第3話 朱雀物流
熱いお茶とほんのり香る畳の匂い。
――なんで私はこんなところでお茶を飲んでんだろ
葵はそう心の中で呟きながら、湯呑みのお茶をひとくち啜った。
探偵事務所でもらった名刺を頼りにたどり着いた高層ビル、それが朱雀警備のオフィスだった。
自動ドアを抜け、受付に名刺を見せると、
「28階へどうぞ」
とだけ告げられ、気がついたら畳敷の部屋で茶を啜っていた。
程なく、襖が開いて40代前後の男が入ってきた。
「大変お待たせ致しました。私、境界警備部の部長をしております、九条恭介と申します」
と落ち着いた丁寧な口調で自己紹介を終えると名刺を差し出した。
――部長?
名刺を受け取った葵は思わず背筋を伸ばす。
「本日はご相談ということで伺っております。単刀直入にお聞きします。あなたは――"なにを見た"と思っておられますか?」
九条の言葉には何の感情もなかった。疑いも哀れみも嘲笑もなにも。ただの事実確認。
――この人は、ちゃんと話を聞いてくれる。
葵は直感的にそう感じた。
「あれは多分、この世のものではない何かだったと思います」
自分の直感を信じ、正直な思いを口にした。
「この世のものではない何かですね。具体的にはどのような見た目でしたか?」
九条は、眉ひとつ動かさず葵の話を聞きながら、ノートにメモを取り、聞き取りを進めていく。
「猿のような見た目でしたが、大きな真っ黒な目が特徴的でした。二足歩行だったと思います」
と当時の様子を思い出しながらなるべく細かく特徴を伝える。
「あなたは、"それ"に遭遇した時どんな気持ちでしたか?」
九条のその問いかけに、葵は思いをめぐらせた。
――この人は信用できる?あの話をするべき……?いや、まだ信用できない
しばらく考えた後、葵は言葉を飲み込んだ。
「面倒だ……と思いました」
葵の答えに、九条がゆっくりと顔を上げた。
「ほう、面倒ですか」
少し口の端が上がったように見えたが、すぐに真顔に戻りメモをとり続ける。
「やっぱり私が見たのはこの世のものではない何かなのでしょうか?」
早く答えが欲しい。はやる気持ちを抑えきれずに、九条に答えを求める。
しかし、九条の答えは
「それは調査をしてみないとわかりません」
と曖昧なものだった。
――調査……してくれるんだ。
断られ続けて心が折れそうになっていた葵にとって、たったひとつの救いの手だった。
「調査にあたり、弊社の警備課の課長をご紹介しますね」
九条はそういうと携帯電話でどこかに電話をかけた。
しばらくすると、襖が乱暴に開いた。
「よう、こいつが今回の厄介事か?」
背の高い目つきの鋭い男が、ズカズカと部屋に入ってきて低い声が響く。
「禅、言葉に気をつけなさい」
と九条にたしなめられ、禅と呼ばれる男は「わりぃ」と軽く手を挙げた。
「一ノ瀬さんの件、調査は警備課・課長の禅が対応いたします。何かありましたら、禅にお申し付けください」
――なんか乱暴な人……ちゃんと調査してくれるのかな
と不安そうな視線を禅に向ける葵。
「安心しろ、あんたが嘘つきか思い込みの激しい人間か、それとも――本当に"見える側"なのか俺が見極めてやる」
――……嫌な奴
葵は目の前の禅を一瞬で嫌いになった。
「調査ですが、3日程度を予定しています。内容によって前後しますが、おおよそそのくらいの期間で調査報告をさせていただきます」
禅とは対照的に落ち着いた口調で淡々と説明を進める九条。
「調査はどのように行うんですか?」
「あんた、まだ倉庫に入れんのか?」
葵の質問に被せるように禅が問いかけた。
「ええ、まだ朱雀物流の社員ですから」
と無礼な態度に思わず語気が強くなる。
「じゃあ好都合だ。あんた鍵係としてついてこい。自分が見たものが何なのか、その場で知りたいだろ?」
と挑発的な視線で葵を見つめる禅。
「まったく、勝手に決めないでいただきたい」
呆れた様子の九条が話に割って入ったが、時すでに遅し。
「私も一緒に行きます。鍵係でも何でもやってやりますよ」
とまんまと挑発に乗り、禅を睨みつけている。
「はぁ……。では、現場には一ノ瀬さんにもご同行いただくということで、承りました。日程は改めてご連絡いたします。禅、君はもう戻ってください」
勝手に話を進める2人に大きくため息をついて、九条が話をまとめる。
禅は「了解」といった様子で手をひらひらと振ると部屋から出ていった。
「度重なる無礼をお詫びいたします。申し訳ございません。しかし、禅は口は悪いですが、腕は確かです。ご安心ください」
九条にそう言われ、葵は禅が出て行った扉に視線を向けた。




