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第四十一話 外交使節団到着

朝の王城は、いつになく慌ただしい空気に包まれていた。

今日――ついに、北のマーレン国と南のサダール国、両国の使節団がエルデバーデ王国へ到着する。


王城前広場は、すでに早朝から魔法騎士団と儀仗兵による整列が始まり、式典用の装飾が手際よく施されていた。中央には白と緑を基調とした王国の旗が高く掲げられ、その下に敷かれた絹のカーペットが、朝露に濡れてかすかに光を放っている。


クラリスも、この日のために選ばれた式典用の装いに身を包んでいた。

上質なライトグレイの礼装に、肩口にはセラフィナ女伯爵の紋章が銀糸で縫い込まれている。控え室の鏡の前で軽く髪を整えながら、ふとつぶやいた。


「さて……本番ね」


午前――最初に到着するのは、マーレン国使節団。

彼らは山岳を越え、三日以上をかけて隊列を整えながら南下してきた。冷涼な気候に合わせ、防寒と格式を兼ね備えた濃紺の礼服に身を包み、まるで軍隊のように秩序正しく一糸乱れぬ行進で城門前に姿を現した。


先頭に立つのは、使節団代表のフィルデン・アルマード閣下。四十代半ば、痩身で背筋の伸びた男で、氷のような冷静さをその目に宿していた。

視線は終始前を見据え、一歩も乱れぬ足取りでカーペットの上を進んでくる。その背後には、書記官や参謀と思しき側近たちが控え、淡い白銀の外套を揺らしながら、厳粛そのものの雰囲気を作り出していた。


「……あれが、マーレンの外交の顔」


クラリスは思わず姿勢を正した。彼らは一言一句に無駄がなく、動きのすべてが鍛え抜かれていた。

迎える王の隣に立ち、彼らの深々とした礼を見届けたクラリスは、その場で静かにカーテシーを返す。フィルデンの瞳がわずかに動き、彼女の姿を見定めるように視線を送ったが、何も言葉はなかった。ただ一度、小さく頷いただけ。


王族との会話が一通り交わされると、続いて案内役のクラリスが王の命を受けて先導する。

無駄口の一切ない沈黙の一行が、石畳の廊下を静かに歩いていくさまは、まるで軍の行進のようでもあった。


「……重い空気ね。でも、嫌いじゃないわ」


クラリスは心の中でそう呟きながら、階段の手すりに手をかけた。


昼過ぎ。空気がわずかに和らぎ、王城の南門が開かれた。


午後に到着したのは、サダール国使節団。こちらは対照的に、色鮮やかな衣装をまとい、海風のような自由な雰囲気を纏っていた。

先頭を歩くのは、若き女伯爵ナイラ・セリーヌ・サダール。褐色の肌に濃紺のドレスを翻し、腰に付けたスカーフにはサダール特有の貝細工の飾りが光っていた。


「まるで踊るように歩くのね……」


クラリスはそう感じた。

ナイラの一歩は軽やかでありながらも自信に満ちていて、その背後に連なる側近たちもまた、それぞれが己の役割と誇りを胸に宿しているのが伝わってくる。


「陛下、お招きいただき光栄です。エルデバーデの城は、まるで絵本の中の宮殿のようですね」


王の前でナイラが微笑みながら言うと、その場の空気が一瞬やわらいだ。マーレンが緊張感を運んできたのに対し、サダールは香り立つ香水のように軽やかな彩りを添えてきたのだった。


ナイラはクラリスの姿を見つけると、遠慮なく近づいてきて、小さな声で囁いた。


「あなたが、セラフィナ女伯爵ね? 伝説みたいに語られてたけど……実物の方がずっと綺麗。よかった、会えて」


「ご丁寧にどうも。……私も、あなたの噂は耳にしていましたわ」


「まぁ。悪い意味じゃないといいけど」


くすっと笑って、ナイラは人懐っこく肩をすくめる。

その様子に、クラリスは思わず唇の端を緩めていた。


午後の案内は、午前とはまるで違う。

マーレンの儀礼的で直線的な行動に対し、サダールは寄り道と会話を好み、まるで城そのものを楽しむようにして歩いていた。

見学ルートさえ変更になり、途中に設えられた噴水の前で「少し風を感じたい」と立ち止まり、お茶まで振る舞うことになったのは、完全に想定外だった。


それでも、クラリスはどちらにも乱れることなく対応し、それぞれの国の感性に応じた距離感を保っていた。

それが“セラフィナ家の女”としての務めであり、彼女自身の矜持でもあったから。


夕方、使節団はそれぞれの滞在棟に案内され、今日の公式日程は終了した。

夜は王族主催の晩餐会が予定されており、その場で改めて両国とエルデバーデとの交流が深められることになる。


控え室で礼装の準備をしながら、クラリスは深く息を吸った。


――始まった。この国の未来を繋ぐ、外交という名の舞台が。


緊張と期待が混ざり合い、胸の奥で鼓動が静かに高鳴っていた。

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