第26話 白面
「……っんぅ」
気絶していた葵が目を覚ますと、そこは暗く、だだっ広い場所だった。
――道場……?
畳敷のかなり広い部屋に転がされているようだった。起き上がろうとするが、後ろで縛られた手がそれを許さない。
時々立ち上る埃っぽさと畳独特の匂いに、顔をしかめる。
「目が覚めたようですねぇ」
暗闇の中から聞こえる気味の悪い声。姿は見えないが、声だけが広い部屋の中でこだまする。
「お前はさっきの……」
聞き覚えのある声、自分をさらった者の声だとわかり、恐怖で体が震える。
「白面の印を持つもの……お前の力を私に与えてくれれば悪いようにはしない」
異常に長い指が葵の頬をすっと撫でた。
――さっきから、しろめのいん?ってなんなの?
意味のわからない言葉に、苛立ちを感じる葵。
「まぁよい。時間はたっぷりある。力を奪う方法を探すとしよう」
妖はそういうと再び暗闇へと消えていった。
「しろめのいん……?しろめ……聞き覚えがあるような」
しばらく考えを巡らせていた葵の脳内に断片的な記憶がよぎる。
『お前はまだ幼すぎる』
低くて威厳のある声だった。不思議と恐怖を感じることはなかったが、首の後ろに鋭い痛みを感じたことを思い出した。
――私は何か重要なことを忘れてる?首の後ろに何が……
昨日から感じていた首の後ろの違和感。
それが原因で攫われたと葵は確信した。
しかし、自分が持っている印とやらがなんなのか、見当もつかない。
考えを巡らせていると、再び首の後ろが焼け付くように熱くなった。
「……なんなのよ、これ……っ」
荒い息と共に、悲痛な葵の声が虚しく部屋に響く。
だんだんと薄れる意識の中、葵は幼き日の記憶のかけらに触れていた。
*
暗い森の中
「こっちへおいで」
耳元で聞こえる何者かの声。
幼い葵はその声を頼りに森の中を進んでいく。
「……?」
しばらく歩いた先に、突如現れた真っ赤な鳥居。
鳥居は幾重にも重なり、トンネルのように道を作っていた。
「おいで」
――怖い……
街中で感じなかった恐怖を感じ、涙目になりながらも葵は進むことをやめなかった。
恐る恐る鳥居をくぐり、階段を一歩ずつ進んでいく。
鳥居を抜けた先は、小高い丘になっていて、人影が見えた。
白い面を被った何者かの姿があった。
「ここまで辿り着けるとは、なかなかだ」
と呟いた。
白い面で表情はわからなくとも葵には相手が笑っていると直感でわかった。
「あなたはだぁれ?」
と葵は恐怖を押し殺し、震える手を握りしめて相手をじっと見つめる。
「泣かぬのも、お前が初めてだ。幼子はみなビービー泣きよる」
目の前の姿が煙のように消え、葵の目の前に再び現れた。
葵の問いには答える気がないらしく、好き勝手に話をしている。
――ほぅ、霊力もそこそこあるか……これは面白い
面の下で不気味な笑みを浮かべると、葵の背後に回った。
「お前はまだ幼すぎる。十分育ったら迎えに行く。それまでは白面の所有物だとわかる印を刻んでおこう」
白面が言い終わらぬうちに、葵は首筋に鋭い痛みと熱さを感じた。
「痛いよ……」
恐怖と痛みで涙が止まらなくなる。
しばらく耐えていた葵だったが、意識を手放していた。
「印が解放される時、お前を迎えに行くぞ」
薄れゆく意識の中、白面の声だけがこだましていた。
*
葵は再び畳敷の部屋で目を覚ました。
「夢……」
幼き日の記憶とも言える夢を見た葵。
しばらく放心状態だったが、夢と記憶が混ざり合い鮮明に思い出してきた。
――白面の印。あれはあの時首の後ろにつけられたんだ……最近妖に遭遇するのもこれが原因?
ここ最近起きた妖関連の事件を思い返し、少なからず関係はあると確信した。
――でも、おかしくない?20年以上この印を持っていたのに、襲われ始めたのは最近だし……
その矛盾について、考えを巡らせてみたが、答えは出なかった。
「だめだ……帰ったら禅さんたちと考えよ。助けに来てくれるよね……?いや、ダメダメ!私も脱出する方法考えないと……」
葵は、格子窓の月を見上げて、禅たちの顔を思い浮かべた。




