第一話 モブとして静かに過ごす、はずだったのに
教室に案内されると、すでに何人かの生徒たちが席に着いていた。華やかなドレス、整った制服姿。皆一様に品があり、さすがは王立学園といったところだ。
私は静かに礼をしてから、自分の席に腰を下ろした。窓際。日差しの入り方が穏やかで、すこしうとうとしてしまいそうな心地よさ。
「クラリス・エルバーデ様……ですよね?」
隣の席の少女が、柔らかい声で話しかけてくる。顔を向けると、明るい茶髪を緩く結った可愛らしい印象の令嬢だった。
「ええ。クラリスとお呼びくださいませ。わたくしも、お名前をうかがっても?」
「はいっ、私はセリーヌ・アドラーと申します。男爵家の三女です。お見知りおきいただけたら、嬉しいです!」
「ふふ、こちらこそよろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑むと、セリーヌ嬢は安心したように頬を緩めた。どうやら初日で緊張していたらしい。
よしよし。これで“おっとりした優しげな伯爵令嬢”という印象はひとまずクリア。中身は、異世界転生して枯れ専まっしぐらのモブだけどね。
入学初日ということもあり、教室内はまだ硬い空気が流れていた。けれど、誰かが話し始めると、少しずつ会話の輪ができていく。
「エルバーデ令嬢、入学試験では第二位だったとか……すごいですね」
「まあ……偶然ですわ。運よく出題が得意な分野に偏っていただけなのです」
控えめに微笑んでおけばよい。実際、前世での試験慣れがものを言っただけだし、魔法に関してはまだ自分でも把握しきれていない。
それに、こうして話しかけてくれるのはありがたい。表面上の会話でも、敵を作らないことが最重要。だってこの世界、いつ乙女ゲーム展開が来るかわからないもの。
なのに——
「本当に……静かで綺麗でいらっしゃる。まるで……」
「……え?」
「いえ、失礼しました。儚げなお姿が、まるで詩の中の姫君のようで……」
おおぅ。前世の私が聞いたら転げ回って笑うセリフだわ。それでも顔には出さず、「まあ……光栄ですわ」と返しておいた。
他の生徒たちも、徐々に私の周囲に打ち解けはじめ、昼休みには自然と数人で食事を共にしていた。なんだかんだで、悪くない初日。皆お育ちが良いのか、変に突っかかってくる子もいない。逆ハーレムも婚約破棄も、今のところ見当たらない。
「クラリス様、こちらのお菓子、母が持たせてくれたんです。よければ……」
「まあ、ありがとうございます。とても嬉しいわ」
あらあら、なんだかこのまま穏やかに、誰とも争わず過ごせそうな気がしてきた。
そうよ、きっとこの世界、転生はしたけれどゲーム世界ではないのよ。ざまぁ展開もヒロインもなく、婚約破棄イベントもない平和な世界……そう、モブとして静かに推しを探すにはちょうど良い。
ちらりと、廊下の先に立つ騎士見習いの護衛の青年が目に入った。……うーん、若い。惜しい。筋肉はあるけど若い。やっぱり“枯れ”の味わいがないとね……。
ぼんやりそんなことを考えていたら、また周囲から「憂いを帯びた眼差しが美しい」とか「学園に現れた麗人」なんて囁かれていた。
え、ちょっと待って。内心、おじ様成分を脳内チェックしてただけなんだけど。
まぁ、いいわ。美人は得、ということにしておきましょう。
“モブ”のはずの学園生活、意外と……居心地が良いかもしれない。