第11話:鋼の要求(恩賞)
鎌倉、恩賞沙汰の場。 富士川での大勝を受け、御所内では軍功に報いるための「定」が行われていた。並み居る御家人たちが、少しでも広い土地、少しでも高い官位を求めて目を血走らせ、頼朝の言葉を待っている。
そんな喧騒の中、菅野(義経)は欠伸を噛み殺しながら、一番末席に座り込んでいた。
「九郎。お前の功績、比類なきものだ。……伊予の守の位か、あるいは相模の広大な所領、望むものを申してみよ」
頼朝の声が、事務的な響きで堂内に流れる。 だが、菅野はゆっくりと首を振った。その瞳には、出世を望む者特有の卑屈さも、富を求める欲望も微塵もない。
「……位だの土地だの、そんなカビの生えたもんは後回しだ。……兄貴。いや、鎌倉殿。……俺には、もっと大事な『褒美』が必要なんだ」
菅野は懐から、一通の紙の束を取り出した。そこには、今回の戦で自らの手足となって駆け抜けた、名もなき足軽や浪人たちの名が、殴り書きのような文字でびっしりと記されていた。
「これに載ってる野郎ども全員に、あんた直筆の感状と、現生を寄越せ。……一人残らずだ」
堂内が凍りついた。「足軽ごときに鎌倉殿の直筆など……!」「分不相応だ!」と重臣たちが一斉に野次を飛ばす。だが、菅野の瞳には、かつての三四三空で、散っていった部下たちの遺品を整理し、その家族へ一通一通、血を吐くような思いで手紙を書いた「指揮官」の執念が宿っていた。
「俺一人が偉くなったところで、墜ちた(しぬ)奴らは帰ってこねえんだよ。……あいつらは、俺の無茶な旋回に命を預けて付いてきたんだ。……こいつらが、この国で胸を張って『生還』ための証を寄越せ。……それが、俺への唯一の恩賞だ」
菅野の言葉には、政治的な駆け引きなど一切なかった。 ただ、自分の「編隊」を構成する最小単位のパーツ一つ一つを、誰よりも大切に思う現場指揮官としての叫びだった。
「……よかろう。九郎の望む通り、その者らすべてに感状と褒美を取らせよ」
頼朝が短く告げた瞬間、御所の外で控えていた足軽たちの中から、嗚咽が漏れた。 弁慶(庄一)は、主の背中を見つめ、静かに面頬を濡らした。
(……大将。……あんたは、いつだってそうだ。……自分の撃墜数なんて、二の次なんだよな。……だから俺たちは、あんたのケツを守るために、地獄まで付いていけるんだ)
一方、与一(鴛淵)は、その光景を冷徹な、だが誇らしげな目で見守っていた。 「……部下の整備を疎かにする指揮官に、勝利は微笑みません。……殿。……これで、次の出撃への準備は整いましたね」
菅野は立ち上がり、位階を記した書状など見向きもせず、足軽たちに感状を配り歩いた。 その姿は、鎌倉という秩序のシステム(組織)にとって、ますます制御不能な「異物」として、その存在感を強めていった。




