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第二十話 拗れる心と重なる温もり

朝から空気が重い。分厚い雲が空を覆い、今にも雨が落ちてきそうな空模様の中、クラリスは学園の訓練場へと向かっていた。


──今日は、定期の魔法訓練日。


ただでさえ憂鬱な訓練だが、今日はさらに重たい気持ちを抱えていた。前世のことを話したあの日以来、ロイド副団長と顔を合わせるのは初めて。どんな顔で会えばいいのか、何を言われるのか、それを考えるだけで足取りが重くなる。けれど、逃げるわけにもいかない。


「……はぁ、どんな反応でも受け止める覚悟はしてますから」


自分に言い聞かせるように呟き、訓練場の門をくぐる。だが、そこで思わぬ人物の姿を見つけ、思わず足が止まった。


「イザーク団長……?」


そこには本来、訓練日には現れないはずの魔法師団長――イザーク・ローヴェンハーツの姿があった。


彼はクラリスの姿を認めると、すぐにこちらへと歩み寄ってきた。その顔には、僅かな緊張と申し訳なさが滲んでいた。


「こないだは……すまなかった。気づいたときには、君がいなくなっていて……気分を害したなら、本当に申し訳ない」


謝罪の言葉に、クラリスは少し驚いたように目を見開いた。


「謝っていただかなくても大丈夫です。突拍子もない話を信じろというのも無理なことですし、予想はしてました。だから、最初に話せなかったのも……私の判断です」


感情を抑え、淡々とした口調で答えた。そこには、これまでとは違う、ひとつ線を引いたような距離感があった。


「今日は団長が訓練を?」


「……あぁ、担当を交代してもらった。謝罪と、君の訓練の成長を見届けたかったからな」


「そうですか……では、今日は光魔法と闇魔法を教えていただけますか?」


「……なぜそのふたつを?」


「実は、先週末から正式に騎士団の補助治癒士としての研修が始まりました。重傷を負った方々に癒しの力を……少しでもお返しがしたくて」


その言葉に、イザークの表情が強張る。


「ロイドからは何も聞いていない。……なぜ、騎士団へ?」


なぜ、そんなに怒るのだろうか。クラリスは戸惑いながら、階段事件の件、団長からの申し出、騎士団員の怪我の状況、そして自分の気持ちを、淡々と語った。


「だからこそ、国のため、国民のために戦ってくれている方々に、少しでも力を貸したいのです。どうか、教えてください」


一瞬の沈黙。


「……今日の訓練は中止だ。君は帰っていい」


その言葉に、クラリスは表情を曇らせ、静かに一礼して背を向けた。


「わかりました。では、本日はご足労ありがとうございました」


帰ろうとしたそのとき、背後からふわりと大きな腕が回される。驚いて振り向くと、イザークがクラリスを強く抱き締めていた。


「そうやって……すぐ帰ろうとするな。勝手に会話を終わらせるな……」


その声には、いつになく苦しげな響きがあった。


「……団長……?」


クラリスも、思わず腕を返す。温もりの中、頭を撫でられながら彼の声が落ちてきた。


「……こんな気持ちは、初めてなんだ。どうしたらいいかわからない。……君が騎士団に行くと聞いて、胸が苦しくなった。どこにも行かないでくれ……そばにいてくれ……」


その言葉に、クラリスの胸がきゅうと締めつけられた。イザークが苦しむほどに、自分もまた気持ちを持て余していた。


「……私も、団長への気持ちが、憧れなのか、恋なのか……分かりません。でも……あなたが苦しい時には、そばにいたいと思っています」


「……なら、騎士団には行かないでくれ。……誰かに惹かれてしまったらと思うと……怖いんだ」


「…………」


「……まさか……もう誰か……好きな人がいるのか?」


クラリスは少しだけ目をそらし、躊躇いながらも口を開いた。


「……まぁ、ライナルト騎士団長にも……正直、惹かれてはいます……。まぁ……お二人とも、私の“推し”ですので」


その言葉に、イザークは明らかに動揺し、さらに強くクラリスを抱きしめた。


「絶対に行くな……!」


「そ、それは……困りますわ……」


ぽつんと、空から雨粒が落ちてきた。


――心の空と同じように、いつ晴れるのか。


けれど、こうして近づいた距離は、確かに存在していた。

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