第8話:高度ゼロの格闘戦(ドッグファイト)
富士川、平家本陣。 水鳥の一斉に飛び立つ羽音が、パニックの引き金となった。暗闇と異音、そして実際以上の数に見せかけた篝火の群れに、平家の将兵は「包囲された」という錯覚に陥り、我先にと後退を始めていた。
「……よし。敵の編隊はバラバラだ。……全機、突入ッ!!」
菅野(義経)の声が、爆音のように戦場に響いた。愛馬の腹を蹴り、垂直に近い勢いで土手を駆け下りる。その加速は、かつて重力(G)に耐えながら敵機の背後を奪った、あの急降下そのものだった。
「ひ、卑怯なり源氏! 名も名乗らずに――」 逃げ遅れた平家の武者が叫ぶが、菅野の耳には届かない。
「名乗りだと? ……そんなもん、無線機が壊れてから言いやがれ!」
すれ違いざま、抜刀の一閃。 菅野の太刀は、敵の鎧の隙間――最も脆弱な「急所」だけを正確に切り裂いた。一撃離脱。深追いはせず、速度を殺さぬまま次の標的へと旋回する。その機動は、重たい鎧を纏った平安の武士たちには、まるで残像を追わされているような錯覚を与えた。
その後方、二番機。弁慶(庄一)が、巨大な長刀をプロペラのように振り回し、菅野の「ケツ(背後)」を狙う敵を次々と叩き伏せていく。
「ガハハハッ! 殿の背中を拝めるのは、拙僧だけよ! 邪魔な障害物ども、まとめて墜ちろッ!!」
弁慶は、心中で歓喜に震えていた。 前世では、自分が墜ちた後に大将がどう戦ったのかを知る由もなかった。だが今、目の前で縦横無尽に暴れ回る「一番機」は、かつてのどの記録よりも鮮烈で、誰よりも速い。
高台。与一(鴛淵)は、激しく動く乱戦の中、ただ一人「静止」していた。 彼の視界には、雑兵など映っていない。狙うはただ一つ、混乱を収拾しようと声を張り上げる平家の指揮官だ。
「……距離、三丁。……風、微弱。……偏差、よし」
指先から放たれた一矢は、月の光を切り裂き、叫び声を上げていた将の喉笛を正確に貫いた。 「――命中。指揮官機、沈黙。……制空権、完全に掌握しました」
与一の呟きと共に、平家軍の組織的な抵抗は完全に消失した。 逃げ惑う数万の兵。それを追うのは、僅か数百の義経隊。だが、その圧倒的な「速度差」と「戦術的優位」の前に、数は無意味な数字と化した。
「……ケッ。案外脆いもんだな。空中分解しやがった」
返り血を浴びた菅野は、不敵に笑いながら、混乱の極致にある戦場を見下ろした。 それは、武士の時代の終わりを告げる、未来の戦神による「蹂躙」の始まりだった。




