第7話:偽りの電波(デセプション)
元暦元年(1180年)十月。富士川、深夜。 川の対岸には数万の平家軍が陣を張り、その無数の篝火が水面に揺れている。数において圧倒的不利な源氏軍。頼朝の本陣が重苦しい静寂に包まれる中、川上の一角に陣取った菅野(義経)の目は、夜闇を透かすレーダーのように鋭く光っていた。
「……ケッ。数だけは揃えてやがるが、編隊(じ列)がバラバラだぜ。あんなのはただの『ノイズ』だ」
菅野は、隣に控える弁慶(庄一)と与一(鴛淵)に、ニヤリと不敵な笑みを向けた。 「いいか。……今夜は『電子戦』だ。敵の耳と目をバカにしてやる」
「……殿。……偽りの電波、ですな。承知いたしました」 弁慶が、重い長刀を地面に突き立て、低く応じた。彼は平安の言葉を使いながらも、主の意図を完全に理解していた。
菅野の命令は奇妙なものだった。正面から突っ込むのではなく、広範囲に散らばった足軽たちに、大量の篝火を一点ではなく「まばら」に、かつ広大に点火させること。そして、与一に命じたのは、特定の「音」を出す矢を放つことだった。
「……与一。……準備はいいか」 「……いつでも。……目標は、敵の指揮所付近。……風の通り道を読みました」
与一(鴛淵)が、特製の鳴鏑を番える。その矢には、空気を裂く際に異様な高音を発する細工が施されていた。
「――放てッ!」
ヒュルルルルッ……!! 夜の静寂を切り裂き、物理法則を無視したような甲高い金属音が、平家の陣の上空を駆け抜けた。それはかつて、急降下爆撃機が放った死の咆哮に似ていた。
「な、何事だ!」「今の音は……源氏の加護か!?」
動揺する平家の兵たち。そこへ追い打ちをかけるように、川上の広大な範囲で一斉に数千の篝火が点った。 「見ろ! 源氏の援軍だ! ……あの火の数、数万……いや、十万は下らぬぞ!」
実際には数百の兵が走り回って点した火に過ぎない。だが、闇と異音に支配された平家の脳内では、それが巨大な「敵の増援」という虚像に変換された。
「……墜ちたな。……敵のレーダー(目)は、もう何も見えちゃいねえ」
菅野は、愛馬の腹を蹴った。 「野郎ども! 敵は勝手に失速し始めてやがる! ……混乱の極致へ、最大出力で突っ込むぞ! ……全機、突入ッ!!」
水鳥が一斉に飛び立つ羽音が、さらなる恐怖の連鎖を呼び起こす。 平家軍が、戦わずして総崩れとなる歴史的一瞬。その引き金を引いたのは、未来から来たデストロイヤーが仕掛けた、冷徹な情報操作だった。




