第二十三話 騎士団の医療班にて
朝の空気はまだ冷たく、静かに張り詰めていた。騎士団の門をくぐると、その重厚な空気が一層引き締まる。クラリスは今日から正式に、治癒士見習いとしての研修が始まることに身の内側から気を引き締めていた。
「こちらです」と案内されたのは、医療班が常駐する建物の一角だった。騎士団の訓練で生じる怪我や体調不良を治療・看護する場であり、治癒士たちの知識と魔力が日々試される現場でもあった。
今日から指導にあたるというマイク・クレーン先輩は、26歳の若き治癒士。爽やかな笑みと落ち着いた声色が印象的で、貴族でありながらもどこか庶民的な温かさを感じる人物だった。
「騎士団に入って、まだ5年ですが……実はその前、文官として地方で働いてたんです。貴族ですが魔力量が多くなくてね、治癒士を目指すには時間がかかりました」
そのきっかけとなったのは、魔獣に襲われた際に騎士団に助けられた経験だったという。命の恩人たちに何か恩返しがしたくて、この道を志したのだと語ってくれた。
建物内には、他にも数名の治癒士がいた。マリアンヌ女史は品のある銀髪の女性で、本日は休暇中とのことだが、最初にクラリスの指導もしてくれた人物。医療班の責任者であるサリエル医師と恋人同士であり、年齢は共に六十に届こうかという頃。結婚の予定こそないが、夫婦のように穏やかな関係を築いているとマイク先輩は教えてくれた。
そして、もう一人。サミエルという名の治癒士がいた。35歳で平民出身。妻と2人の娘を持つ家庭人でありながら、治癒の力は医療班随一。貴族出身ではないが、先祖返りの魔力持ちとして幼少から才能を発揮していた。ただ、かつて学園で貴族の子息たちから受けた心ない扱いが原因で、貴族に対して警戒心が強く、クラリスのような家柄の者を直接指導することは難しいという。それゆえ、マイク先輩がクラリスの指導役として選ばれたのだった。
その日は訓練中に負傷した騎士たちの対応が主だった。軽傷者の処置、風邪や倦怠の訴えなどをサリエル医師が担当し、骨折や切創といった中程度の負傷は治癒士が魔力を使って対応する。何でもかんでも魔法で癒せばいいというわけではなく、自然治癒の力を残すことも必要であり、免疫の維持を重視した独自の方針がこの騎士団にはあった。
午前中を無事にこなし、ようやく昼食の時間がやってきた。騎士団の食堂は、鍛え抜かれた男たちと整然と働く補助人員で活気に満ちていた。
クラリスは一人、食器を持って席に着こうとしたところ、すっと隣に腰を下ろしてきた大柄な影があった。
「ここ、いいか?」と聞くまでもなく腰を下ろすのは――イザーク・ローヴェンハーツ団長だった。
「イザーク様……せっかく食堂にいらしたのですから、皆さまと一緒に召し上がれば……」
「リズの隣がいい。……それに、リズが食べさせてくれるなら、野菜も食べる」
「……ここは皆さまの前です。食事中に、恋人とじゃれ合うなど……慎みましょう。きっと周囲の皆さまも困惑してしまいますわよ」
そんなやりとりに、くすりと笑みを漏らす騎士たちの視線が集まり始めていたが、そこに現れたのは、見慣れた白銀の鎧を纏った人物だった。
「……なぜ、イザークがここにいる?」
その声に思わずクラリスは立ち上がり、軽くカーテシーを取って応じた。
「ライナルト・バークレー騎士団長様。本日より治癒士見習いとして研修に入らせていただいております。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「……それは聞いていた。だが、イザーク、お前までいるとは?」
するとイザーク団長が、ごく淡々とした表情で答えた。
「俺の恋人であるリズがこちらで研修をするというので同行した。それだけだ。あとは見守っているだけ。勤務には支障ないと理解している」
「……恋人同士、というのも……初耳だな」
「昨日、恋人同士になって、今朝、正式にご両親に挨拶した。事情があるなら、また日を改めてくれ。今日はリズの様子を見守るために来ている」
ライナルト団長は少しだけため息をつきながらも、押し問答を避けるように言葉を収めた。
「ならば、勤務終了後に団長室へ二人で来てくれ」
そう言い残すと、彼は踵を返して食堂を後にした。
残されたクラリスは、イザーク様と顔を見合わせ、少しだけ肩をすくめて笑った。
「……やはり、目立つモブになってしまいましたわね」
「いいじゃないか。正式に両親に認められた恋人同士なんだから、隠さなくていい」
食後、二人は再び医療班の建物へ戻り、今度は重傷者が運ばれる別棟へと向かった。そこではサミエル治癒士が真剣な表情で治療にあたっていた。近くでその働きを見るうちに、クラリスは再び身が引き締まる思いだった。
ここは命と向き合う場所。恋やときめきの余韻に浸っている暇などない――そう思ったのだった。




