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第五話 その眼差しに心を射抜かれ、刺さりそうになったのは氷の矢でした

春の空はやわらかに晴れ、風が甘く枝を揺らす。


そんな穏やかな日だったはずなのに、私の心臓はずっと騒がしかった。なぜなら今日は、団長との面談を兼ねた魔法訓練——成果の確認として、魔法演習場で直接見ていただく機会をいただいたから。


団員の立ち合いのもと、私は今日も全属性訓練に取り組む。火と風、土と水、そして光と闇……。だが、そのすべてよりも強烈な“圧”を感じるのは、視線だった。


演習場の端、腕を組んで静かに佇む銀髪の団長——イザーク・ローヴェンハーツ閣下。


姿勢も目線も、まるで彫像のように動かず凛としているのに、こちらの鼓動ばかりがどんどん速くなる。


《……その眼鏡の奥の冷静な氷のまなざしが、真っ直ぐに私を貫いて……ああ、まるで心臓を掴まれるような……》


などとポエムが頭の中を駆け巡っていた、そのときだった。


「……《氷槍、飛翔せよ》」


私が放った氷の矢が、一直線に標的に向かって飛んだ——はずが。


……なぜか、途中で軌道を変え、Uターンして戻ってくる。


「えっ、ちょっ、待って、それ私に来て——」


氷の矢は、まっすぐ私の胸元へと突き刺さろうとしていた。


逃げる間もなく、ただ固まる私。その瞬間、凍てついた空気を裂くように腕が伸びた。


「下がれッ!」


声と同時に、強い腕が私を抱き寄せ、氷の矢を空中で打ち消す魔力の波動が放たれた。


「……!」


至近距離。香るのは墨と書物と魔力の混じる落ち着いた香り。顎のすぐそばにある、団長の制服の襟。冷たいはずの空気の中で、彼の体温だけが妙に鮮やかだった。


けれど、それはほんの一瞬だった。


「訓練中に何を考えているんだ、死にたいのか!」


咄嗟の怒声に、私ははっと顔を上げた。団長の顔が近すぎて、それだけで顔が熱くなる。


「……っ、すみませんっ……あの……その……」


気づいたときには、目に涙が滲んでいた。羞恥と驚きと、それから——何よりも“嬉しさ”で、頭がぐるぐるしていた。


「……団長の、眼差しが……胸に刺さって……ドキドキするって……考えてたら……魔法が……」


ぽそりと漏らした言葉は、もはや自分でも止められなかった。そして次の瞬間、気づけば団長の胸元の制服を、私はぎゅっと握っていた。


見上げる。涙目のまま、そっと。


団長の瞳が見開かれる。その頬が、薄く紅に染まった。


息を飲む音がした。団員たちが遠巻きに沈黙する気配すら伝わる。たぶん皆、固まっている。


団長も、明らかに固まっていた。


数秒後、彼は控えめに咳払いをして、わずかに目を逸らした。


「……とにかく。訓練中は、真剣に挑むように」


そう言って、私をそっと放した。


抱きしめられていた温もりが離れる。その喪失感と残念さ、けれど“推しが照れた”という高揚感が、複雑に胸の中を交錯する。


「……申し訳ありません、団長閣下。以後、気を引き締めて参ります」


なんとか気を取り直して頭を下げたとき、団長はほんの僅かに頷いた。声には出さなかったが、受け入れてくださったのだと信じたい。



その日の夜、魔法師団本部では。


「……クラリス・エルバーデ嬢の件ですが、報告いたします」


副団長——ロイド・グレイヴが、団長に静かに報告を上げていた。


「はい、魔力量は日に日に増加しており、魔法の習得速度も異常と言って良いほどです。属性間の偏りも少なく、どの属性も上位魔法の初歩を短期間で習得しています」


「……ふむ」


団長は静かに頷く。目を伏せたその姿はいつも通り、変わらぬ冷静さを保っていた。


「ただし——」と、ロイドが口調を変える。


「彼女があそこまで感情を露にするのは、団長閣下の前だけです。普段の訓練では凛として、むしろ冷静すぎるほどで、他の団員とも程よい距離を保っていますが……今日は、まるで別人のようでした」


「…………そうか」


言葉を返すまで、数秒かかった。


「年齢差が三十を超えるとはいえ、彼女の態度には、明らかな好意が感じられます」


「……」


団長は返答をせず、ただ目を伏せたまま、ゆっくりと息を吐いた。


なぜ、あの少女だけが自分にあれほどまっすぐな眼差しを向けてくるのか。

なぜ、こんなにも距離の取り方がわからないのか。


そうして今夜も、彼の静かな逡巡は続いていた。

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