乙女ゲームのモブ捜査官は稚拙なシナリオを許さない 〜サイコパスヒロインの自作自演を科学的に暴いたら、悪役令嬢が押しかけ助手になりました〜
よろしくお願いします
「セシリア・フォン・ローゼンベルク! 貴様のような陰湿で狡猾な女、我が婚約者にふさわしくない! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!!」
王立学園の卒業を祝う、絢爛豪華な夜会。
まばゆいシャンデリアの光が降り注ぐダンスホールの中央で、王太子アルベルトの怒声が響き渡った。
優雅なワルツを奏でていた楽団の演奏はピタリと止まり、着飾った貴族たちのざわめきすらも凍りつく。
数百人の冷ややかな視線が、ホールの中央に孤立する一人の令嬢——公爵令嬢セシリアへと突き刺さっていた。
「……身に覚えのないことですわ、殿下」
糾弾されたセシリアは、開いた扇子で顔の半分を隠し、ピンと背筋を伸ばして立っていた。
その声は震えることもなく、あくまで毅然としている。
だが、それが周囲の目には「反省の色が全くない、傲慢な悪役令嬢」の態度にしか映らない。
周囲の貴族たちから、ヒソヒソと嘲笑や非難の声が漏れ始める。
「アルベルト様……私のために、争わないでください……っ」
王太子の腕の中にすっぽりと収まり、小動物のように震えているのは、平民出身の特待生マリアだった。
光の加減でキラキラと輝く涙を浮かべ、王太子の胸に顔を埋める可憐な少女。
誰の目から見ても、彼女こそがいじめの被害者であり、守られるべき悲劇のヒロインだった。
「マリアは心が優しいな。だが、この悪女を野放しにはできない。貴様、マリアのドレスを刃物で切り裂き、あろうことか大階段から突き落としたそうだな! 嫉妬に狂って殺人を企てるとは、言語道断である!!」
王太子の言葉に、ホールはさらなる非難の熱を帯びる。
……さて。
壁際で、支給された安物のサーベルを腰に下げ、警備任務に就いていた『モブ捜査官』である俺——レオンは、静かに小さくため息をついた。
俺には前世の記憶がある。
かつて日本という国で、犯罪心理学者として数々の凶悪事件のプロファイリングを行っていた記憶だ。
過労で倒れて目が覚めたら、なぜか妹がプレイしていた乙女ゲームの世界の、名前もない平民の警察官になっていたわけだが。
前世で培った『プロファイラーの目』から見れば、現在進行形で行われているこの三文芝居は、あまりにもお粗末すぎて頭痛がしてくるレベルだった。
(……おかしいな。泣いているはずのマリアの顔、眼輪筋が全く収縮していない)
人間の感情は、どれだけ取り繕っても顔の筋肉のわずかな動き——微表情に必ず表れる。
本当に悲しみや苦痛を感じているなら、目の周りの筋肉(眼輪筋)が収縮し、眉の内側が上に引き上げられるはずだ。
だが、マリアの目はパッチリと開いたままで、不自然なほど美しい涙だけを流している。つまり、あれは完全に意識して流している『嘘泣き』だ。
(それに、あの震え方。恐怖による自己防衛なら、人間の体は自然と肩が内側に入り、胎児のように丸まる姿勢をとる。だが彼女は、王太子に胸を押し付けるようにわざと背筋を伸ばしている。あれは恐怖じゃない。『庇護欲を煽るために計算されたポーズ』だ)
俺は視線を、傲慢な悪女として糾弾されているセシリアに移した。
(扇子を握る指の関節が、血の気が引いて真っ白になっている。視線は右上を泳ぎ、ドレスの胸元の動きから呼吸が極端に浅いことがわかる。……典型的な『パニック状態』だ)
セシリアは傲慢なのではない。
突然の理不尽な攻撃に脳が処理を追いつけず、完全にフリーズしているのだ。
公爵令嬢としての幼い頃からの厳しい教育と矜持だけが、彼女をギリギリのところで立たせているに過ぎない。
俺は懐から使い込まれた捜査手帳を取り出し、ペンを走らせた。
『対象M:ダークトライアド(自己愛性、マキャヴェリアニズム、サイコパシー)の傾向が極めて強い。他者の感情を操作し、破滅させることに快感を覚えるタイプ』
さて、ゲームのシナリオ通りなら、ここからセシリアは地下牢に送られ、マリアは王太子の寵愛を一身に受けるわけだが。
乙女ゲームの強制力? 知るか、そんなもの。
サイコパスな異常犯罪者の書いたシナリオ通りに動く理不尽な世界など、俺の『論理』が許さない。
「――お待ちください、殿下。王都警視庁の者です」
静まり返ったホールに、俺の気の抜けた声が響いた。
一斉に集まる数百の視線。俺は制服の襟を正し、コツコツと靴音を鳴らして王太子とマリアの前に歩み出た。
「な、なんだ貴様は! 平民の警備員ごときが、王族の決定に口を出すというのか!」
「ええ。その『いじめ及び殺人未遂事件』について、捜査のプロとして、いくつか致命的な矛盾点を指摘させていただいてもよろしいでしょうか」
俺は王太子の怒鳴り声を涼しい顔で受け流し、マリアが着ているドレスの『裂け目』を指差した。
「マリアさん。あなたはそのドレス、セシリア様に『背後からナイフで切り裂かれた』と証言しましたね?」
「は、はい……。いきなり背中から、鋭い刃物で……とても怖くて……」
おどおどと身を縮めるマリア。
俺は手帳をパタンと閉じた。
「妙ですね。裂け目の繊維の毛羽立ちと、布にかかった張力の方向を科学的に分析すれば一目瞭然ですが、その切り口、上から下へ、しかも『内側から外側』に向かって力が加わっています」
「……え?」
「背後から他人に切られたなら、刃の入り方は必ず外側から内側になります。加えて、背中を斬られたというのに、あなたがその下に着ているシュミーズ(肌着)には傷一つない。……これだけ見事な寸止め、セシリア様はよほどの暗殺技術の持ち主ということになりますね」
ホールがざわめき始める。
マリアの表情から、一瞬だけ「可憐な少女」の仮面が剥がれ落ちた。
「さらに、大階段から突き落とされたという件。これも不自然極まりない」
「な、なにを言う! マリアは実際に階段の下で倒れていたんだぞ!」
「殿下、人間が無防備な状態から階段を突き落とされた場合、必ずといっていいほど『防御創』ができます」
「防御創……?」
「ええ。咄嗟に身を守ろうとして手を突くため、手のひらの擦過傷や、手首の骨折(コーレス骨折)などが高確率で発生するんです。しかし、マリアさんの細く美しい腕には擦り傷一つない。代わりに、ドレスのお尻と背中の部分だけが不自然に汚れている」
俺はマリアの目玉の奥を、まっすぐに射抜くように見つめた。
「つまりあなたは、誰かに突き落とされたのではなく、自分で安全を確認しながら『座り込むように、自ら滑り落ちた』んですよ。自分を被害者に仕立て上げるためにね」
「ち、ちが……っ、私、本当に……!」
「マリアさん。あなたの微表情を分析する限り、今この瞬間も、あなたは殿下を思い通りに操っているという『優越感』に浸っていますね。悲しみの感情はゼロだ」
静まり返ったホールに、俺の冷徹な声だけが響く。
王太子は目を白黒させ、マリアの顔を交互に見比べている。
「嘘だと思うなら、今すぐ彼女の自室を家宅捜索しましょう。ドレスを切り裂くのに使った『裁ちばさみ』が、まだ隠してあるはずです。布を切った痕跡は、刃こぼれを調べればごまかせませんよ」
「……っ!!」
その瞬間。
マリアの顔が、凄まじい憎悪で歪んだ。
可憐なヒロインの面影など微塵もない、計画を邪魔された異常者の本性。
しかし、周囲の貴族たちの疑念の目に気づいた彼女は、すぐに顔を伏せ、ギリッと唇を噛んだ。
「……今日は、あまりにも酷いショックで、気分が優れませんわ。失礼いたしますっ!」
マリアは顔を覆い隠し、逃げるようにホールの出口へと走り去っていった。
「あ、おい! まてマリア! 誤解だ、私は君を疑ってなど……!」
残された王太子は、間抜けな声を上げてその後を追っていく。
主役のいなくなったホールには、気まずい沈黙だけが残された。
貴族たちは蜘蛛の子を散らすように去っていき、後には、へたり込みそうになっているセシリアだけが取り残された。
王太子の婚約破棄宣言は取り消されていない。
冤罪が晴れたとはいえ、彼女は「王太子に恥をかかせた厄介者」として、社交界から孤立してしまったのだ。
俺はゆっくりと歩み寄り、彼女の前に立った。
「災難でしたね、公爵令嬢」
「……どうして、わたくしを助けたのですか? あなたは、ただの平民の警備員でしょう?」
警戒するように見上げてくる彼女の瞳には、まだ怯えの色が残っていた。
「俺は事実を並べただけです。それに、俺はああいう『稚拙な犯罪と嘘』が大嫌いでしてね」
俺は肩をすくめ、彼女に手を差し伸べた。
「実家には、もう戻りづらいでしょう? 当面の間、ほとぼりが冷めるまで身を隠す場所が必要です」
「それは、そうですけれど……」
「なら、俺のところで働きませんか」
「……はい?」
目を丸くするセシリアに、俺はニヤリと笑った。
「あなたのその疑い深くてプライドの高い性格……犯罪者の心理を読み解く『助手』にぴったりだと思いましてね」
◆ ◆ ◆
それから一時間後。
王都の裏路地にある、俺の家兼、警視庁の特別捜査分室(という名目の窓際部署)。
「ここが俺の事務所です。適当に座って――」
ガチャリと木製の扉を開けた瞬間。
「……っ!? な、なんですかこの豚小屋は!!」
セシリアの悲鳴が、夜の王都に響き渡った。
床には未決済の捜査資料が地層のように積み重なり、机の上には食べかけのドーナツの箱と、何日放置したかわからないコーヒーカップの山。
天才的なプロファイリング能力と引き換えに、前世から俺の生活能力は壊滅的だったのだ。
「いや、最近事件が多くて片付ける暇が……」
「言い訳は無用です!! こんな場所で呼吸をしたら、埃で肺が腐りますわ!!」
先ほどまでの、ホールでの儚げな様子はどこへやら。
セシリアは最高級のシルクのドレスの裾を乱暴にまくり上げ、綺麗な金髪を無造作に後ろで束ねた。
そして、部屋の隅にあった箒をひったくるように掴み、ズンッと俺の前に立ち塞がった。
「いいでしょう! 行く当てがないのは事実ですし、助手の件、引き受けて差し上げます!」
「お、おお。それは助かる」
「ただし! まずはこのゴミ溜めの清掃からですわ! ほら、あなたも突っ立っていないで、そこのゴミ袋を持ちなさい!」
「……え?」
「返事は『はい』です!! 全く、この砂糖の包み紙の山は何ですか! 糖分の摂りすぎは脳を萎縮させますのよ!?」
腰に手を当てて仁王立ちし、箒を突きつけてくる元・悪役令嬢。
どうやら俺は、優秀な探偵助手と同時に、やたらと口うるさいお世話係を拾ってしまったらしい。
(……まあ、悪くないか)
「はいはい、公爵令嬢殿。仰る通りに」
「誰が令嬢ですか! 今のわたくしは、しがない平民の捜査助手ですわ! ほら、手を動かす!」
ぷりぷりと怒りながら、真剣な顔でドーナツの箱を片付け始める彼女の横顔を見て。
怒られながらゴミをまとめる俺の口元は、自分でも気づかないうちに、少しだけ緩んでいた。
――前世の知識を持つ天才ポンコツ捜査官と、世話焼きで不器用な元・悪役令嬢。
二人が挑むことになる、乙女ゲームの異常なシナリオの闇を暴く事件簿は、まだ幕を開けたばかりである。
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