第7話 告白
朱雀警備 境界警備部 警備課
「ただいまー」
誰もいない部屋にそう声をかけて禅がズカズカ部屋の中へと入っていく。
初めて来た時に通された和室にまた案内され、九条を待つ。
「あんたさ、見えるようになったのは最近か?」
「……はい、倉庫で猿の妖怪を見たのが初めてです」
と唐突な禅の問いに、葵は少し迷ってから答えた。
「本当に……」
禅がなにか言いかけた時、部屋の扉が開いて九条が部屋に入ってきた。
「2人ともお疲れ様でした。昨日は申し訳ありませんでした。夜は明けていたので危険はないと判断したのですが、影踏みに遭遇していたとは……」
と九条が葵に対し深々と頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。私こそ連絡せずにすみませんでした」
と葵は申し訳なさそうに自分も頭を下げた。
「それにしてもなんであんたの周りには妖怪が集まるんだろうな?」
と禅が訝しげな表情で葵をじっと見つめる。
葵を観察するようなその瞳に、葵は少し居心地悪そうに視線を逸らした。
「確かに、偶然見てしまう人は時々いますがこれほどまでに短期間で遭遇するのはいささか不自然ですね」
と九条も顎に手を当てて唸り、禅に同調した。
「何か心当たりはありませんか?」
と九条に問われ、葵の心臓がドキッと脈打つ。
「……いえ、ありません」
「嘘つけ、あんたなんか隠してるだろ?」
俯いて答える葵の様子を不審に思った禅が強い口調で問い詰める。
「禅、そんなに大きな声を出したら一ノ瀬さんがびっくりするだろう」
と九条に窘められ、小さくため息をつく。
「はいはい。何か隠してることはありませんか?」
と今度は猫撫で声で葵に問いかけ、九条にキッと睨まれた。
禅は肩をすくめて後は任せると言った様子で少し離れた机に浅く腰掛けた。
「一ノ瀬さん、何か不安なことや気になっていることがあるのなら教えてください。私たちはあなたをおかしい人間だと思ったりしませんから」
九条の優しい言葉に、葵は大きく深呼吸をしてから意を決したように話し始めた。
「実は子供の頃に妖怪の街のようなところに迷い込んだことがあります」
葵の告白に九条と禅は一瞬黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、
「…なるほど」
「…何かあるとは思ってたが、あっちに越えてたか」
と2人は口々にそう呟き、九条はデスクのパソコンに向かい何か調べ物を始めた。
驚かない2人に葵は拍子抜けして大きく息をついた。
2人の冷静さがかえって葵を不安にさせる。
「……やはり。古い資料なので探すのに手間取りましたが、見つかりました」
パソコンとしばらく睨み合っていた九条が、納得したように大きく頷いた。
横からパソコンを覗き込んだ禅も、ふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「あんた、ガキの頃にしっかり越えてんじゃねぇか。そりゃこんだけ寄ってくるわけだ……」
「一ノ瀬さんは幼児期越境事案の当事者として記録が残っています」
2人にそう言われても、葵は全く状況が理解できずにオロオロするだけだった。
「あの、その幼児期越境なんたらっていうのは……?」
聞き慣れない言葉に葵は嫌な予感を覚えながら九条に恐る恐る問いかける。
「幼児期越境事案ですね。簡単にいうと、子供の頃に誤って妖怪側の世界に迷い込んでしまうことを言います。警備課では、事案の管理も業務として行なっているため、検索したところ一ノ瀬さんの記録がヒットしたということです」
と九条は資料を印刷して葵に渡した。
資料の内容は、迷い込んだ時期、場所、迷い込んだ人物の家族構成や居住地などかなり詳しく記されていた。
「こんなに詳しく……」
自分の知らないところでこのような資料が作られていたことに少し不快感を表した。
「まぁ、越境事案は事故みたいなもんだからな。こっちも記録残しておかないとなんねえんだ」
まるで葵の心を読んだかのように禅がフォローを入れる。
「一ノ瀬さんは、5歳の時に越境していますね。公園の帰り道に行方不明となり、その後路上で1人でいるところを保護された」
九条の話を聞いているうちに葵は子供の頃のことを少しずつ思い出していた。
――そうだ……夢だと思うことにしたんだ
「あの日……」
葵は遠い記憶を呼び起こしながらぽつりぽつりと話し始めた。




