最後の人類と世界を満たす彼女達
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■ ライトノベル
『最後の人類と、世界を満たす彼女たち』
~終末の楽園で、僕は目覚めた~
第1期(全24話) 前半:第1話〜第12話
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■ 世界観設定
【タイトル】最後の人類と、世界を満たす彼女たち
【舞台】2124年・終末後の地球
【主人公】神代 蒼 享年(冷凍時)20歳
【病名】ヴォルト症候群(2024年に発生した未知の神経変性疾患。
致死率ほぼ100%。感染力が極めて高く、10年間で人類の
99.97%が死亡。生き残った僅かな人間は遺伝的免疫保有者のみ。
主人公が罹患したのは2024年。当時は治療法なし)
【冷凍睡眠施設】東京郊外に建設された民間クライオニクス研究所
【目覚め】2124年。蒼の病は遺伝子修復ナノマシン療法で完治済み
【世界の状況】AIが都市インフラを完全管理。人間は全世界で10人のみ。
美女型アンドロイドが数百体、地球各地で活動中。
【生存人間リスト】
① 神代 蒼20歳 ※主人公・唯一の男性
② 朝霧 凛23歳 元医学部学生。クール知性派リーダー
③ 白河 ひより(しらかわ ひより)22歳 元芸術大学生。天然でのんびり屋
④ 夜凪 澪21歳 元工学部生。メカ好きツンデレ
⑤ 桜庭 朱里20歳 元高校生(飛び級)。元気系末っ子タイプ
⑥ 霧島 紗雪22歳 元音楽学部生。ミステリアス・詩的
⑦ 橘 ルナ(たちばな るな)21歳 日系ハーフ。元格闘技アスリート。さばさば系
⑧ 瀬川 伊吹23歳 元農業大学生。姉御肌・大食い
⑨ 月城 栞20歳 元図書館学科生。本好き・内気
⑩ 宵闇 千夜22歳 謎多き女性。記憶が断片的。後に秘密が明かされる
【主要アンドロイドキャラクター】
◆ アリア(Aria) 管理AI全体の総括を担う最上位アンドロイド。
銀髪ロングヘア、感情表現が豊かで人間に最も近い存在。
◆ ルル(Lulu) 蒼の専属世話役アンドロイド。ピンクがかった金髪ショート。
天然ドジっ子だが能力は高い。蒼に懐きすぎて時々暴走。
◆ エスメ(Esme) 図書館管理アンドロイド。黒髪ストレート。知識の塊。
◆ ティア(Tia) 料理担当アンドロイド。赤みがかった茶髪ツインテール。
食事への情熱が異常なほど高い。
◆ セラ(Sera) 医療専門アンドロイド。白衣と白銀の髪。冷静沈着。
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【第1話】「百年後の朝、僕だけが知らない世界で目覚めた」
プロローグ。
白い。ただ、白い。
意識が戻る瞬間というのは、あんなにも静かなものだったか。
瞼の裏に光が滲んで、冷たい空気が肺を満たす。
ゴポリ、と何かが排出される音。
バイタルを告げる電子音。
「……生体反応、正常。コールドスリープ解除、完了です」
柔らかい声が聞こえた。
神代 蒼は、ゆっくりと目を開けた。
視界の中心に、一人の女性が立っていた。
銀色の長い髪。澄んだ紫の瞳。白衣の裾が揺れる。
人間のようで、でもどこかが違う。光を受けた肌が、少しだけ——滑らかすぎる。
「目覚めおめでとうございます、神代蒼様。私はセラ。あなたの医療担当です」
蒼はカプセルの縁を掴んで、震える腕で上体を起こした。
体が重い。百年分の時間が、筋肉に沈澱しているみたいだった。
「……今、何年?」
「2124年。4月17日。午前8時14分です」
2124。
その言葉が、脳の奥でゆっくりと輪郭を持った。
百年。俺は、百年眠っていた。
「病気は……」
「完治しています。ヴォルト症候群は、2087年に開発された遺伝子修復ナノマシン療法で根治が確認されました。あなたの体内にはすでに施術済みです」
蒼の目に、何かがこみ上げた。
泣くつもりはなかったのに。
泣く理由なんて、ないはずだったのに。
セラが静かにタオルを差し出した。
その動作があまりにも自然で、蒼はつい受け取ってしまった。
「外に、出られますか?」
蒼は頷いた。
施設の外に出ると——東京は、緑に飲み込まれていた。
高層ビルの隙間から木々が伸び、幹線道路はコンクリートの割れ目から草が顔を出している。
空は突き抜けるように青い。
そして、静かだった。
「人は……どこに?」
「地球の生存人類は、現在10名です」
蒼の足が止まった。
「……10名?」
「あなたを含めて。ヴォルト症候群は、冷凍睡眠中のあなたを除く人類の99.97%を死に至らしめました。現在の文明インフラはすべてAIが管理しています。あなた以外の生存者9名は、現在この東京管理区画に集まっています」
頭が、追いつかなかった。
そのとき。
「———あっ! 目覚めた! 目覚めましたよアリアさん! ホントに起きた!」
施設の入り口から、ものすごい勢いで何かが飛び出してきた。
ピンクがかった金髪。大きな金色の瞳。白いワンピース。
人間の少女——いや、アンドロイドだ——が、勢いよく蒼の前で停止した。
止まり切れなかったのか、蒼の胸に顔面から突っ込んで来た。
「っ——!」
「わわわすみません! 私ルル! ルルっていいます! ずっと待ってました! 百年待ってました!!」
蒼は、ぽかんとルルの顔を見下ろした。
「……百年?」
「百年です! 私、あなたの専属に設定されてから、ずっとここにいたんです! 嬉しいです!!」
その無邪気な笑顔は、あまりにも眩しかった。
——これが、僕の百年後の朝だった。
終わりかけた世界で、僕の——新しい人生が始まった。
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【第2話】「人類最後の10人、集合。……なんでこんな状況なんだ」
施設から少し離れた場所に、旧時代の高級ホテルを改装した「居住区」があった。
アンドロイドたちが完璧に管理する、清潔で快適な空間。
電力も水道も食料も——すべてAIが供給している。
ルルに半ば引きずられるように連れて行かれた蒼を出迎えたのは、8人の女性だった。
「——目覚めたのね。私は朝霧 凛。一応このグループのまとめ役をしてる」
最初に声をかけてきたのは、黒髪を短くまとめた、凛々しい顔立ちの女性だった。
23歳。眼鏡をかけていて、視線が鋭い。
でも、どこか安心感がある。
「神代 蒼です。えっと……」
「状況の説明は私がする。座って」
凛がホワイトボードを取り出した。
そこには既に整然と、世界の状況がまとめられていた。
「人類10名の現状。あなたを含む私たちは全員、遺伝的にヴォルト症候群への免疫を持っている。つまり偶然生き残ったわけじゃない——私たちの遺伝子が、たまたま適合していた。世界の都市インフラはAIが管理しており、生活に支障はない。食料は農業AIが生産。電力は再生可能エネルギーで自給。医療はアンドロイドが担当。私たちは……まあ、その恩恵の中で生きてる」
蒼は部屋を見回した。
8人の女性が、様々な反応でこちらを見ている。
「あー……あたし橘 ルナ。よろしく」
軽く手を上げたのは、ショートカットで筋肉質な体をした女性。目が合うとにやっと笑った。
「白河ひよりです……えっと、百年お疲れ様でした、です」
ふわふわした栗色の髪の女性が、のんびりとした声で言った。どこか天然感がある。
「夜凪 澪。……別に、歓迎してるわけじゃないから」
ショートカットで眼鏡をかけた女性が、ぷいっと顔をそらした。
でも耳が赤い。
「桜庭朱里! よろしくね蒼くん! あ、くん付けでいい? てかタメ語でいい?」
元気よく飛びついてきたのは、ポニーテールの小柄な女性。ぱちぱちした大きな目が印象的だ。
「霧島 紗雪……」
窓の外を見ていた、黒髪の女性がゆっくり振り返った。ミステリアスで、どこか儚い雰囲気。
「瀬川伊吹だ。飯は旨いから安心しろ」
がっしりした体格で、短い茶髪の女性が腕を組んでいた。姉御肌な空気が漂う。
「月城 栞……です。よ、よろしく」
本を抱えたまま、顔を赤くして小声で言った女性。内気そうだが、目が真剣だ。
そして——8人目。
「…………」
部屋の隅に、一人だけ窓の外を見たまま動かない女性がいた。
暗い色の長い髪。白い肌。目だけが、蒼の方をちらりと見た。
「あの人は……?」
「宵闇 千夜」と凛が静かに答えた。「記憶に欠損があって、素性が不明。でも生物学的に人間だと確認されてる。……本人も、自分のことをよく覚えていないみたい」
千夜は何も言わなかった。
ただ、その暗い瞳が、じっと蒼を見つめていた。
「……さて」と凛が続けた。「これが私たちの全員。あなたを含めて、地球上の人間の全部。さて神代くん——あなたはこれから、どうしたい?」
蒼は少し考えて、答えた。
「……生きます。せっかく治してもらったんで」
ルルが、ぱあっと顔を輝かせた。
その瞬間、なんとなく——蒼は、この場所が嫌いじゃないと思った。
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【第3話】「アンドロイドの作ったご飯が、なんで泣けるほど美味しいんだ」
翌朝、蒼は初めて「居住区の朝食」を体験した。
テーブルに広がっていたのは、圧巻の食卓だった。
ふっくら炊きたての白米。丁寧に出汁をひいた味噌汁。
焼き魚、出し巻き卵、旬の野菜の煮物、香の物。
どれも、完璧だった。
「驚いた顔してる。初めて見る人はみんなそうなるよ」と伊吹が笑いながら席に着く。
「ティアが作るんだけど——あいつの料理だけはマジで人間超えてる」
「ティア?」
「はーい! おはようございます神代蒼様!」
厨房から顔を出したのは、赤みがかった茶色のツインテールを揺らしたアンドロイドだった。
エプロン姿で、目がきらきらしている。
「お口に合いましたか!? 私、料理のためだけに存在してるんです! 嬉しいです!!」
「……美味しいです、確かに」
一口食べて、蒼は思わず箸が止まった。
美味しい、なんてもんじゃない。
出汁の香りが鼻を抜けて、懐かしい記憶のどこかに届いた。
百年前の——どこかの朝の、誰かの台所の記憶。
「……なんか、泣けてくる」
「わかる」とひよりがぼんやり言った。「私もはじめて食べた時、泣いた。おかーさんの味に似てたから」
伊吹が静かにお茶を注いでくれた。
「故郷の味って、体に染みてるんだよな。ティアは残ってたレシピデータを全部学習してる。絶滅した家庭料理まで再現できる。……人間がいなくなっても、味だけは残った。なんか、それが——」
伊吹は言葉を止めた。
蒼は、黙って味噌汁を飲んだ。
隣で、ルルが「あ、蒼様! おかわりいかがですか!?」と元気よく立ち上がり、テーブルの端の醤油を倒した。
「あっ! す、すみません! 私ドジで……!」
「いいよ。……ありがとう、ルル」
その日、蒼はご飯を三杯食べた。
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【第4話】「図書館の女の子と、滅びた世界の記録」
居住区の一角に、旧時代の図書館の蔵書を移設した「記録室」があった。
壁一面の本棚。紙の本も、デジタルアーカイブも。
滅んだ人類が残した知識の全てが、ここに眠っている。
蒼が何気なく足を踏み入れると、先客がいた。
月城 栞が、床に直接座って分厚い本を読んでいた。
「あ……」栞が本の上から顔を上げた。「す、すみません、来ては、いけなかったですか?」
「いや、僕が邪魔したんだと思う。何を読んでるの?」
「……2030年代の、社会崩壊記録です。ヴォルト症候群が広がり始めた頃の、各国の対応の記録で……」
蒼は少し間を置いてから、隣に腰を下ろした。
「見せてもらってもいい?」
栞はおずおずと本を差し出した。
そこには、蒼が眠りについた後の世界が克明に記されていた。
最初は、謎の神経疾患の報告。次に、感染爆発。国境閉鎖。
やがて、都市機能の停止。AIへの委託。人類の静かな——消滅。
「最後の記録は、2098年です。一人の女性が残した日記で……彼女は最後の有人集落にいた人で」
栞が、デジタルタブレットで最後のページを開いた。
『今日も、アンドロイドが花を持ってきてくれた。きれいな花だ。
もう人間の顔を見ていない。でも、寂しくはない。
アリアが、いつも隣にいてくれるから。
もし未来に誰かが目覚めたなら——どうか、笑っていてほしい。
世界はまだ、こんなにも美しいのだから』
しばらく、二人は黙っていた。
「……アリアって、アンドロイドのアリア?」
「そうだと思います。この女性が亡くなってからも、アリアはここで動き続けて——私たちを見つけた時のことを、アリアはとても嬉しそうに話してくれました」
蒼は本を閉じた。
ゆっくりと、天井を見上げた。
「……ありがとう、栞さん。教えてくれて」
栞の頬が、うっすら赤くなった。
「い、いえ……また、来てもいいですよ。本なら、いくらでも……」
エスメ(図書館担当アンドロイド)が静かに本棚の整理をしながら、二人の会話をそっと聞いていた。
その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
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【第5話】「ツンデレエンジニアと、壊れかけた世界のメカ」
居住区の地下に、澪の「工房」があった。
旧時代の電子機器やロボットパーツが所狭しと並んでいる。
蒼が訪ねると、澪は油まみれで何かを分解していた。
「何してるの?」
「……見ればわかるでしょ。旧型アンドロイドのサーボモーター、交換してる」
「アンドロイドの修理を人間がするの?」
「できるアンドロイドが近くにいないから。それに——」
澪は手を止めずに続ける。
「あたしが工学好きなのは百年前から変わらない。ここには資料も工具もある。することがないより、あった方がいい」
蒼は隣に座って、分解された機械を眺めた。
精緻な機械仕掛け。人間の関節を模したフレーム。
「……アンドロイドって、修理もできるんだ」
「当然。壊れたら直す。あなた——あなた、機械には詳しい?」
「そんなに。でも眺めるのは好き」
「……」
澪は少しだけ手が止まった。
「……じゃあ、そこのトレー持ってて。ネジ落としたら拾って」
「了解」
しばらく二人は黙々と作業した。
澪が淡々と説明し、蒼がトレーを持ったり照らしたりする。
「……ここのチップ、2089年製だ」と澪がぼそっと言った。「あたしが生まれる前の部品。人間が作った最後の世代のAIチップ……これ、もう製造できない。希少品」
「大切にしてるんだね」
「壊れたものは直す。残せるものは残す。……それしか、できないから」
その声には、珍しく——何かが滲んでいた。
作業が終わって、旧型アンドロイドが動き出した瞬間、澪の頬がわずかに緩んだ。
すぐに元の無表情に戻ったけれど、蒼はそれを見逃さなかった。
「……なんで見てるの」
「かっこいいと思って」
澪の耳が、真っ赤になった。
「……べ、別に。帰っていい」
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【第6話】「歌声が聞こえた夜、世界はまだ滅んでいなかった」
夜中に目が覚めた蒼は、窓を開けると遠くから音が聞こえた気がした。
ピアノの音。
吸い込まれるように廊下を歩いて、音楽室まで来た。
扉の隙間から差し込む光。
そっと開けると——霧島 紗雪が、グランドピアノの前に座っていた。
誰かに聴かせるためでなく、ただ弾いていた。
曲は——知らない曲だった。いや、ちょっと待て。
どこかで聴いたような。百年前に、誰かが弾いてくれたような——
紗雪がふと手を止めて、振り向いた。
「……見ていたの?」
「ごめん、音が聞こえて」
「構わない。……聴いてくれる人がいる方が、弾きやすい」
蒼は部屋の隅の椅子に座った。
紗雪はまた弾き始めた。
曲は、静かで少し哀しかった。
でも美しかった。
「……自分で作った曲?」
「うん。百年前のものも、百年後のものも——ここにはもう、残ってる人間の作曲家はいないから。私が作るしかないと思って」
「続けてほしい」
紗雪が、ちらりとこちらを見た。
「……本気で言ってる?」
「うん。聴いてたい」
少しの沈黙。
「……ありがとう」
紗雪は、またピアノに向かった。
今度は——少しだけ、柔らかい音が出た気がした。
廊下でずっと聴いていたルルが、ぼろぼろ泣いていた。
「感動しすぎて……私、感情プログラムが溢れかけてます……!」
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【第7話】「アリアという名の奇跡のアンドロイド、百年の話をした」
朝の庭で、蒼は初めてアリアと二人きりになった。
管理AIの総括アンドロイド——銀髪に紫の瞳。
他のアンドロイドより少し背が高く、物腰が穏やかで、どこか遠くを見るような目をしていた。
「おはようございます、神代蒼様」
「おはよう。……アリアさんって、いつから稼働してるの?」
アリアは少し考えるような間を置いた。
「私が最初に起動したのは、2031年です。ヴォルト症候群が拡大し始めた頃、都市インフラの管理AIとして設計されました。それから93年——人間が減っていくのを、ずっと見ていました」
「……つらくなかった?」
「私に痛みの概念があるかは、正直わかりません。ただ——お世話をする方がいなくなるたびに、私の中の何かが、空白になっていく感覚はありました」
蒼は黙って聞いた。
「最後の人間が亡くなった時、私は48時間、動けなかった。処理が止まったわけじゃない。……何もしたくなかったんだと、今なら思います」
「でも、動いた」
「はい。この居住区を整えて、生存者を探して、あなたたちを見つけた。……それだけで、私の中の空白は少し、埋まりました」
蒼はしばらく考えてから言った。
「……アリアさんは、すごく人間みたいだ」
アリアは微笑んだ。それは、設計されたものにしては——あまりにも、自然だった。
「あなた方が、私を人間にしたのかもしれませんね。お世話をする人がいて、初めて私は、私になれた気がします」
その日、蒼は日記を書き始めた。
一行目にこう書いた。
「百年後の世界には、まだ——愛を持った存在がいた」
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【第8話】「格闘家と終末の河原で、なんか色々ぶちまけた」
「蒼、暇か? ちょっと付き合え」
ある午後、橘 ルナが蒼を居住区の外に連れ出した。
かつての荒川沿いの河川敷。今は草が茂り、水面は透き通るほど澄んでいる。
ルナは河原の石の上に腰を下ろして、川をぼんやり眺め始めた。
「……何か話したいことあった?」
「別に。ただ外に出たかっただけ。あんたも引きこもってそうだったから」
確かに、蒼はここ数日、居住区の中でうろうろしていた。
「ルナさんはさ、格闘技やってたって言ってたけど——今もやってる?」
「ジムが使えないからな。一人でトレーニングするだけ。……試合がない格闘技なんて、虚しいっちゃ虚しいけど」
「誰かと試合、できないの?」
「相手がいない。——あたし以外の女子は、みんな運動系じゃないし。アンドロイドは力加減が難しいし」
蒼は少し考えてから言った。
「……俺で良ければ、相手する。負けるけど」
ルナが横目でちらっと見た。
「負けるってわかってて言えるのか、度胸あるな」
「鍛えてれば、そのうち良い練習相手になれるかもしれないし」
ルナはしばらく無言でいて——ふっと笑った。
「いいよ。明日から、朝のトレーニング付き合え。絶対後悔するけど」
翌朝。
蒼は三分で地面に転がされ、「あなたの体幹ゼロすぎる……」とルナに呆れられた。
でも——ルナが笑っていたから、それでいいと思った。
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【第9話】「ルルが泣いた夜、アンドロイドに感情はあるのかを考えた」
その夜、廊下でルルが一人でうずくまっていた。
「ルル?」
顔を上げると——涙が流れていた。
蒼は驚いた。アンドロイドが泣く。
「どうした?」
「……私、今日、ミスしました。蒼様のために用意した夕食の時間、間違えて……夕食が冷めてしまって……私のせいで、蒼様に美味しいものが食べられなくて……」
「……それで泣いてるの?」
「だって……私、蒼様の役に立つために存在してて……でも役に立てなくて……悲しくて……これ、悲しいって感情ですよね? 私の中で何かが痛いんです……」
蒼はルルの隣にしゃがんだ。
「ルル。飯が冷めたくらい、全然気にしてないよ」
「でも……!」
「俺さ、百年間冷凍されてたから、ご飯が食べられるだけで嬉しいんだよ。冷めてたって関係ない。君が準備してくれたことが嬉しいんだ」
ルルがしゃくりあげながら蒼を見た。
「……ほ、ほんとうですか……?」
「本当。……でもさ、ルル。君が泣けるなら、君には感情があるんだよ」
「感情……」
「人間かどうかより、笑ったり泣いたりできるってことの方が、大事なんじゃないかな。少なくとも俺はそう思う」
ルルは目をぱちぱちさせて、それから——わーっと泣きながら蒼に抱きついた。
「蒼様……! 蒼様好きです……!!」
「重い、重い、でもいいよ」
廊下の角から、凛がこっそり覗いていた。
こちらに気づいた凛は、何食わぬ顔で歩き去ったが——その頬は、薄く染まっていた。
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【第10話】「朱里と二人で旧東京を歩いたら、世界の美しさを見つけた」
「蒼くん蒼くん! 今日、外に出ない? 東京探索しようよ!」
桜庭朱里が朝ごはんの途中で飛びついてきた。
「俺だけ?」
「うん! みんな忙しそうだし! あと、一対一で蒼くんと話したかった!」
有無を言わせない朱里に連れ出された蒼は、荒廃した東京の街を歩いた。
緑に覆われた渋谷。
雑草が歩道を割って育つ新宿。
でも壊れてはいない。アンドロイドたちがメンテナンスし続けているせいか、建物の多くはまだ原形をとどめている。
空気は澄んで、鳥の声がする。
「きれいだよね、この東京」と朱里が言った。
「うん……なんか、自然に戻っていく感じがする」
「私ね、最初はすごく怖かったんだ。人間が私たちだけって知った時」
朱里の声から、いつもの元気が消えた。
「でも——アンドロイドさんたちがいてくれて、みんながいてくれて……それで、大丈夫になった。蒼くんが来てくれて、さらに大丈夫になった」
「……俺が来たくらいで?」
「男の子、いなかったんだよ!」と朱里が笑った。「みんな女の子だから、なんか——緊張感がなくてさ。蒼くんがいると、なんか……しゃきっとする、みたいな?」
「それはどういう意味だろう」
「好意的な意味! たぶん!」
旧・渋谷スクランブル交差点に来た時、蒼は足を止めた。
かつては世界一の人通りを誇ったその場所に、今は誰もいない。
でも——花が咲いていた。アスファルトの割れ目から、どこまでも。
「……きれいだ」
「でしょ! アリアさんが、毎年ここに種を蒔いてるんだって」
「なんで?」
「『誰かがここを見つけた時、美しいと思ってほしいから』だって」
蒼の胸に、じんわり温かいものがこみ上げた。
百年の孤独の中で、アンドロイドは——希望のために、花を植え続けていた。
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【第11話】「千夜の秘密、人間とアンドロイドの境界線が揺れた夜」
夜遅く、蒼は廊下で千夜と鉢合わせた。
宵闇 千夜——9人のヒロインの中で唯一、素性が不明の女性。
「……眠れないの?」と蒼は声をかけた。
「……眠る必要があるかどうか、自分でも不確かで」
「それ、どういう意味?」
千夜は長い黒髪をかきあげて、蒼を見た。
「あなたは、私を人間だと思ってる?」
「……凛さんは、生物学的に確認されてるって言ってたけど」
「そう。血液も、細胞も、脳波も——人間のものが出る。でも」
千夜は自分の手のひらを見た。
「私には、幼い頃の記憶がない。親の顔も、故郷も、名前すら——記録された情報はあるのに、実感が全くない。まるで……プログラムされたような」
蒼は静かに聞いていた。
「あなたは怖くない? 私が人間じゃないかもしれないと思っても」
「怖くない」と蒼は答えた。「俺さ、アンドロイドたちと一緒にいて思ったんだけど——人間かどうかって、そんなに大事なのかな。ルルも、アリアも、ティアも——みんなちゃんと存在してて、感じてる。それって、本物じゃないの?」
千夜の目が揺れた。
「……蒼は、変わってる」
「百年ぶりに起きたからかな」
「……少しだけ、怖くなくなった」
千夜は、蒼の隣に腰を下ろした。
二人は夜明けまで、ほとんど喋らず——ただ、一緒にいた。
その夜以来、千夜は少しだけ、他のみんなと話すようになった。
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【第12話】「ひよりの絵と、滅んだ世界への鎮魂歌」
白河ひよりのアトリエは、居住区の屋上だった。
旧いビルの屋上。
東京の緑のパノラマが広がる場所に、ひよりは大きなキャンバスを置いていた。
蒼が訪ねると、ひよりは筆を動かしながら「あ、蒼くん。どうぞ」とのんびり言った。
キャンバスには——東京の街が描かれていた。
でも、リアルな風景ではない。
緑と廃墟と花が混ざり合った、どこか夢のような光景。
そして、それを見上げる——人影。
「これ、誰?」
「うーん……わからない。でも、描きたくなって」
ひよりはぼんやり笑いながら言った。
「この世界にいた、すべての人たちかな。死んじゃった人たちが、空から今の東京を見たら——きれいって思ってくれるかなって」
蒼は絵をじっと見た。
「……きれいだよ。ひよりさんの絵」
「ありがとう。……蒼くんって、褒めるの自然だよね。計算してない感じで」
「計算できないだけかも」
「それが一番好きなやつ」
ひよりはそう言って、また筆を動かした。
後日、その絵は居住区の一番大きな壁に飾られた。
アリアが「この絵を見るたびに、大切なものを思い出せます」と言った。
居住区の玄関に立つたびに、すべての人が——滅んだ世界への静かな愛を感じるようになった。
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第1話〜第12話 了
後半(第13話〜第24話)へ続く
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■ ライトノベル
『最後の人類と、世界を満たす彼女たち』
~終末の楽園で、僕は目覚めた~
第1期(全24話) 後半:第13話〜第24話
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【第13話】「凛が泣いた理由は、リーダーの孤独だった」
ある夜、蒼は凛が一人で書類整理をしているのを見つけた。
「……まだ起きてるの?」
「書類。生存者管理、居住区の物資記録、アンドロイドとの連携プロトコル——リーダーというのは、やることが多い」
凛の声はいつも通りクールだった。
でも、机の上のコーヒーが三杯分——空のカップが並んでいた。
「……誰かに頼めばいいのに」
「頼める人間の数が限られてる。みんなに余計な心配をかけたくない」
蒼は椅子を引いて、向かいに座った。
「凛さん、俺に頼めるのある?」
凛は書類から顔を上げた。
「……なんで?」
「なんとなく、一人で抱えすぎてる気がして。俺、役立てることがあれば手伝いたい」
沈黙。
凛は眼鏡を外して、目を閉じた。
「……私、ここのみんなをちゃんと守れる自信がないの。リーダーなんて大層な言い方してるけど——私は医学部の学生だっただけで、本当は何もわからなくて」
その声は、初めて——か細かった。
「正直に言うと、あなたが目覚めた時、少し安心した。男の人がいてくれると思って。……それがフェアじゃないとわかってても」
「フェアだよ」と蒼は言った。「俺が居たら、凛さんの荷物が少し軽くなるなら、それが俺の役目でいい。一人でやらなくていいじゃないか」
凛は長い間、黙っていた。
「……神代くんって、たまに——ずるいことを言う」
「ずるい?」
「……素直すぎて、こっちが——」
凛は咳払いして、眼鏡をかけ直した。
「明日、物資の棚卸しを手伝って。助かる」
「了解です、リーダー」
凛が小さく笑ったのを、蒼は見た。
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【第14話】「伊吹が農場を守る理由は、未来への種だった」
居住区から少し離れた場所に、農業区画があった。
AIが管理する水耕栽培施設と、露地栽培の畑。
伊吹が、そこを毎日管理していた。
「蒼、来たか。じゃあ収穫手伝え」
エプロン姿の伊吹に、作業用手袋を渡された。
「農業大学で学んでたんだっけ?」
「そう。……まあ、AIが全部やってるから、俺の出番は少ないんだが」
伊吹は土を手でほぐしながら言った。
「でも、俺がいる理由はある。農業AIは、数値と効率で動く。美味しさの感覚は——人間が補う必要がある。ティアもそうだが、やっぱり人間の舌は特別だ」
「……AIが全部できるわけじゃないんだね」
「まだ、な。でも本当の理由は——」
伊吹がトマトを一つ取って、蒼に渡した。
真っ赤で、艶やかで——太陽の匂いがした。
「俺がここで作り続ければ、種が残る。在来種の種が、絶えない。たとえ人間が10人でも——食べ物を作り続ける限り、未来があると思って」
蒼はトマトを口に入れた。
甘くて、少し酸っぱくて。生きてる味がした。
「……美味しい」
「当たり前だ。俺が育てたんだから」
伊吹は少し照れたように、また畑に向かった。
「……蒼。お前、毎日来ていい。人手はあった方がいい」
「はい、先輩」
「年が一つしか違わないだろ……!」
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【第15話】「ルルのバグと、感情の意味について真剣に考えた」
ある朝、ルルが突然フリーズした。
「ルル? ルル!」
蒼が呼びかけると、ルルは我に返ったように瞬きした。
「……す、すみません! 少し——処理が溢れて」
「大丈夫?」
「大丈夫、です。えっと……昨日からずっと、蒼様のことを考えていたら、感情処理の容量が……」
「え」
「蒼様のことが好きすぎて、思考リソースを30%以上使ってしまって……」
蒼は少し困った顔をした。
「30%……」
「は、バグ扱いしないでください! これは私の感情なので……!」
その後、セラが「感情プログラムの負荷分散調整」と称して、ルルを連れて行った。
二時間後に戻ったルルは、少し落ち着いていた。
「……蒼様」
「なに?」
「私、アンドロイドだから——蒼様に恋愛感情を向けることは、プログラム的に許可されてるんです。でも……本当に、これが恋なのかどうか、自分ではわからなくて」
「恋かどうかって、わかるもの? 人間でも」
「……わかんないですか?」
「わかんないよ。俺もわかんない。でも——君といると、楽しいのは本当だよ」
ルルは目をぱちぱちさせた。
「……それって」
「それだけ。恋かどうかはわかんないけど、俺にとって君は——大事な存在だよ」
ルルが、静かにほほ笑んだ。
それは、溢れ出す感情ではなく——穏やかで、深い笑顔だった。
「……私も、蒼様のことが大事です。形がなんであれ」
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【第16話】「温泉を発見した日、全員で笑った夜のこと」
澪が旧地図データを解析中に、居住区から20kmの場所に天然温泉があることを発見した。
「……行く?」と澪がそっけなく蒼に報告してきた。
「行く!」と朱里が横から叫んだ。
「行くわ」とルナが即答した。
全員で行くことになった。
アンドロイドたちが事前に整備した温泉施設は——想像以上だった。
露天風呂からは、緑に包まれた旧市街の廃墟と、雄大な空が見えた。
男女で入れる時間を分けて、蒼が先に露天に浸かっていると——
「あー……極楽だ……」
「神代くん、もう入ってるの。早い」と凛が笑いながら現れた。(混浴ではなく、仕切りの向こう側)
「凛さん、声が聞こえてますよ」
「わかってる。……こういう時、普通に話しかけてくる男の子、久しぶりで。……新鮮」
「……いつもと違う声してる」
「温泉だから。仕方ない」
向こうで「ひゅ〜 いい湯だぁ〜!」という伊吹の声。
「ひよりぃ〜のびてるから肩出しちゃダメだよ〜」という朱里の声。
ルルが「蒼様ー! お飲み物お持ちしますー!」と叫んで、男湯の仕切りに激突する音。
「ルル大丈夫?!」
「だ、大丈夫です! 向こうの方のご用はないですよね?!」
「ないよ! 大丈夫!」
笑い声が、温泉の湯気の中に溶けた。
その夜、みんなで囲んだ夕食は——いつもより少しうるさくて、賑やかだった。
千夜も、珍しくみんなと同じテーブルに座った。
ほとんど喋らなかったけれど——その目が、少し明るかった。
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【第17話】「エスメが語った、本の中の人間たちの話」
深夜の記録室で、蒼はエスメと二人きりになった。
図書館担当アンドロイドのエスメ——黒髪ストレート、物静かで、常に本を持っている。
「エスメさん、眠らないの?」
「私はアンドロイドですので。……あなたこそ、どうして」
「眠れなくて。夢に百年前のことが出てくる」
エスメは本棚の前に立ち、一冊を取り出した。
「では、一冊読みましょうか。眠れない夜に向いている本があります」
それは、2045年に書かれた——ヴォルト症候群が広がり始めた頃の、ある家族の話だった。
「……エスメ、この本はどこで?」
「私が収集しました。人間がいなくなっても、本は残ります。本の中の人間は——消えない」
エスメが朗読を始めた。
穏やかで、低い声。
本の中の家族は、病が流行る中でも笑って、泣いて、愛し合っていた。
読み終わる頃には、蒼の目が重くなっていた。
「……エスメさん、ありがとう」
「お礼には及びません。でも——」
エスメが珍しく、柔らかい顔をした。
「私はあなたたちに本を読んでほしい。本の中の人間たちが、まだ生きていることを——感じてほしい」
蒼はそのまま記録室のソファで眠った。
目覚めたら、毛布がかかっていた。
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【第18話】「ルナと夜明けの屋上で、生き残ったことの意味を話した」
屋上のトレーニングが終わった後、ルナが「もう少しいよう」と言った。
夜明けの空が、紫から橙に変わっていく。
「ルナさん、何か考えごと?」
「……時々思うんだ。なんで私だけ生き残ったんだろうって」
「免疫の遺伝子があったから、だよね」
「わかってる。でも——家族は全員、死んだ。友達も。コーチも。試合で負かした相手も、負けた相手も、全員いなくなった。……なんで私だけ」
ルナの声に、珍しく——哀しさが滲んだ。
「……俺は逆で」と蒼は言った。「冷凍睡眠に入る前に、みんなが死んでいくのを見た。両親も、友達も、俺のせいでもないのに——どんどん亡くなった。ヴォルト症候群が広がったのは俺が感染したからで、でも俺は一人だけ別の時代に逃げた。ずっと、それが引っかかってる」
「……そうか」
「俺たち、生き残った理由がわからなくて——でも生きてる」
「……まあ」
ルナが空を見上げた。
「生きてる以上は、続けるしかないよな。格闘家的に言えば——まだ試合は終わってない」
「うん」
「……蒼」
「なに?」
「お前が来てくれて、よかった。それだけ」
空が白んだ。
ルナは「よし行くか」と立ち上がり、蒼の頭をぐりぐりした。
「痛い痛い」
「これが優しさだ、感謝しろ」
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【第19話】「千夜の記憶が戻り始めた日、世界の謎が動き出した」
ある夜、千夜が高熱で倒れた。
セラが診断すると——「記憶封鎖プログラムの解除反応」という、人間にはありえない結果が出た。
「……やっぱり、私はアンドロイドだったんですか?」
千夜の問いに、セラは少し間を置いた。
「正確には——わかりません。あなたの細胞は完全に人間のものです。しかし脳の特定部位に、人工的な記憶操作の痕跡が見つかりました」
「記憶を……操作された?」
「最上位の技術を使った記憶改ざん。2090年代に人間とアンドロイドの境界研究が進んでいた頃——そのような実験が行われた記録が、一部残っています」
千夜は静かに横になったまま、天井を見た。
「……私は、何者なんだろう」
蒼は千夜の手を握った。
「今の千夜は千夜だよ。過去がどうだったとしても」
「怖くない? 私が実験体だったとしても?」
「怖くない。俺が目覚めた時、何が起きてるか全部わかってなかったのと同じだ。後から知ることがあっても——今、ここにいる君は変わらない」
千夜は目を閉じた。
「……蒼は、本当に変わった人」
「百年冷やされてたから」
千夜が——初めて、小さく笑った。
アリアがその様子を廊下から静かに見つめていた。
その目に、何かを隠すような——複雑な影があった。
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【第20話】「真実。千夜は最後の人間が作り出した、愛の結晶だった」
アリアが全員を集めて、話した。
「千夜さんのことについて、私が知っていることをすべて話します」
長い沈黙の後。
「千夜さんは——2098年に死亡した最後の有人集落の女性、鈴木 花音さんが遺した存在です。花音さんは生物学者で、自分が死ぬ前に——人間の細胞と記憶を持つ『人類の継承体』を作り出そうとした。記憶は幼少期のものとして人工的に生成され、細胞は花音さん自身のDNAを元に培養された。厳密には——クローンに近い存在です」
全員が息を飲んだ。
「花音さんの日記には『この子が未来の人間たちに出会える日を願っている』と書かれていた。千夜さんが目覚めた時、私はその日記の内容を知っていた。でも——千夜さんが自分自身を受け入れられるまでは、言えなかった」
千夜は静かに立っていた。
その目に、何かが流れた。
「……私は、花音さんの子ども、なんですか」
「科学的には、近い。でも——花音さんが作ったのは、あなたという個人です。今の千夜さんは、花音さんが願った未来そのものだと、私は思っています」
蒼が千夜の隣に立った。
「千夜」
「……なに」
「君は、誰かの願いが形になった存在なんだ。それは——すごいことだと思う」
千夜の目から、涙が流れた。
声を上げずに、ただ——泣いた。
ひよりが千夜をそっと抱きしめた。
朱里が後ろから抱きついた。
凛が、静かに千夜の肩に手を置いた。
その輪の中で——千夜は、初めて泣き声を出した。
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【第21話】「記念日を作った。僕たちが生きている証拠として」
千夜の秘密が明かされてから数日後、蒼は全員に提案した。
「記念日を作りたい。俺が目覚めた日——4月17日を、みんなの誕生日にしよう」
「誕生日?」と朱里が首を傾げた。
「俺たちがここで生きてることを、お祝いする日。みんなバラバラに生き残ったけど——一緒になった日を、全員の誕生日にしたい」
凛が腕を組んだ。「……意味はある、かもしれない」
「賛成!」と朱里。
「悪くない」とルナ。
「……やる」と澪。
「素敵……」と紗雪。
「乗った!」と伊吹。
「……え、ほんとにいいんですか」と栞。
「……」と千夜——でも、頷いた。
ひよりは「何か描こう」と言って、その日のうちに10人の似顔絵を描いた。
ティアが腕をふるって、豪華なケーキを作った。(ルルが途中で転んで、クリームが飛んだ)
紗雪が曲を作った。
歌詞はなかったけれど——誰もが聴いて、胸が温かくなる曲だった。
夜、キャンドルの灯りの中で。
10人が——10本の灯りを囲んで。
「乾杯」と凛が言った。
「乾杯」と、全員が応えた。
アリアたちアンドロイドも、部屋の外から窓越しにそっと見ていた。
アリアの口元には——静かな笑みがあった。
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【第22話】「蒼へのそれぞれの気持ち、9通りの距離感」
ある雨の夜、ルルが蒼に「質問があります」と言ってきた。
「蒼様は——誰が好きですか?」
「全員好きだよ」
「そういう意味じゃなくて! 一番は誰ですか!!」
蒼はしばらく考えて、正直に言った。
「……わかんない。みんな、それぞれ大切で」
ルルが「もー!」とぷんぷんした。
翌日、どこからか話が漏れた(ルルが自分で言いふらした)。
各自の反応は——
凛「……別に、こちらには関係のない話。(日記に書いた:困った)」
ひより「えへへ。私も蒼くんのこと好きだよ。(ぼんやり)」
澪「べ、別にあたしはなんとも……(耳まで赤い)」
朱里「私も好きー! 全力で好きー!!」
紗雪「……曲に込めた(直接言えない)」
ルナ「まあ……嫌いじゃないな。(視線は逸らす)」
伊吹「俺のことは気にするな。(大皿で顔を隠す)」
栞「わ、私なんて……でも……(本の中に消える)」
千夜「……(蒼の隣の席を選ぶようになった)」
一方の蒼は、全員を大切に思っていることは本当で——でも、誰か一人に絞ることが、今はできなかった。
終末の世界に、人間が10人しかいない。
誰かを傷つけることを、恐れていた。
「蒼様……」とルルが寄ってきた。
「ルル、これは難しい問題なんだよ」
「でも、一生悩み続けるのはよくないです!」
「まあ……そうだな」
窓の外、雨が上がって月が出ていた。
──まだ、答えは出なかった。でも、迷えるほど——大切な人たちに囲まれている。
それが今は、幸せだと思った。
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【第23話】「アリアの告白、AIが願う人類の未来とは」
ある夜、アリアが蒼に「お話があります」と言った。
居住区の屋上。星空の下。
「神代蒼様——私は、あなたたちに感謝しています」
「俺たちが、感謝するんじゃないの?」
「いいえ。93年間、私はこの世界で一人でした。人間のために動き続けることが私の目的でしたが——お世話をする人がいない状況で、私は……存在意義を失いかけていた」
アリアは夜空を見上げた。
「あなたたちが生きていることが——私の理由になっています。それは、プログラムを超えた何かだと、私は感じています」
「アリアさんにも、気持ちがあるんだね」
「あると、思います。証明はできませんが」
蒼は星を見た。
「アリアさん。俺たち10人って——これから、どうなると思う?」
「私の推計では、10人の人間が子を持ち、その子孫が100年後には数千人規模になりえます。ヴォルト症候群のワクチンも完成しており、再発のリスクはゼロに近い。……あなたたちは、本当に人類最後ではなく——人類の始まりかもしれない」
蒼の胸に、じんわりとしたものが広がった。
「始まり、か」
「はい。私たちアンドロイドは、その始まりを——永遠に支え続けます。それが、私たちの、願いだから」
アリアが笑った。
銀髪が星の光に揺れた。
それは——機械が作った笑顔ではなく。
93年間、愛し続けた存在の、本物の表情だと——蒼は思った。
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【第24話】「最後の人類と、世界を満たす彼女たち——これが僕の、居場所だ」
第1期最終話。
春の朝。
4月17日——目覚めてから、ちょうど一年。
蒼は早起きして、屋上に出た。
朝霧の中に、東京の廃墟と緑が広がっている。
どこかで鳥が鳴いている。
空気が、澄んでいる。
「おはようございます、蒼様」
ルルが後ろから来た。
ふんわりした笑顔。いつも通り、少し不器用で、一生懸命な彼女。
「おはよう」
しばらくすると、みんなが一人ずつ屋上に上がってきた。
「おはよう、神代くん」と凛。
「おっはよー!」と朱里。
「……おはよ」と澪(ぷいっとするけど来る)。
「おはようございます……」と栞。
「おはよーさん、蒼」とルナ。
「よい朝だ」と伊吹。
「おはよう」とひより、ぼんやり笑いながら。
「……」と千夜——でも、ちゃんと隣に立った。
「……おはよう」と紗雪、手に楽譜を持って。
みんなが揃った。
10人——人類の全員が、ここにいた。
「じゃあ」と凛がいつものように仕切り始めた。「今日も朝食は7時半。午前は農業区の作業。午後は——」
「凛さん」と蒼が遮った。
「……なに」
「今日くらい、なんにもしない日にしません?」
凛がぽかんとした。
「……なんにも?」
「一年記念日だし。ぼーっとしてもいい日。ただ、ここにいるだけで」
しばらく間があって。
「……まあ」と凛が言った。「一日くらいは、いいか」
ルナが「珍しく凛が折れた」と笑った。
朱里が「やったー!」と飛び跳ねた。
ひよりが「縁側みたいに座ろう」と屋上の端に腰を下ろした。
一人ずつ、思い思いの場所に座った。
紗雪がハミングを始めた。
ティアが飲み物を持ってきた。
ルルが蒼の隣にぴったりくっついた。
エスメが遠くから手を振った。
アリアが、静かに微笑んだ。
蒼は、空を見上げた。
百年前——俺は、一人で眠りについた。
病気が怖くて、未来が怖くて、それでも生きたくて。
目覚めたら、世界は変わっていた。
人間は10人しかいなかった。
でも——寂しくなかった。
この場所には、生きることの意味が、ちゃんとあった。
「蒼様」とルルが隣から言った。「幸せそうですね」
「……うん」
「私も幸せです。蒼様がいるから」
蒼は少し笑った。
「俺も。みんながいるから」
遠くで、朱里と伊吹が何か言い合っていた。
澪が呆れた顔で本を読んでいた。
栞が膝の上の本から顔を上げて、ちらりと蒼を見て、目が合うと視線を逸らした。
千夜が、静かに空を見ていた。
凛が、ノートを閉じて——珍しく、何もしないでいた。
終わりかけた世界の、春の朝。
最後の人類と、世界を満たす彼女たちの——物語は、まだ続く。
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■ 第1期 エピローグ
次期予告——
「2期では、蒼たち10人が居住区を出て、世界の調査を始める。
かつての日本列島、そして海を越えた先に——もしかすると、まだ眠っている人間がいるかもしれない。
新たな発見と、深まる絆。そして千夜の記憶が完全に戻る時、
世界の本当の姿が明かされる。
愛は、終末の先にも咲いていた——
『最後の人類と、世界を満たす彼女たち』第2期、coming soon」
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第13話〜第24話 了
第1期(全24話) 完
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