第9話:民心の掌握
富士川の戦い、直後。 平家が戦わずして敗走し、勝ち鬨が上がる源氏軍。だが、菅野(義経)の視線は、逃げ惑う平家の残党ではなく、戦火に怯え、道端にうずくまるボロボロの民たちに向けられていた。
「……おい、おっさん。いつまで高度を落としてやがる。さっさと離陸て」
菅野は馬を止め、泥を啜っていた老婆の前に、鎌倉から分捕ったばかりの干し肉を無造作に放り投げた。 「これ食って、さっさと家に帰れ。……余計な『ノイズ』を撒き散らすな」
老婆は震えながら肉を掴み、何度も頭を垂れた。 菅野に慈悲の心があったわけではない。ただ、かつて敗戦濃厚な日本で、空腹に耐えながら自分たちの機体を見上げていた国民の姿が、目の前の民衆と重なっただけだ。
「……殿。……民衆への給養。……了解いたしました。拙僧らも、余剰の兵糧を分配いたしましょう」
弁慶(庄一)が、その巨躯に似合わぬ手際の良さで、略奪を禁じ、代わりに橋を直し、負傷した敗残兵にすら「俺のケツに付いてこい!」と声をかけて編隊に組み込んでいく。 「ガハハハッ! 殿の慈悲、骨身に刻めよ! ……さあ、お前ら! 墜ちた機体を叩き直して、新しい空へ飛び立つぞッ!!」
菅野が歩む道の後ろには、いつしか源氏の兵だけでなく、救われた民や行き場を失った武士たちが、巨大な雲のように膨れ上がっていた。 それは、頼朝の目指す「法と秩序による統治」とは全く異なる、強烈な個の引力による「信服」だった。
一方、鎌倉。頼朝の本陣。 届いた報告書を読み終えた頼朝の指先が、微かに白くなった。
「……九郎が、民や兵の心を私物化しているだと……?」
戦術的な勝利。それは賞賛に値する。 だが、その勝利の後に、民が「源氏」ではなく「義経」の名を叫んでいるという事実は、政治家である頼朝にとって、どんな敵軍よりも恐ろしい「脅威」だった。
「……九郎。お前は、あまりに高く飛びすぎる。……高高度は、冷たい空気が流れているというのに」
頼朝は、まだ誰もいない鎌倉の空を仰いだ。 兄弟の絆という名の編隊に、決定的な乱気流が混じり始めた瞬間だった。




