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第四十話 使節団受け入れ態勢

王城での勤務が始まってから、あっという間に半年の時が流れていた。

日々、膨大な量の書類に目を通し、魔力の管理や儀式の補助、庶務の改善に奔走しながらも、クラリスは確かにこの国の“内側”に根を張り始めていた。


――そして今、王城はこれまでにないほどの緊張に包まれている。


それは、北のマーレン国、そして南のサダール国という、位置も文化も異なる二つの隣国が、ほぼ同時期に使節団を派遣するという異例の事態が起こっているからだった。


「外交儀礼室の段取りは……サダール側が“式典は緩やかな雰囲気で”って言ってなかったかしら?」


「はい、でもマーレンの方は“厳粛な様式”が前提で……」


「……同日に両方招くって、やっぱり無茶じゃなかったのかしら」


書類を持ったまま額を押さえたクラリスの机には、すでに分厚い書簡が何通も積まれていた。視察、調印、歓迎の式典、滞在中の案内――すべてが同時進行で進んでおり、しかも両国は性格も文化も対照的だった。


クラリスが暮らすこの「エルデバーデ王国」は、中央に穏やかな丘陵地帯と深い森、背後には連なる山々を抱える、自然豊かな王国だ。山から湧き出す清らかな水は河となり、大地を潤し、肥沃な農地を生み出している。

この“水と緑”の国は、他国にとってまさに垂涎の的だった。だからこそ、クラリスの“完全回復魔法”という奇跡の力は、慎重に慎重を重ねねばならなかった。もし間違った形で国外に伝われば、それは戦の火種になりかねない。


北方のマーレン国は、山岳地帯に囲まれた寒冷な国で、まるで天然の要塞のような地形を持っている。地の利を生かした防衛力と、厳格な気風が国を支えている一方で、土地が痩せており、農作には不向きな環境にある。

だからこそ彼らの生活は主に放牧によって支えられており、羊毛や乳製品、干し肉などを輸出の柱としてきた。日々の糧となる穀物や野菜の多くは、ここエルデバーデからの輸入に頼っている。

使節団の代表は、大使館でも冷静沈着と評されるフィルデン・アルマード閣下。実務家でありながら、王族との近縁にもある人物で、質実剛健を地で行くような気骨のある男だという。


一方、南方に位置するサダール国は、陽光に恵まれた海洋国家。風は温かく、人々は自由で情熱的。海産物や塩、そして香辛料の交易で栄え、異国文化を取り入れるのにも積極的だ。

ただし、国内情勢はやや流動的で、王族同士の派閥争いもあるらしい。今回使節団の代表としてやってくるのは、若き女伯爵――ナイラ・セリーヌ・サダール。海辺育ちの才媛として知られ、才気煥発、軽やかな弁舌と柔らかな物腰で多くの国を渡り歩いてきた外交官だ。


「よりによって……この二人が同時に来るなんて」


クラリスは思わず溜息をついた。

無骨で慎重なマーレンと、自由で陽気なサダール――式典の温度感ひとつとっても合うはずがない。にもかかわらず、王はこの同時訪問を“交流の機会”として受け入れた。


「陛下の考えは分かるけど……現場は大変なのよ」


彼女は書類を分ける手を止めず、要件別にフォルダを整理し、対応部門に回すための伝言メモを貼っていく。


魔力の調整に加え、外交の流れ、文化交流の食事の内容まで。なぜかほとんどのチェックがクラリスの手に回ってくるのは、王城内で“段取りが早い女伯爵”として名前が定着してしまったからだった。


そしてそのすべてをイザークとライナルトは黙ってサポートしてくれていた。


「今夜、湯船にローズソルトでも入れるか?」


「明日の晩餐会、私が同席する。余計なことを言われないよう、牽制も兼ねてな」


「……ありがとう。二人とも本当に支えてくれてるの、わかってる」


夜更け、書斎の明かりを消す前に、ふたりの姿を見てクラリスは思った。

半年――日々に追われていたけれど、確実に“この国の心臓部”に自分は入り込んでいた。


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