第三十一話 君のいない未来
三家族が一堂に会する場面は、穏やかな雰囲気に包まれていた。親睦を深める会話や、未来についてのささやかな希望が交わされるなか、予想外の人物が迎賓室の扉を開けた。
アレクサンダー王——この場に現れるとは誰も思っておらず、瞬時に空気が張り詰める。居並ぶ家族たちは一斉に立ち上がり、深々と頭を垂れてその到来を迎えた。
だが、王は手を軽く振り、「挨拶は不要だ、皆、頭を上げて座るがよい」と穏やかに促した。気さくな声音ではあったが、その背にまとった威圧感は王たる者のそれであり、誰もが無言で従った。
「さて――本日は、王命に関して、皆に直接説明すべきことがあると考えて参った」
王の言葉に、場の空気はさらに引き締まる。
「これからお話しする内容は、国家機密に該当する。したがって、ここにいる全員には守秘義務が課され、正式な機密契約に署名してもらうことになる」
真剣な眼差しで一人ひとりを見渡しながら、王は言葉を続けた。
「皆には、クラリス嬢が全属性を有しているという“公の理由”をもって、国家としての価値が高く、ゆえに保護と次代への継承を目的とした婚姻であると伝えている。だが、それはあくまで建前だ」
王の声音はわずかに低く、重くなった。
「実のところ、全属性の魔力を持つ者は、王家あるいはその血族に嫁ぐのが古来よりの慣習だ。ゆえに、イザークとの婚約は許さなかった。だが――クラリス嬢は、もし自らが王家に嫁ぐこととなれば、その日のうちに命を絶つと宣言したのだ」
言葉を飲み込むように、誰もが息を詰めた。
「このままでは、魔法師団長であるイザークとの縁も断たれ、さらに騎士団との連携も断絶しかねない。そうした理由から、クラリス嬢には“両家の妻”となるよう、つまりイザークとライナルト、両名との婚姻を命じたのだ。……もちろん、ライナルトの恋煩いを助けたい気持ちであったのも否定はしないが」
そう冗談めかした一言に、わずかながらも場には苦笑が広がった。
「ここからが最も重要な機密事項だ。クラリス嬢は、ただの治癒ではなく、“完全回復魔法”を行使できる。失われた手足すら、まるで新たに造るように再生することができる。その力が他国に漏れればどうなるか、想像に難くない。彼女は即座に拉致され、力を搾り取られるか、利用されるだろう。国にとっても、本人にとっても、極めて危険だ」
それゆえ、王は断を下したという。
「この能力を外に知らしめぬため、クラリス嬢の魔法訓練は今後すべて王城内にて、専属の者が行う。治癒もまた、王直属の管理下に置く。学園に通うことは、あまりに多くのリスクを孕むのだ。ゆえに、半年以内に飛び級で卒業させ、その後は宰相の下で国家業務に就くことになる」
三家族は、婚姻が王命であることや、全属性の話までは聞いていた。しかし、その背後に隠された事情の重さまでは知り得なかった。その場にいる者すべてが、知らされていた真実以上に深く重たいものを感じていた。
「クラリス嬢、何か家族に伝えたいことはあるか?」
王にそう問われたクラリスは、静かに息を吐き、目を閉じてから口を開いた。
「……皆様。わたくし一人のことで、三家族をこのような状況に巻き込んでしまい、申し訳なく思っております。ですが、わたくしは自分の選択を後悔しておりません。……いえ、たった一つだけ後悔がございました」
その瞳には、どこか遠くを見つめるような陰りがあった。
「あの日、完全回復魔法を行った際、最初に助けたのはゼノン騎士様の目だけでした。もし、未来がこうなると知っていたなら――重傷棟にいた皆さま全員を回復させた後で、報告が伝わればよかったと……今ではそう思っています」
言葉を終えると、クラリスはゆっくりと立ち上がり、深々とカーテシーをした。
「陛下におかれましては、このように寛大なる王命を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。陛下の御声ひとつで失われかけた命を、救っていただきました。その恩は、決して忘れません」
その姿に、王もまた静かに目を細めた。
この一連の出来事を通じて、周囲の者たちはようやく気づき始めていた。クラリスという少女が、ただの“奇跡の力を持つ者”ではなく、文字通り“両刃の剣”として扱われる存在であることを。
そして、それゆえに彼女を愛する者たちは皆、彼女の未来がいつ、どう消えるかもしれないという恐れを抱いていたのだ。
イザークが、なぜあの日、クラリスのいない未来におびえたのか。今、三家族もまた、その恐れを共有していた――クラリスの存在が、この先も変わらず在るとは、誰も断言できないという現実に。




