第13話 現場
Dランクの現場は、街中の小さな路地だった。
「こんな街中に妖がいるんですか?」
と葵がキョロキョロと辺りを見回す。
「奴らはな、日常の隙間にいるんだよ」
うんざりした様子で禅はため息混じりにつぶやいた。
人通りは多いわけではないが、ゼロではない。
――こんなところで妖が現れたら大変なんじゃ……
と不安に感じていたところで、禅が葵に向かって声をかけた。
「あんた、境界規制テープ持ってるよな?こっからここまで貼ってくれ」
と禅が路地の入り口を指差した。
葵は言われるがまま、腰につけていた境界規制テープを立ち入り禁止のように貼った。
――えっと……境界規制テープの効力は……
雅の説明を一生懸命思い出そうとするが、境界を閉じるという言葉しか思い出せない。
「あの、すみません……境界を閉じる以外の効力ってなんでしたっけ?」
と申し訳なさそうに禅に尋ねる。
「なんだ、忘れちまったのか?」
とからかうような口調で尋ねると、すぐに表情を和らげて、
「ま、そんなすぐには覚えらんねぇよな」
と禅は優しく笑った。
「すみません。覚えるためにもう一度教えてください」
葵が申し訳なさそうに頭を下げる。
「境界規制テープは、小さな境界を閉じたり、人間が入ってこられないように規制する効果がある。結界みてえなもんだが、人間を完全に締め出すほど強い効果はねぇ。ここは生活圏だからな」
話しながら禅は張られた規制テープを指で弾いた。
「ただ――近づこうとすると、用事があった気がするとか今日はやめておこうって気分になる」
そこまで話すと、禅は路地の近くを通る人々をじっと見つめた。
――誰もこっちを見ない……
通り過ぎる人々は、誰ひとりとして葵と禅を見ることはなかった。
「な?みんな見えていても、意識がこっちにこねえんだよ」
そう言うと、境界規制テープに背を向けて路地に向き直った。
「さて、人払いもしたところで調査開始だ」
そう呟きタブレットのようなものを取り出した。
「それは?」
葵は禅の手元のタブレットに目を向けた。
「現場のリーダーが持つタブレットだ。これに資料がまとめられてる」
タブレットの画面を葵に見せて禅が説明を続けた。
「今回は、依頼者は役所だ。ここの路地で怪異が起きてるから調査して欲しいってのが今回の依頼だ」
禅の言葉を聞いた葵の背中が少しヒヤリとする。
「ここ最近、この路地を通った人間が数分から数時間ただ立ち尽くしているという目撃情報が相次いでる。本人たちは、記憶が曖昧で証言が取れないらしい」
顎に手をやって考え込む禅。
「時間を操る妖でしょうか?」
葵の言葉に禅も頷く。
「そうだな、可能性はある。ただ、完全に時間を止めてる感じじゃねぇな」
と慣れた様子で妖の正体に当たりをつけていく。
「では、出現条件はなんでしょう……ん?」
葵は禅の手元のタブレットで流れる動画に目を止めた。
「これは防犯カメラですか?」
「あぁ、ちょうど向かいのビルの防犯カメラがここの路地を映してたらしい」
と見えやすいようにタブレットを葵に向ける。
防犯カメラの映像は音声のないシンプルなものだった。ひとりで路地に入ってきた人物が、後ろを振り向き固まる。
――なんで振り向いたんだろう?
映像を見ながら小さな違和感が葵の頭に引っかかる。
しばらく立ち止まったままの映像になり、早送りすると動き出し何事もなかったように路地を歩き出す。
「振り向いてるな……」
禅も葵と同じ部分に引っかかったようで動画の振り向く部分を何度も見ている。
とその時、葵は背後から名前を呼ばれたような気がして、反射的に体を捻りかけた。
それと同時に、目の前にいる禅の表情が瞬時に険しくなる。
「振り向くな!」
禅の口から放たれた低く鋭い声だった。




