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第二十五話 推しへの愛か、恋なのか、それが問題だ

重厚な扉の前に立ったクラリスは、深く息を吸ってから指先で二度、ノックをした。すぐに中から「入れ」と、低く通る声が返ってくる。扉を押し開けると、そこには騎士団長ライナルト・バークレーと、その傍らに副団長のアラン・ブレイズの姿があった。


「失礼いたします」


 姿勢を正し、一歩進み出たクラリスは、初対面となるアランへと深々と一礼した。


「先日は、貴団の皆様に大変お世話になりましたのに、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。エステルハージ伯爵家の長女、クラリスと申します。本日より、治癒士見習いとしてこちらで研修を受けさせていただくことになりました。至らぬ点も多いかと存じますが、何卒よろしくお願いいたします」


 その丁寧な言葉に、アランは目を細めて頷き返す。だが、その挨拶が終わるのを待たずして、すぐに声を発したのはイザークだった。


「……で、話って何?」


 あまりに率直な問いにクラリスは一瞬きょとんとしたが、すぐにライナルト団長の顔を見て気がついた。僅かに口元を引き結び、目元には複雑な影を落としている。心なしか、痛みを堪えるような雰囲気さえある。


「まさか、お前たちが付き合ってるなんてな……遠征前にはそんな話、まるで聞いてなかったぞ。クラリス嬢からも、何も」


 クラリスは「ああ、きっと寂しかったのね」と、なんとも見当違いな解釈をした。


「……なぜ、俺に報告しなければならんのだ!」


 ライナルトが声を荒らげると、クラリスは小さくイザークの腕をぽんぽんと叩いて場を和ませるように微笑んだ。


「ライナルト団長様、イザーク様とは以前から学園での訓練を通じてご縁がありまして……わたくしが全属性の魔法適性を得たことで、魔法師団の副団長のご指導のもと、共に過ごす時間が多かったのです。自然と会話も増え、互いのことを理解し合っていく中で……昨日、ようやく気持ちを確かめ合いました。恋と呼ぶには未熟かもしれませんが、しばらくお付き合いしてみようと、そういう結論に至りましたの」


 そして小さく頭を下げながら、柔らかく続けた。


「本来なら、親しい方には真っ先にお伝えすべきでしたのに……ご報告が遅れたこと、深くお詫び申し上げます。お寂しい想いをさせてしまいましたのなら……本当に、申し訳ございませんでした」


 横からアランが驚いたように口を挟んだ。


「……っていうか、親友だったの? 団長と?」


「誰が親友だ!!」


 二人して同時に否定するその様子に、クラリスは首をかしげた。


「でも、そうはおっしゃっても……なぜ、そんなに悲しそうなお顔をなさっていたのですか?」


 ふと零れたその一言に、沈黙が落ちる。そして口を開いたのはイザークだった。


「……多分だけど、ライナルトもクラリスのこと、気になってたんだよ。いや、好きだったんじゃないかな」


 その言葉にクラリスは驚き、思わずライナルトに視線を向けた。団長は、ばつが悪そうに目を伏せ、その頬はみるみる赤く染まっていく。そのあまりの愛らしさに、クラリスは無意識に手を伸ばし、頭を撫でようとした――が、横からイザークがその手を素早く掴んだ。


「クラリス。浮気は禁止だ」


 その声にハッと我に返り、彼女は慌てて何度も首を縦に振る。了解、の意を込めて。


「とにかく、もうクラリスは俺の恋人だ。結婚も考えている。……今まで、この気持ちが何か分からなかったけど、今日、ようやく理解した。俺にはクラリスが必要だ。誰かと一緒にいる姿を想像するだけで、胸が締めつけられる。……だから、もう諦めてほしい」


 まっすぐな視線と、隠しようのない切実な声音。その言葉にクラリスの鼓動は跳ね上がり、思わず目を伏せそうになった。けれど、横から届く別の声がそれを遮る。


「……もう少し出会いが早ければ、俺のことも、考えてくれていたか?」


 どこか哀しみを帯びた声だった。クラリスは、ゆっくりと口を開いた。


「わたくし……少し変わっているのかもしれませんが、年齢を重ねた方のほうが好みなのです。ライナルト団長様も、イザーク様も……どちらも、憧れておりました。だから、お二人の間で“早い”も“遅い”もございません。どちらも、大切で……どちらも、大好きです」


 その言葉に、イザークが静かに目を閉じる。


「ただ……イザーク様への気持ちは、まだ“愛”と呼べるものなのか、自分でも分からないのです。でも……愛し始めているのだと……たぶん、そう思います」


 クラリスの静かな微笑みを見つめながら、ライナルトは少しだけ表情を緩めた。


「……なら、まだ可能性はあるんだな。お前が誰か一人に本気で愛を捧げるまでは」


 その呟きに、イザークは大きく、深いため息をついたのだった。

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