第二十二話 家族が恋人の名を知る朝
朝の光がやわらかく屋敷の窓辺を染め始めた頃、仕度を整えていたクラリスのもとに、侍女のマリアが慌ただしく駆け込んできた。
「お嬢様、あの……イザーク・ローヴェンハーツ魔法師団長様が、すでに正面玄関にてご両親にご挨拶中とのことです!」
「――えっ!?」
まさか、もう到着しているとは。まだ髪飾りも決めかねていたというのに……。
慌てて最後の仕上げを終え、応接間へと急ぐ途中、レオナルド兄さまがにやりと笑いながら扉をそっと開けた。
「良いところだぞ。紹介も済んで、今ちょうど想いを語っている最中だ」
胸の鼓動が早鐘を打つ中、そっと扉に手を掛けた――その瞬間、中から聞こえた声に、思わず足が止まった。
「お嬢さんと恋人としてお付き合いさせていただくことになりました。年齢差があることは承知しておりますが、私にはクラリス嬢が必要です。これが愛なのかはまだ分かりません。ただ……初めての感情で、戸惑いながらも、大切にしたいと心から思っております。どうか、お付き合いをお認めいただけませんか」
頭を深く下げて話すその真摯な声に、クラリスの胸は熱くなった。
思わず扉を押し開け、彼の隣に立った。
「わたくしも……イザーク団長への想いが、憧れなのか愛なのか、まだはっきりとは分かりません。でも、わたくしの中でこの気持ちはとても大切なものです。どうか……わたくしからも、お付き合いをお認めいただければと思います」
両親の顔に驚きの色が広がったが、父はゆっくりと頷いた。
「イザーク団長殿、クラリス。お互いの誠意はしかと受け取った。年齢など些細なことだ。お互いの気持ちに真摯に向き合い、節度ある交際を続けるのであれば、異論はない」
続いて母が、少し微笑みながらも真剣な眼差しで言葉を紡いだ。
「イザーク団長様、クラリスは何事にも一生懸命な子でございます。真っ直ぐすぎて、時に周囲を驚かせることもあるでしょう。どうか……それを愛し、共にいてくださる覚悟はお持ちくださいませ」
イザークは真摯に「はい」と頭を下げ、場は穏やかに和んだ。だが、その場に同席していた長兄アデルだけは、少し複雑な表情を浮かべたまま、何も言わなかった。
――それでも、とりあえずの第一関門は越えた。
「では、後日改めてお食事の席でも設けましょう」という話になり、家族に見送られながら、イザークと共に騎士団へと向かった。
馬車に揺られながら、イザークがふと尋ねた。
「そういえば……今日は侍女はいないのか?」
「はい。学園に通うようになった時点で、外出時の付き添いは不要とお願いして外してもらいました。必要な時にだけ同行してもらってます」
「……一人でいる方が、気楽だと?」
「前世の影響もありますね。ずっと自分のことは自分でしていましたから。付き添って貰うと、相手に気を使わせてしまうので、苦手なんです」
「じゃあ、俺と一緒にいるのも……嫌だったりするのか?」
「そんなこと、ありません。嬉しいですよ。今日は、わたくしのために迎えに来て下さって……ありがとうございます。そして、両親にも真剣にご挨拶して下さって……心から感謝しています」
その一言に、イザークは言葉もなく、ただクラリスを優しく、そしてぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「なぁ、クラリス嬢。君のことを“リズ”って呼んでもいいか?……俺だけの、特別な呼び方で」
「ええ、喜んで。……では、わたくしもイザーク団長のこと、なんとお呼びすれば?」
「リズの好きなように呼んでくれ。なんでもいい」
「……じゃあ、“イーくん”」
「……」
「……それとも、“クーちゃん”?」
「……イーくんで……」
「ふふ、では“イーくん”は、二人だけの時に。外では、今まで通り“イザーク様”とお呼びしますね」
「うん……それがいい」
その後も、抱きしめは止まることを知らず、到着間際までイザークの腕の中で過ごすこととなった。
「イーくん、そろそろ騎士団に着きますよ。中に入ったら、わたくしはあくまで見習いの治癒士です。手出しせずに、温かく見守ってくださいね?」
そう言って、彼の頭を優しく撫で、背中をポンポンと叩いて促した。
馬車が緩やかに止まり、扉が開かれる。
「さあ――到着ですわ、イーくん」
扉の向こうには、騎士団の厳格な門がそびえていた。けれども、心は不思議と柔らかな光で満たされていた。




