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第二十九話 国に縛られし未来と、確かな誓い

来賓室に重い沈黙が落ちた。アレクサンダー王の言葉が終わると、室内の空気はひときわ重たく、張り詰めたままだった。


「――全属性の適性を持つ者は、王家あるいはその血族へと嫁ぎ、血脈を繋ぐべきと古くより定められている。そして今回、騎士団内の報告により、クラリス嬢が“完全回復”の魔法を行ったと聞いた。これは国家機密に相当する重大な力であり、安易に外へ漏らすわけにはいかぬ」


 王の言葉は淡々としていたが、その背後にある国家としての思惑と重圧は、誰の目にも明らかだった。


「……また年齢差の件もある。若い者ほど多くの子を持てるという意味で、国家的価値が高い。そしてそのような存在が魔法師団に所属しているのは、もはや国家にとって“脅威”ですらある。ゆえに、そなたとの婚約は保留とした。以上が、理由だ」


 理路整然とした説明に誰も口を挟めず、重苦しい空気が流れた。イザークは隣で拳を握りしめ、唇を固く噛み締めていた。


 そんな中、クラリスは王に向かって一歩進み、静かに頭を下げた。


「……陛下、ご発言の許しを賜りたく存じます」


「許す。話してよい」


 その許可が下りると、クラリスは深く一礼し、顔を上げて王の目をまっすぐに見据えた。


「御前にて申し上げるのは恐れ多いことと承知しておりますが――わたくしの“幸せ”は、果たしてそのお言葉の中に含まれておりますでしょうか?」


 一瞬、王の眉がわずかに動いた。


「全属性を得たのは、望んだ結果ではありません。ただ、その力がある以上、国のため、人々のために役立てるのが貴族の務めと信じております。学園では日々魔力制御と訓練に励んで参りました。そして光属性を有することで、騎士団で治癒士見習いとしての研修の機会を得ることができました」


 彼女の声は揺るがず、静かに熱を帯びていた。


「戦いの中で傷ついた騎士様方が、再び立ち上がれるように。その一助となりたい一心で“完全回復”を行いました。それは――この国に命を捧げる方々への、わたくしなりの“恩返し”です。……そして、イザーク様のことは、わたくしが心から憧れ、そして愛する人です。年齢の差など、わたくしにとっては何の問題でもございません。むしろ年上の方に魅かれる性分でございますから……」


 一度、静かに息を吸い込む。そしてはっきりと告げた。


「王族または血族に嫁げと言われるのであれば――わたくしは、嫁いだその日に命を絶ちます。心を捨てて生きるくらいなら、死を選びます」


 室内に一斉に空気が張りつめた。文官たちがざわめきそうになるのを、王の笑い声が遮った。


「ぷっ……ははははは! これは見事。イザークを落としたと聞いてはいたが、なるほど、それだけの胆力がある娘というわけだな」


 王は愉快そうに目を細め、続けた。


「よい。そこまでの覚悟と責務を持っているのならば、婚約の許可を与える。ただし条件がある」


 そう言って、再び王は厳しい声に戻った。


「完全回復の力については守秘義務を課す。王命としての機密契約に署名し、以後はその力を王直属の管理下に置く。治癒行為も含め、すべて王城内での対応とする。また、全属性魔法の訓練も、魔法師団ではなく王城内で専属指導を受けよ。そして何より、そなたの存在は他国にとって標的となる。ゆえに、学園は飛び級での卒業を目指し、半年以内に終えること。その後はマークレン宰相のもとで働き、国家への奉仕に入るのだ」


 そして、最後に言い放った。


「卒業と同時にイザークおよびライナルトとの婚姻を行い、可能な限り早く血脈を残せ。これは“王命”である」


 そう言い残すと、アレクサンダー王は一切の返答を待たず背を向け、堂々と部屋を後にした。


場に残ったマークレン宰相は、涼しい顔で机の上に契約書と羽根ペンを置いた。


「……王命は下りました。あとは契約と手続きのみになります。冷静に対処されたし」


 クラリスは深く息を吸い、吐いた。両の頬を軽く叩いて気合いを入れ直し、席に着いた。書類に目を通しながら、横に立つイザークに目を向けて、そっと言葉をかける。


「イザーク様。……わたくし、どれほど厳しい環境に置かれても、自分を見失わず、進みたいと思っています。でも……もし、この先の事を考え、わたくしの事面倒になったとお思いになりましたら、今この場で、遠慮なく捨ててください」


 声が震えそうになるのを必死で抑えた。だが、イザークはすぐに声を荒げた。


「捨てるわけがないだろう! ……クラリスを失うなんて、考えるだけで耐えられない。絶対に君を守る。何があっても、だ」


 クラリスは静かに微笑んだ。そして、もう一度、イザークを見つめた。


「イーくん、わたくしの未来には、あなたの“妻”になり、いつも隣にてお互い幸せな夫婦としての姿がはっきりと見えています。たとえ制約があっても、共に家族として、一緒に未来を築いて行きましょう」


 そう言って、ためらうことなくイザークを抱きしめた。その様子を見て、マークレン宰相は小さく咳払いをしたが、誰も止めなかった。


「……さて、私のことも忘れてもらっては困るな」


 そう口を挟んだのは、ずっと黙っていたライナルトだった。彼は少しだけ視線を逸らしつつ、静かに言った。


「王命で、君に強制はしたくなかった。ただ……クラリス嬢がそれでも構わないと思ってくれるなら、俺は心から……君の夫になりたい。イザークと“分かち合う”形になるのは複雑だが、それでも構わない。クラリスを幸せにしたいと思ってる」


 その言葉に、クラリスは穏やかに笑った。


「では……あとは行動あるのみ、ですわね」


 晴れやかな顔で、彼女はペンを取り、契約書にサインを入れた。


 ――運命に縛られようとも、心までは奪わせない。そう決めた少女の、覚悟の一筆だった。


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