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第四話 推しのためなら努力も苦じゃないのです

団長との面談以降、私の学園生活には一つ、定期行事が追加された。


それは、魔法師団副団長との特別訓練。週に一度、魔力制御と属性操作の技術指導を受けるという内容だ。理由は単純。私の“全属性適性”という稀有な特性を、学園だけでは管理しきれないため。


うん、わかる。わかりますとも。

学園でも困っちゃったな~案件。魔法師団に頼るのもごもっとも。訓練は良いのよ、全然。

でもね……副団長も、普通にストライクゾーンど真ん中なのよ。揺れる私、耐えろ私。


とはいえ。


本命は団長。あの銀髪オールバック、冷静沈着眼鏡のおじさま。浮気は許されません。心の中に“推し”の神殿があるとすれば、団長は祭壇に祀られる聖なる存在、副団長は……うーん、崇拝の対象ではあるけれども、一段下の階層って感じ?


そんなわけで、訓練中はキリリと顔を引き締め、己に言い聞かせていた。


「クラリス嬢、次は火と風の複合だ。対象はあの岩だ。火球を渦で巻き上げてみてくれ」


「かしこまりました、副団長閣下」


表情は真剣そのもの。けれど内心では、「はわわ~!指導中の横顔が麗しい~!」と転がり回っている自分がいる。やかましいわ、私。


だがその訓練が、思ったよりも楽しく、かつ、成果が恐ろしく良すぎた。


「……成功か?あの複合魔法、初見で?」


「……はい、イメージの中で風を巻いて、そこに火を乗せたらいける気がしましたので」


「……そうか」


副団長が短く返す。が、その口元が明らかに引きつっていた。


そう、私は知っている。

この世界の魔法は“イメージと構築”が基本だが、それを正確に、瞬時にやってのけるには、常人なら数週間から数ヶ月かかる。複属性となれば、年単位の訓練が前提だ。


でも、私は前世でゲームやアニメ、妄想に鍛えられた人間。炎と風の合わせ技なんて、「ビジュアルがこうだからこうなる」みたいな感覚的理解が得意なのだ。


そのうえ、魔力の伸びも異常だった。もともと水と光があり、中でも氷属性が強かったはずが、火も風も土も闇まで、全体的に底上げされている。


副団長は黙々と記録を取っていたが、たまに視線が真顔すぎてこわい。褒めてくださいよ、副団長……いや、やっぱり怖いからやめてください。


訓練を終えたその日、学園に戻ると、教師から再び通達があった。


「クラリス嬢、団長閣下が再度、面談をご希望とのことだ。明朝、応接室にて」


はい、来た。

……来てしまいました、団長再臨です。



応接室に入った瞬間、椅子に座るその姿を見た瞬間、心臓がぎゅっと締めつけられた。

変わらぬ銀髪オールバック、隙のない制服、磨かれた眼鏡の奥の真剣な瞳。全てが、完璧。


「エルバーデ嬢、よく来てくれました。こちらへ」


「……お招きいただき、光栄ですわ」


ほんの一礼。けれど内心、すでに涙腺がじわじわ来ていた。なんでしょう、この“帰ってきた感”というか、“推しがそこにいるだけで世界が救われる”という安堵感。


私は席に着く前から、なんだか目元が熱くなっていた。


「……顔色が悪い。訓練が厳しすぎたのか?」


違います。違いますったらもう。


「あるいは……何か、心を痛めるような出来事でも?」


やめてください、優しさで追い打ちかけないでください。

言葉にする前に、涙腺が限界を迎えていた。


「……また、お会いできて……とても、嬉しくて……」


ぽろり、と言葉が漏れた瞬間、自分の頬に伝う熱いものに気がついた。えっ、うそ……私、泣いてる……?


沈黙。


団長が、明らかに固まっていた。


銀縁の眼鏡の奥で、あの冷静な瞳がわずかに揺れた。数秒の間、呼吸すら止まったかのようだった。


「……そうか。……それは……」


それは……何なんですか団長。続きをください。


けれど、団長はそれ以上言葉を発さなかった。ただ、小さく息を吐き、机の上に視線を落とす。その目元が、すこしだけ——そう、ほんのわずかに和らいで見えた。


その瞬間、後ろで立っていた副団長が、すっと眉を上げたのが分かった。


(団長が、また表情を……?)


どうやら、団長の変化は団内でも珍しいことらしい。

私はといえば、頬に残る涙をこっそり袖で拭きながら、これはもう推し活どころではないと確信した。


次の面談は、いつでしょうか?

できれば、週一で。いや、隔日でも構いません。


だって今の私は、誰が何と言おうと、本気で“全力推し”中なのですから。


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