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第三十四話 家族との別れと新たな家族

感動に包まれた卒業式から一夜が明け、目覚めた朝はもう、人生の新たな扉が開く日だった。今日――クラリスは、嫁ぐ。

王命とはいえ、自ら選び、歩むと決めた道。だが、心がまったく揺れないわけではない。窓辺に差し込む朝の光すら、どこかまぶしすぎて、現実と夢の境が曖昧だった。


支度の部屋では、朝早くから人の気配が絶えなかった。ドレスを纏うための補正に、髪を結い上げる手、薄く淡い色を重ねる化粧筆――どれもがこの日のためだけに用意された。周囲の人々の声も弾み、どこか浮き足立っているようだった。


そんな中、クラリスの父は、式の始まりどころか、朝の挨拶さえも泣きながら迎えていた。昨日の卒業式でも、人目もはばからず号泣していたというのに、今日もまた目の縁は赤く腫れている。母も同じく、ハンカチを何度も目元に運び、懸命に感情を押しとどめようとしていた。


支度が整い、改めて父と母と向き合った。


「今まで育ててくださり、ありがとうございました。……嫁いでも、わたくしは父と母の娘であることに変わりはありません」


そう口にした瞬間、喉がつまって、もう一言も続けられなくなってしまった。涙を堪えるのがやっとだった。父も母も言葉にならない想いを手で口元を抑えながら頷いてくれた――ただそれだけで、すべてが伝わった。


父の腕に手を添え、式場へと向かおうと、控え室の扉を開けると、そこには長兄アデルと次兄レオナルドの姿があった。久しく見ていなかった兄たちは、声をかけられる前に顔を上げ、すでに涙を浮かべていた。

その姿に、クラリスの感情は決壊した。


「アデ兄さま……レオ兄さま……クラリスは、クラリスは……ずっと、兄さまたちの妹です……っ」


溢れる涙とともに、昔のように泣きじゃくりながら兄たちにしがみついた。無防備で素直なその姿に、兄たちはもう堪えられなかった。彼女を力強く抱きしめながら、それぞれが口々に叫ぶ。


「嫁になんて行かなくていい! ずっと家にいろ、クラリス」


「そうだ、俺たちが守ってやる。だから、そんなに早く行かなくていい……!」


家族全員が揃った控え室は、笑顔よりも涙に包まれていた。父も母も、胸に去来する後悔と寂しさを止められなかった。もっと一緒にいたかった。もっと守っていたかった――それが本音だった。


しばらくして、クラリスの化粧はすっかり崩れてしまい、再びメイク直しをする羽目に。控え室の外では、司祭が家族の別れの時間を静かに見守りながら待機していた。式場の人々も、花嫁がなかなか姿を見せない理由を察して、誰ひとりとして文句を言う者はいなかった。ただ静かに、始まりの瞬間を待っていた。


ようやく仕切り直しとなり、父のエスコートで再び式場へ向かう。だが、歩みを進めるごとに、心の中には家族との日々が一つずつ浮かび上がってくる。幼いころの笑い声、風邪を引いて泣いた夜、母の手料理の味、父の大きな手、兄たちと駆け回った庭――どれもが昨日のことのように鮮明だった。


泣きそうになる自分を叱るように、クラリスは空を仰ぎ、唇をぎゅっと噛みしめる。そうしてようやく扉の前にたどり着き、大きく深呼吸をして前を向いた。


「……泣くな、泣くな、わたし……」


扉が開かれ、光が差し込む先に、イザークとライナルトの姿が見える。そのもとへと、ゆっくり歩を進める。一歩一歩が、まるで永遠にも思えるほど長く感じられた。


ようやく二人のもとへ到着したとき、クラリスは父の腕から手を放すことができず、ぎゅっとしがみついた。そんな彼女の手を、父はそっとポンポンと叩いてくれた。その仕草が、「大丈夫、父さんがついている」と語っているようで、ゆっくりとその手を離した。


「……幸せになれよ、クラリス」


泣き笑いの声が響き、クラリスの目には涙が滲んで父の顔がよく見えなかった。


正面へと向き直り、イザークとライナルトの間に立つ。二人とも、目を赤くして涙を浮かべていた。その姿を見て、思わず微笑みがこぼれた。


そして――司祭の言葉が静かに響く。


「汝らは、病めるときも健やかなるときも、互いに敬い、支え合い、生涯をともに歩むことを誓いますか」


イザークが、一歩前へ出て誓う。


「わたし、イザーク・ローヴェンハーツは、妻クラリスを生涯にわたり深く愛し、命ある限り守り尽くすことを誓います」


次に、ライナルトが続く。


「わたし、ライナルト・バークレーは、妻クラリスを生涯守り、何よりも幸せを与えることを誓います」


そしてクラリスが、真っすぐに二人を見つめながら言葉を紡ぐ。


「わたくし、クラリス・エルバーデは、イザーク・ローヴェンハーツ様とライナルト・バークレー様を、命ある限り深く愛し、共に歩み、支え合い、妻として尽くすことを誓います」


誓いの言葉が交わされ、指輪の交換がなされた。イザークはクラリスの右手に、ライナルトは左手に、それぞれ指輪をそっと嵌める。そしてクラリスもまた、両の手で大切に、ふたりの指に指輪を通した。


式場を見渡せば、家族や親族だけでなく、友人や恩師、騎士団や魔法師団、そして医療班の仲間たち――多くの人々がクラリスの門出を祝ってくれていた。


感謝と喜びが胸いっぱいに広がり、その余韻を感じながらクラリスは式場をあとにした。


控え室で披露宴の準備をしていると、まだ礼服姿のままのイザークとライナルトが部屋にやってきた。ベールを外したクラリスを見て、イザークがゆっくりと微笑んだ。


「クラリス……本当に綺麗だ。家族との時間を優先してほしかったから、あえて最初は遠くから見守っていたけれど……やっぱり、近くで君の花嫁姿を見たくて」


ライナルトも照れくさそうに頷く。


「君が眩しいくらいに綺麗で……思わず見とれてしまった。どうしても近くで見たくて、来てしまったよ」


クラリスは小さく笑って、少しだけ頬を赤らめながら言った。


「今日から、よろしくお願いしますね……旦那様方」


それは、人生の新たな章の始まりだった。


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