第19話:安宅の関の「緊急脱出(ベイルアウト)」
文治三年(1187年)。加賀国、安宅の関。 北陸の空は低く、日本海から吹き付ける雪混じりの風が、逃避行を続ける義経隊の頬を刺していた。目の前には、鎌倉の厳命を受けた富樫左衛門が守る、鉄壁の関所。
「……ケッ。対空砲火が密集してやがる。まともに突っ込めば、編隊ごと蜂の巣だぜ」
山伏の姿に変装した菅野(義経)は、笠の奥で不敵に目を細めた。 この「安宅の関」を突破できなければ、奥州への帰還――母艦への着艦は叶わない。だが、富樫の鋭い眼光は、一行の中に潜む「王者の気配」を逃さなかった。
「待て。……そこの山伏、義経ではないか?」
一瞬、空気が凍りついた。与一(鴛淵)の手が、背負った笈の中に隠した弓へ、音もなく伸びる。一撃で富樫を抜くか。だが、それでは関所の全兵力との乱戦になり、脱出の確率は限りなくゼロに近い。
その時。二番機、弁慶(庄一)が、地鳴りのような咆哮を上げた。
「――この、出来損ないの稚児がッ!!」
弁慶の巨大な拳が、菅野の頬を激しく殴り飛ばした。 雪の上に転がる菅野。周囲の武士たちが呆然とする中、弁慶はさらに菅野の胸ぐらを掴み上げ、何度も、何度も、魂を削るような打擲を繰り返した。
「貴様のせいで、我らまで疑われるのだ! 疫病神め! さっさと失せろ、この愚か者がッ!!」
それは、主従の礼を重んじる平安の世では、あり得べからざる「冒涜」だった。 だが、菅野は殴られながら、弁慶の拳の震えを感じていた。その拳には、憎しみなど欠片もなかった。あるのは、「大将を救うためなら、俺は地獄へでも墜ちる」という、悲痛なまでの決死の覚悟だ。
(……庄一。お前、また俺を逃がすために、自分を殺す気か……!)
菅野は、泥を啜りながら不敵に笑った。 「……へっ。……いいパンチだぜ、二番機。……今の衝撃で、俺の迷い(ノイズ)も吹っ飛んだよ」
富樫は、その光景を黙って見つめていた。 主を叩く家臣の苦渋。そして、叩かれながらも王者の誇りを失わぬ少年の瞳。 彼は、それが偽りであることを知っていた。だが同時に、この「編隊」が持つ、命を超越した絆の深さに、自らの武士としての魂が敗北したことを悟った。
「……通れ。……今の打擲に免じ、疑いは晴れた」
関所を抜け、雪山へと消えていく一行。 人気のない森に入った瞬間、弁慶はその場に崩れ落ち、血の滲んだ自分の拳を見つめて慟哭した。
「……殿! 申し訳ございませぬ! この弁慶、一生かかっても、この罪は……!」
菅野は、腫れ上がった顔で笑い、弁慶の肩を乱暴に叩いた。 「バカ野郎。……あれは最高の『緊急脱出』だったぜ。……おかげで俺たちは、まだ飛べる。……さあ、高度を上げろ、庄一。平泉は、もうすぐそこだ」
雪降る安宅の空。 傷だらけの三機編隊は、最後の母艦が待つ北の果てへと、再び翼を揃えて舞い上がった。




