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第三十八話 王城初勤務

三人そろって馬車に乗り込むと、王城へ向かう石畳の道を静かに走り出す。車内には言葉少なながらも、どこか落ち着いたぬくもりがあった。

二人は何も言わない。ただ、クラリスの手を交互に握りしめながら、時折そっと見つめ合うだけだった。


王城へ到着すると、門前ではすでにマークレン宰相の随行が待っていた。クラリスが馬車から降りると、随行員が恭しく一礼し、手短に言った。


「セラフィナ女伯爵様、業務説明室へご案内いたします。お二方は、通常通り本日の執務室へお入りください」


ここで、ふたりと別れる。


クラリスが振り返ると、イザークとライナルトは黙って小さく頷いた。それだけで、胸の奥が少し温かくなった。


「……行ってきます」


「行ってらっしゃい」


「昼に……一度顔を見せる」


そうして別れ、クラリスは石造りの廊下を通って、王城の中を進んだ。

先導する随行員は実務的で淡々としていたが、道中の侍女や文官たちは噂に聞いていた“全属性持ちの新任女伯爵”の姿を見て、控えめながらも視線を送っていた。


「きっとこれから、ずっとこうなんだろうな」


王の命で授かった名と地位――それは新たな責任と期待の重圧でもあった。

けれど、怖くはなかった。これまで何度も試験に追われ、魔力の訓練に苦しみ、それでも一歩ずつ積み上げてきた自分を、今は少しだけ誇れるから。


案内された先は、王城西翼にある文官区画。壁には精緻な織物と、魔力制御のための封印術が施された装飾がなされ、淡い灯光石の明かりが部屋を穏やかに照らしていた。


扉を開けると、そこにはすでにマークレン宰相がいた。静かに紅茶を飲みながら、まるで最初からそこにいたような佇まいだった。


「座りなさい。初日とはいえ、すでに時間が惜しい」


クラリスは息を整えて一礼し、指定された椅子に腰を下ろす。

宰相は淡々とした声で言った。


「君の役割は、行政判断と魔力補佐の中間。実務としては、報告処理、封印補助、儀式時の魔力調律。……特例ではあるが、君の“回復魔法”に関する一切は、王直属の許可を得ない限り行ってはならない。これは絶対だ」


「承知いたしました」


「明日以降の担当業務は日替わりで割り振る。どれだけできるか、何を優先させるべきか、こちらが見極める。今日の午前中は文官業務の基礎確認、午後は小規模な魔力測定を行う。以上だ」


それだけ話すと、マークレンは再び紅茶に視線を戻した。


「何か……ご質問を?」


「いえ。ありません」


「そう。なら、動きやすい服装を選んだのは正解だったな。……意外と君は、“勘が良い”」


それは褒め言葉なのか、それとも皮肉なのか。

けれどクラリスは、あえて深く考えず、「ありがとうございます」とだけ返した。


こうして、クラリス・エルバーデ――いや、セラフィナ女伯爵としての新たな日々が静かに幕を開けた。


午後には、魔力量の測定室に通され、専門官たちが交代で彼女の魔力の「深度」と「揺らぎ」を確認した。全属性適性を持つ者は稀であるゆえに、測定側のほうが緊張していたようだった。


終業の時刻が近づいたころ、廊下の先に見覚えのある人影が現れた。


「クラリス、迎えに来た」


イザークだった。続いて、ライナルトも現れ、軽く頷いた。


「……どうだった、初日」


「うん……大丈夫。思っていたより、悪くなかった。まだ全部は掴めていないけど、頑張れそう」


その答えに、二人の表情がほんのり柔らかくなる。


「よくやった。……じゃあ、今日はご褒美のワインでも開けようか」


「夜は鍋にしよう。疲れた身体に温かいものを」


……こんな些細なやり取りが、今日一番嬉しかった。


クラリスはふたりの腕に挟まれながら、帰り道の馬車へと向かった。

肩の力がようやく抜けた気がして、ふと空を見上げる。

王城の塔の先、夕陽が赤く染まるその先に、彼女の新たな日々が少しずつ形を持ち始めていた。

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