第17話:翼の故郷(肥前・大村)
壇ノ浦の波が静まり、平家という巨大な編隊が海に沈んだ後。 菅野(義経)は軍勢を東へ返す前に、吸い寄せられるように西へと馬を向けた。辿り着いたのは、肥前の国――大村の地。
「……ここだ。……間違いない。……ここには、最高の『鉄の翼』を作る野郎どもがいたんだ」
菅野は馬を降り、大村の土を無造作に掴んだ。 かつてこの地には、大村海軍航空隊があり、そして何より自分たちの愛機「紫電改」を産み出した工廠があった。風の中に、微かに油の匂いと、鋼を叩く鎚の音が混じっているような気がした。
「殿。……この肥前の地、何か特別な謂でもございますか?」
弁慶(庄一)が、馬の手綱を握り締めながら問いかける。その瞳もまた、大村の空を泳いでいた。 (……大村。……俺たちの機体を、あんなに強く、速く造ってくれた、職人たちの街だ……!) 弁慶は心中で叫びたい衝動を、武士の無骨な面構えで押し殺していた。
「……ああ。ここにはな、俺の『一番機』を、最高に仕上げてくれた野郎どもがいたんだ。……そいつらが叩いた鋼は、どんな弾丸も跳ね返した。……その鋼の魂が、今でもこの地面の下で眠ってやがる」
菅野は、腰に差した太刀の柄を愛おしそうに撫でた。それは武士の魂としての刀ではなく、自分を空へ運んでくれた「機械」への、技術者たちへの、最大級の敬意だった。
「……殿。この地の風は、他とは違います。……まるで、目に見えぬ職人の手が一振り一振りを研ぎ澄ましているような、そんな研鑽の気配を感じます」
与一(鴛淵)が、静かに弓の調子を確かめながら告げる。彼もまた、大村で調整された己の機体が、いかに精密な一撃を支えてくれたかを忘れてはいなかった。
三人は、大村の空を黙って見上げた。かつては爆音と共に銀翼が舞ったその空には、今はただ、穏やかな春の雲が流れているだけだ。
「……よし。挨拶は済んだ。……弁慶。……与一。……俺たちは、ここで生まれた『翼』を背負って、最後まで飛び続けるぞ。……頼朝の野郎が、どんなに高度を下げようとしてもな」
大村の地を後にする菅野の背中は、もはや一人の武将のそれではなく、故郷の工場で最後の一機を見送ったテストパイロットのような、静かな覚悟に満ちていた。
しかし、その「翼」が向かう先――鎌倉の空には、彼らを撃墜しようとする政治という名の巨大な「防空網」が張り巡らされていた。




