第四十二話 晩餐会と駆け引きの夜
王城の大広間は、今宵、ひときわ華やかな光に包まれていた。
晩餐会――それは単なる“歓迎の食事会”などではない。
杯を交わすたび、笑みを交わすたび、言葉の奥に思惑が流れ、沈黙の間にも力が潜む、外交という名の舞台装置。
クラリスは、シャンパンゴールドの礼装に身を包み、緩やかに髪をまとめていた。セラフィナ女伯爵としての装いは、華美ではないが格調高く、その姿に誰もが一目を置いた。
「これほどの気品を、十代の娘が……」
そう呟いたのは、南方サダール国の若き女伯爵ナイラだった。目元に軽い微笑を湛えながら、グラスを揺らしていた。
——王の命を受けて外交の場に立ち、政務に携わり、しかも二人の年上の夫を持つ“少女”。
そのすべてが“異例”だったからだ。
「あなたほど若い女性が、これほど重責を背負うとは……王族の血筋かと誤解していました」
そう語りかけてきたのは、南方サダールの女伯爵、ナイラ・セリーヌ。
褐色の肌に宝石のような瞳。華やかなドレスを纏いながら、軽やかにワイングラスを揺らしていた。
「光栄ですが、王族ではありません。わたくしはただの伯爵家の娘にすぎません」
クラリスは、微笑と共に控えめに答える。
けれど、ナイラはさらに声をひそめるように近づいてきた。
「でも……年上のご主人が二人? どうしてまた?」
その問いに、会場のあちこちで談笑の音が響く中、クラリスは視線を少し落として答えた。
「……わたくしがまだ未熟だからです。だからこそ、隣にいてくださるのが、年上の方であってほしかった。迷った時に、立ち止まった時に、静かに隣で支えてくれる人が……」
言葉を選びながらも、口元に浮かぶ微笑は確かなものだった。
クラリスの視線の先には、少し離れた場所で他国の使節と短く言葉を交わしているイザークとライナルトの姿がある。
イザークの目は、会話の合間にもクラリスの存在を絶えず意識していて、ライナルトは人込みの奥からさりげなく彼女を見守るように立っていた。
「……あのふたりと結婚でき、本当に良かったと心から思っております」
その一言に、ナイラは目を細めてグラスを傾けた。
「ふうん……幸せそう。ほんとうに」
そして、また視線を泳がせるように言った。
「でも、全属性の魔力を持ち、王城で政務もこなし……しかも回復魔法まで扱えるなんて、これはもう……王国の秘宝ね」
一瞬、空気が揺れた。
「回復……というのは、いわゆる“光属性”のことでしょうか? たしかに適性はありますけれど、医療行為はほとんど制限下にありますの。わたくしひとりの判断では行えません」
「まぁ……それは残念。でも、そういう慎重さも、国というものには必要よね。自由に使える力ほど、怖いものはないもの」
クラリスは微笑を崩さず、ナイラの含みを交えた言葉に正面から向き合った。
その会話の流れに、マーレン国の使節団長、フィルデン・アルマードがそっと割って入った。
「慎重さを持ち、責務を果たす……その姿勢には感服している。実際、今日の立ち居振る舞いを見ても、君が国の柱として機能していることは明らかだ」
「ありがとうございます。まだ至らぬ点ばかりですが、努力は惜しみません」
そう頭を下げたクラリスに、フィルデンはグラスを掲げながらこう告げた。
「……もし君がもっと自由な立場であったなら、マーレン国から間違いなく婚姻の打診をしていたな。年上でも構わないのであれば、私が立候補したのだが」
冗談めかした口調だったが、その目には本気が潜んでいた。
だが、そのときクラリスの左手にふわりと温かい感触が重なった。
「……クラリスはもう誰のものにもならん。俺たちが命に代えても、守ると決めた存在だ」
イザークの声は静かだったが、確かな意志があった。
同時に、ライナルトがフィルデンと正対して言った。
「クラリスは誰かの“戦利品”ではない。……それだけは覚えておいてほしい」
重く沈んだ空気のなか、フィルデンは目を細め、グラスを飲み干すとそれ以上何も言わなかった。
代わりにナイラがくすくすと笑い声を漏らしながら肩をすくめた。
「これだから年上の男たちは手強いのよね……でも、その手強さが似合う女っているのね。わたし、見誤ってたみたい」
晩餐会の場に咲いた沈黙と微笑。
駆け引きと情、牽制と敬意が混ざり合い、複雑な光を放つ夜だった。
クラリスは、ふたりの手を交互に見つめながら、心の中でそっと呟いた。
――わたしは選んだのだ。
この人たちと、共に歩くと。
だから、誰のものにもならない。わたしの意志で、この人生を生きていく。
その背に、いつまでもふたりのあたたかな視線があった。




