第9話 評価
葵が帰ったあと、九条の部屋に禅が現れた。
「まだ残っていたんですね。どうしました?」
と九条は手元の資料から禅に視線を移した。
「……あいつのことどう思う?」
と曖昧な言葉に九条はメガネを掛け直し、少し微笑んだ。
「君はどう評価してるんですか?」
質問に質問で返され、少し言葉に詰まった禅は、考えを巡らせてからゆっくりと話し始めた。
「そうだな……度胸はある、観察力もある、逃げねぇ。現場に出しても使える人材だとは思う。が、とにかく自信がねぇ。それが邪魔して危ない目に遭いそうだとも思ってる」
禅の答えを聞いた九条は小さく頷くと、
「そうですね、彼女は自信がない。周りと同じでありたいという気持ちが強い気がします。現場に出すのは私も賛成ですが、越境の件もありますので監視対象ですね」
と答え、また手元の資料に視線を落とした。
「監視対象か……本当は保護対象のつもりだろ?」
禅にそう言われ、九条は苦笑いを浮かべる。
「君は相変わらず勘がいいですね」
「上司の考えは把握しとかないとな」
扉を開けて背中越しにそう言い残すと部屋を出て行った。
「全く、ずいぶんとらしくなったもんだ」
九条はそう言ってパソコンの横にある若かりし頃の自身と今と全く変わらない姿の禅が映る写真を見つめた。
*
部屋を出た禅は、デスクに戻ると隣の席に座る女に話しかけた。
「雪音、新しいバイトが入るから資料読んどいてくれ」
と印刷した葵の情報を雪音の机の上に置く。
「あら、新しい子が入ってくるの?楽しみね」
と微笑み、長い髪の毛を耳にかけると、パラパラと資料をめくる。
「ん?この子越境してるのね」
めざとく資料に記載されていた幼児期越境事案の文字に目を止めて顎に手をやる。
「あぁ、そのせいでいろいろ呼び寄せてる可能性があるから、九条さんから監視対象にするように言われてる」
「監視対象ねぇ……保護の間違いじゃないの?九条さんツンデレだから」
と雪音がふふっと笑い資料を閉じた。
「そういうなよ、あの人にも立場があんだよ」
禅は自分も同じ指摘を先ほどしたばかりだということを棚に上げて、雪音をたしなめる。
「まぁいいわ。来週楽しみにしておく。じゃあ、私そろそろ帰るから。おつかれ」
雪音はパソコンの電源を切り、上着を羽織ると颯爽と部屋から出て行った。
「おつかれさんでーす」
と山積みの資料の影から、間の抜けた声が聞こえてくる。
「……!お前、まだいたのか」
書類に埋もれて声の主の姿が見えなかったため、禅が驚いて声をかける。
「雪音さんと話してる時からずっといたんすけどぉ」
と少しむくれた様子で答える男。
「悪いな、全く気が付かんかった」
と面倒くさそうにあしらう。
「バイトの子ってかわいいっすか?」
と目を輝かせて身を乗り出す男に、禅は大きく溜め息をつくと、
「自分で確認しろ。来週には来る」
と軽くあしらった。
男は、ちぇっと肩をすくめてまた書類の山の中へと沈んでいった。
禅は、手元の葵の資料を再びパラパラとめくり、幼児期越境事案の文字で手を止める。
――ガキの頃に越えた……それだけで説明がつく量じゃねぇだろ
手元の資料を見つめながら、腑に落ちない感覚が禅を静かに支配していく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
葵が朱雀警備に入るまでの物語は、ここでひと区切りです。
次回からはいよいよ現場任務が始まります。新しい隊員も登場し、少しずつ朱雀警備の仕事も見えてきます。
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