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第二十四話 見習いとしての流儀

重傷者たちが入院している別棟に到着すると、クラリスは入口で深くカーテシーをしてから静かに建物に足を踏み入れた。その姿を目にしたイザークは、彼女の背中を眩しそうに見つめた。形式的ではない、心からの敬意がこもったその仕草に、クラリスの真摯な想いがにじみ出ていた。


建物内はしんと静まり返っていた。空気には薬草の香りと、かすかな緊張感が混ざっている。ほどなくして、先日あいさつの機会がなかった治癒士のサミエル先輩が、マイク先輩の案内で姿を現した。クラリスが深く頭を下げて丁寧に挨拶すると、サミエルは一瞬警戒の色を浮かべたものの、彼女の礼儀正しい言葉と態度に少しずつその表情が和らいでいくのが見て取れた。


「先日はご挨拶の機会を逸し、申し訳ございませんでした。エステルハージ伯爵家の長女、クラリスと申します。本日より、治癒士見習いとして研修に参ります。至らぬ点も多いかと存じますが、何卒よろしくお願いいたします。」


それに続けてイザークも、「王立魔法師団長のイザーク・ローヴェンハーツだ。恋人であるクラリスの研修の様子を見に来た。治療の邪魔はしない、どうぞ通常通りに頼む」と落ち着いた口調で補足した。


サミエル先輩は、いかにも考えるように目を細めたが、「こないだはありがとう。あの時、治癒してもらった騎士たち、皆ずいぶんと楽になったと話していた。いったい何をしたんだ?」と素直な問いを投げかけてくれた。


クラリスは静かに頷き、「闇魔法で精神の安定を図り、光魔法で患部の治癒を流しました。心から、癒されてほしいと願って行いました」と応えた。


そのやり取りを受けて、彼女はまず、前回も訪れた重傷者の一人のもとへ案内された。扉をノックし、姿勢を正して深々とカーテシーをしながら静かに声をかけた。


「失礼いたします。本日より治癒士見習いとして正式に研修を受けることになりました、クラリスです。前回と同様の治療をさせていただけたらと存じますが、よろしいでしょうか?」


ベッドの上で右目に包帯を巻いた青年がゆっくりと体を起こし、「顔を上げてくれ。王立騎士団第3部隊所属のゼノン・サーチェスタだ。先日はこちらこそ、失礼した」と返した。


クラリスは小さく頷くと、包帯の上からそっと手をかざし、「痛いの痛いの飛んでいけ」と、幼子に語りかけるような優しい声で詠唱した。魔力が静かに、しかし確かに流れ込み、彼女の手から癒しが広がっていく。


その様子を見守っていたゼノンは、目を大きく見開いたまま言葉を失っていた。「な、何か……痛かったですか?不快なことがあれば教えてください」と心配して声をかけるクラリスに、代わりにイザークが応えた。


「リズ、問題は詠唱の方だ。『痛いの痛いの飛んでいけ』なんて、そんな詠唱は聞いたことがない。いや、それ以前に……なんでそれで効果が出る?」


「普段、家族にもそう唱えてるんですけど……心からそう思っていると、魔力が自然に流れるような気がして。たぶん、詠唱と言うより“願い”が力になるのかも知れません」とクラリスは小首をかしげながら答えた。


試しに包帯を外して傷の様子を確認してみると、完全に塞がり、視力も回復していることがわかった。ゼノンはしばらく呆然としていたが、次第に笑顔が浮かび、「ありがとう」と震える声で礼を述べた。


サミエル先輩は、ゼノン騎士の目が完治しているのを確認すると、驚愕と疑念が入り混じった表情でクラリスに尋ねた。


「……だが、なぜ君にだけ、ここまでの治癒が可能なんだ? 私たちも同じ光属性の魔法を持ち、知識もある。だが、ここまで完璧な回復は出来ない。魔力量の差だけでは説明がつかない。」


クラリスは少し戸惑いながらも、静かに答えた。


「わたくしは、対象の魔力の流れや組織の状態が“見える”のです。正確には、感じ取ることができる……と言うべきでしょうか。目を閉じて集中すれば、傷の深さや神経の断裂、魔力の滞留や詰まりまでも、光と影の流れのように浮かび上がるのです。それを辿るようにして、足りない部分を補い、接合し、流れを繋げるように魔力を流しています。」


周囲の空気が一瞬静まり返る。その説明は、単なる魔力量の多寡や、呪文の巧拙では到底成し得ない領域の話だった。


「普通の治癒士は、“傷”を外から捉えて治すけれど、クラリスは“内側の構造”を認識した上で、魔力を正確に注ぎ込んでいる。つまり、修復ではなく“再構築”だ。」とイザークが低く唸るように言った。


それを聞いたサミエル先輩は腕を組み、真剣な面持ちでクラリスを見た。


「……それだけの力があるなら、君に頼りきりになるかもしれない。だが、それでは他の治癒士の訓練にならないし、患者も回復力を養えない。今日の治癒の効果は十分だ。今後しばらくは、急を要さぬ限り、完全回復は避けてくれ。魔力の流れを整え、治癒の手助けまでに留めて欲しい。」


クラリスは静かに頷いた。


「かしこまりました。以後、他の重傷者の方々には、精神の安定と治癒の補助にとどめます。」


イザークも納得した様子で頷いた。


それから数人の患者のもとを訪れ、クラリスは同様に治癒を行った。ただ、患者と手を取り合ったり、額に触れたりするたびに、後ろからイザークの鋭い視線と制止が飛んできて、都度小さな揉め事が起こるのだった。

また、別の部屋の重傷者のもとを訪れた際、クラリスが治療前に深くお辞儀をして声をかけると、青年の騎士が涙ぐみながら「抱きしめてもらえますか」と呟いた。


「その温かさに救われたんです。あの日、あなたの手が温かくて……」


クラリスがそっと手を伸ばしかけたその瞬間、背後からイザークがすかさず手を掴み、小声で囁いた。


「リズ、それ以上はだめだ。」


「……でも、この方が……」


「その気持ちは分かる。だが、今のお前の癒しは、“甘え”と紙一重だ。お前自身がその甘えの責任を取れるのか?」


その声に、クラリスは思わず口を閉じた。代わりにそっとその騎士の手を握り、「大丈夫ですよ。あなたは、きっとまた歩けます」と優しく微笑んだ。

イザークはその姿を見て、僅かに表情を緩めた。


サミエルとマイクはその一部始終に頭を抱えながらも、治癒の効果には目を見張るばかりだった。研修が終わる頃にはクラリス自身も疲れ切っていたが、それでも自分が誰かの役に立てたという実感に、ほのかな誇らしさを覚えていた。


そして、全てが終わった後、彼女とイザークは次なる目的地――ライナルト団長のもとへと向かうのだった。

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