子の学ランに身を包んだ者が、毅然とした態度で立っていた。
不良たちはすぐに対象を変え、その生徒から視線を外した。
「やろうってのか?」
「おい……こいつ、女だぞ」
男子の制服を着てはいるものの、生地の下からは女性らしいシルエットが窺えた。
しかし、男装した少女は彼らの視線に微塵も動じなかった。
「その子と一緒に痛い目を見たくなかったら、金を出しな」
「……断る。あんたらみたいなバカに、くれてやる金なんてないよ」
少女は不敵な笑みを浮かべ、不良たちを挑発した。
「この……アマが……!!後悔させてやる!」
怒りに狂った男の一人が、相手が女であることも構わず、力任せに突っ込んできた。
だが、彼女は身軽にその一撃をかわすと、男の首元を掴んで宙へ投げ飛ばした。
「がはっ!」
男は近くの金属製のドラム缶に派手な音を立てて衝突し、その場に響き渡った。
「触るんじゃないよ!さっさとここから消え失せな!」
「ク、クソ……!このままじゃ終わらせねえからな、覚えてろ!」
負傷した仲間を担ぎ、不良たちは這う這うの体で大通りへと逃げ去っていった。
「……立てる?」
先ほどまでの荒々しい態度を一変させ、少女は生徒に優しく手を差し伸べた。
「あっ…………」
「ねえ、あんた星蘭学園の生徒だよね?ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「……!」
しかし、少年はその手をはねのけ、地面から鞄を拾い上げると、脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
彼女は大通りまで追いかけようとしたが、彼はすでに駅の雑踏の中に紛れ込んでいた。
「なんなんだよ……どいつもこいつも同じだ」
(最悪……せっかくあの学園の手がかりを掴みかけてたのに)
ショートヘアを乱暴にかきむしり、重い溜息をつきながら苛立ちと共に思った。
少女は悔しさに拳を握りしめ、先ほど喧嘩が起きた地面を盗み見た。
舗装された地面の汚れの中に、小さく金属製のものがあやしく光っていた。
しゃがみ込んでそれを拾い上げると、それは血に染まった星蘭学園の校章ピンだった。
(間違いない……兄さんを襲ったあの不良どもは、あの名門校の奴らだ)
学ランのポケットにそのバッジを仕舞いながら、背負った約束の重みを感じていた。
この男子制服は彼女のものではなく、今は病院で意識不明のまま横たわっている実の兄のものだった。
「あいつらに、自分がしたことの報いを受けさせてやる」と、家路につきながら計画を練り、心に誓った。
男装は犯人を狩るための理想的なカプフラージュだったが、合法的な侵入経路が必要だった。
先ほど駅で逃げ出した金持ちの生徒の、パニックに満ちた眼差しを思い出した。
「あの臆病なトカゲ……あいつが私の完璧な侵入経路の鍵になるね」と、意地悪な笑みを浮かべて呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、朝の太陽が名門・星蘭学園の校門を強く照らしていた。
少女は両手をポケットに突っ込み、誇らしげに男子の学ランを着て歩いていた。
(結局、犯人を探すためにここに潜入することになっちゃったな……それだけの価値があればいいけど)
周囲からの好奇の視線を無視して中央の廊下を進みながら、心の中で愚痴をこぼした。
その時、大急ぎで走ってきた人影が、彼女の正面にまともに衝突した。
「あ、ごめんなさい!余所見してて……!」
その生徒が顔を上げると、その目は絶対的な恐怖に染まり、限界まで見開かれた。
昨日、あの路地裏で救い出した、あの無力な少年その人だった。
「お、お前……?!昨日の鉄拳の男の子?!」
少年は後ろへ飛び退き、自分の鞄に躓いて、滑稽に地面へと転がった。
「へえ、物凄い偶然だね。本当にこの学校に通ってたんだ」
彼女は少し口角を上げ、臆病な少年の圧倒的な混乱を大いに楽しんだ。
(ふん、運命ってのは面白い方法で手がかりを手に届けてくれるもんだね)
昨日と同じように手を差し伸べながら、彼の目線に合わせてゆっくりとしゃがみ込んだ。
「今度はそんなに簡単に私から逃げられると思わないことだね、お坊ちゃん」
「うわああ……!お、お願いだから殴らないで!」
少年は顔を覆い、木の葉のように震えながら強く目を閉じた。
彼のあまりにも大袈裟な反応に、彼女は思わず鈴が転がるような、優しく甘い笑い声を漏らした。
「安心しなよ、噛み付きはしないから。ただ校長室がどこにあるか教えてほしいだけ」
生徒は恐る恐る片目を開け、自分を待っている差し伸べられた手を見た。
(待って……この声、男にしては綺麗すぎないか?)。
顔を真っ赤に染めながら、少年はついにその手を取り、立ち上がった。
「ジ、ジデオンって言います……」と、彼は照れくさそうに視線を逸らして囁いた。
「よろしく、レンジ。私は新しく入った編入生。まあ……私の秘密にはもう気づいたみたいだけどね」
彼女は茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせ、廊下の誰にも聞かれないように声を潜めた。
男子制服に身を包んだ少女の、新しく波乱に満ちた学園生活が始まろうとしていた。
そして、あの怯える少年を利用すれば、兄の復讐を遂げる日はすぐそこまで来ていると、彼女は確信していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
3ヶ月後
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夕暮れの太陽が、公園をオレンジ色のアジサイのような切ない色に染めていた。
雪乃は男子制服を着て毅然とした足取りで歩いていたが、行く手を阻む三人組を見て足を止めた。
彼らは星蘭学園の生徒で、大柄で、その顔には傲慢さが満ちていた。
グループを率いる男の肩には、見紛うはずのないもの、すなわち生徒会長のパーカーが掛けられていた。
「おいおい、風が何を運んできたかと思えば、お前らか」
真ん中の男が、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて腕を組みながら口を開いた。
「おい、そこのチビ……迷子にでもなったか?それとも何でそんな顔でこっちを見てんだ?」
「そのパーカー……あんたたち……あんたたちが、私の兄を傷つけたクズどもだね?」
雪乃の声は低く響いた。三人の不良たちは困惑の視線を交わしたあと、大きな嘲笑を弾けさせた。
その服を担いだ男が一歩前に出て、絶対的な見下しの目で彼女を上から睨みつけた。
「兄貴だと?ああ、先週病院送りにしてやった、あの弱虫のことか?」
と言葉を引きずりながら尋ねた。
「へえ、あの負け犬には、同じくらい惨めな弟がいて、わざわざ文句を言いに来たってわけか」
(やっぱりこいつらだったんだ……ずっとあの忌々しい生徒会の命令に従って……)
雪乃は拳を固く握りしめ、男子制服の下で血が沸き立つのを感じた。
「兄はあんたたちに何もしてない……!何でそこまでする必要があったんだ?!」と、彼女は答えを求めて叫んだ。
「何で?星蘭学園じゃあ階級がすべてだからだよ、坊や」
と、三人目の不良が地面に唾を吐きながら答えた。
「お前の兄貴は、ルールも会長の命令も守れない無能だったんだよ。システムに従えないゴミはただ処分される、そいつを体に叩き込まれただけだ」
リーダーがパーカーを整えながら付け加えた。茂みの後ろでは、レンジが心臓をバクバクさせ、息を殺してその光景を見つめていた。
(クソ、三対一だぞ……!動いて助けを呼ばなきゃいけないのに、でも……足が動かない……)
その最大の緊迫した瞬間、雪乃の脳裏に、残酷な記憶の数々がフラッシュバックした。
廊下での容赦ない喧嘩、生徒会の前に膝を屈する生徒たち――学園の腐敗した光景が浮かんだ。
そのすべてが、権力を持つ者だけを守るために作られた、理不尽な校則という名目で隠蔽されている。
(学園を自分たちのゲーム盤のように使いやがって……他人を踏みつけながら悪事を引き起こして楽しんでる……絶対にこれ以上思い通りにはさせない……あんたたちは怒らせちゃいけない人間を怒らせたんだよ!)
怒りがすべての迷いを消し去り、雪乃は危険に向かって正面から突っ込んだ。
「口の利き方を教えてやるよ、チビ!」
と最初の不良が叫び、彼女の顔面を目がけて拳を突き出した。
雪乃はその衝撃を、これまでの戦闘で培った流れるような腰の動きでかわした。
相手の勢いをそのまま利用し、鋭い肘打ちを奴のみぞおちに叩き込んだ。
男はその場に膝から崩れ落ち、腹を抱えながら必死に空気を求めて喘いだ。
「この野郎……!捕まえろ!」
とリーダーが怒鳴り、三人目の仲間と共に一斉に襲いかかってきた。
喧嘩は、静まり返った公園の中央で、激しく連動した打撃の応酬へと変わった。
雪乃は前腕で蹴りを受け止め、二人目の襲撃者の顎に正確なアッパーを返した。
その衝撃で男は地面に叩きつけられ、完全に意識を失って戦闘不能になった。
二人の仲間が倒されるのを目の当たりにし、明らかに怯えたリーダーは、退路を探して一歩後退した。
「てめえ、一体何者だ……!普通の生徒がそんな動きできるわけねえ!」と恐怖で叫んだ。
「これから先の、あんたたちの最悪の悪夢さ」
素早い踏み込みと共に、彼女は男の足を払い、無防備で疲れ果てた状態で芝生の上にひっくり返した。
一秒の猶予も無駄にせず、彼女は身を屈め、リーダーの肩から会長のパーカーを力任せに奪い取った。
三人の不良たちは、たった一人の相手に完全に叩きのめされ、地面で呻き声を上げるしかなかった。
レンジは隠れ場所から、その圧倒的な強さの証明を、目を見開いたまま見つめ続けていた。
(信じられない……瞬きする間に三人とも叩きのめした……この人は、本当に誰なんだ……?)
雪乃は負傷者たちを無視して振り返り、数歩歩いて木の陰に立った。
奪い取った服を両手で固く握りしめ、愛おしそうに顔に近づけた。
生地に残る懐かしい兄の匂いを吸い込み、兄の記憶と繋がった。
悲しみと、絶対的な決意の入り混じった光景がその瞳をよぎり、彼女はその布地を胸に抱きしめた。
(最初の一歩は踏み出した……本当の戦争はここからだ)
学園の校舎がそびえ立つ地平線を見つめながら、彼女は澄んだ声で静かに呟いた。
「兄さんの仇は取ったよ、兄さん」
― 終わり ―
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