第二十八話 婚約と王の審判
湖畔でお互いの想いを確かめ合ったその日の夕方。クラリスはイザークと共にエルバーデ邸に戻ると、居間に集まっていた両親と兄たちに向かって、真っすぐな声でこう切り出した。
「……わたくし、イザーク様と婚約させていただきたいと願っております」
前日の恋人宣言に続いて、まさかの婚約申し出に、一同は言葉を失ったようだった。いつも何かと振り回されている家族ではあったが、今回ばかりは反応が追いつかなかったのだろう。父カミロも母レティシアも、ぽかんとした顔で見つめてくる。
「……昨日恋人になったと聞いたばかりなのに、今日には婚約? ちょっと展開が急すぎないか?」
アデルがあきれたように口を開くと、レオナルドも眉をひそめながら頷いた。
「もう少し時間をかけてもいいんじゃないか? 本当にそれでいいのか、クラリス?」
「ええ、わたくし、もう決めましたの。だから……祝福していただけたら嬉しいです」
そう言ってクラリスは、うるうると潤んだ瞳で兄たちを見上げた。これにはアデルもレオナルドも苦笑しながら、ついには「しょうがないな」と白旗を上げる。
両親はといえば、最初こそ呆気に取られていたものの、やがて穏やかな表情で頷いた。
「何よりも、お互いの気持ちが大切だからな。明日、手続きを進めよう」
「ふたりが本気なら、私たちは反対しないわ」
少し疲れたような声ではあったが、その中には確かな理解があった。
翌朝、クラリスは学園へと登校した。週明けの授業はいつも通りで、平穏な時間が流れていた。けれど、その穏やかさは長くは続かなかった。
昼過ぎ、クラリスは教師に呼び止められ、こう告げられる。
「クラリス嬢、王城から至急の召喚がありました。授業は公欠扱いになりますから、安心して向かってください」
言われるがままに校門まで行くと、すでに王城の馬車が待っていた。家の御者には「王城に向かうこと」「事情は後ほど」と伝言を頼み、馬車に乗り込んだ。
辿り着いた先で案内されたのは、王城の中でも格式高い来賓室。扉を開けると、そこには父とイザークの姿があった。その表情は硬く、重い空気が漂っている。
「……どうしたのですか?」
小声で尋ねると、イザークが抑えきれぬ怒気をにじませながら答えた。
「婚約が……止められた。クラリス、お前の“力”の事でな」
意味が飲み込めず、クラリスは目を瞬かせる。父が続けた。
「王城側から、本人の意思確認のため、そしてその能力の扱いについて正式に聞き取りたいと。年齢差もあるからと……」
そこへ、重厚な扉が開き、アレクサンダー王とマークレン宰相、数名の文官、そしてライナルト団長までもが姿を現した。部屋の空気が一気に引き締まる。
父カミロは即座に片膝をつき、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「陛下におかれましては、ますますご清栄のことと拝察申し上げます。このたびは、かような光栄な場を賜り、深く感謝いたします。エルバーデ家当主として、謹んでご挨拶申し上げます」
クラリスも続けて、制服の裾をつまみ深いカーテシーを捧げる。
「陛下の御威光、日々ますます輝かしく――。エルバーデ家の長女、クラリス、謹んで拝謁いたします」
だが、その整った儀礼を無視するかのように、イザークが苛立ちを隠さず声を上げた。
「なぜ許可が下りない? これは何の茶番だ。私たちは真剣だ。王城に呼び出してまで、何を疑っている」
空気が張りつめる。その中で、アレクサンダー王はやわらかく手を上げた。
「……二人とも、そんなに身構えずともよい。イザークが問うた通り、なぜこのような対応をとったのか、その理由を正直に伝えよう」
王の声は穏やかだったが、そこには“国家を背負う者”としての冷徹さがあった。




