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第十五話 厄日。泣きたいほどの辱しめの日

週明けの学園。週末に騎士団で過ごした余韻を胸に、少し浮き足立ちながら登校していたクラリスだったが、朝の教室で騎士団長令息レオン・バークレーから——例の階段事件で揉めたあの人物——から「話がある」と呼び止められた。


クラリスはふと、万が一にも婚約者との間に誤解を生じたら面倒なことになると即座に察し、先んじてその婚約者であるエレナ・カルセルナ伯爵令嬢を伴って指定された場所へ向かうことにした。


案の定、レオンは眉をひそめた。「なぜ婚約者が?」


クラリスは微笑を浮かべたまま、涼しい声で告げる。


「ご婚約中の身でありながら、令嬢を人目の少ない場所へ呼び出す行為自体が問題となりかねません。ご理解くださいませ」


その理路整然とした釘の刺し方に、エレナは小さく吹き出しそうになり、令息はしぶしぶ納得した様子を見せた。


目的はひとつ——父親である騎士団長が笑ったというのだ。しかも、それはクラリスが騎士団を訪れた翌日のことだという。あの無愛想で悪人顔と名高い団長が、だ。


「……父が、笑ったんだ。おまえが騎士団に来た日以来、明らかに様子がおかしい。何があった?」


クラリスは一瞬たじろいだが、覚悟を決めて答えた。

騎士団を訪れた理由、治癒士や医師の負担を減らすため週に一度の補助を申し出たこと、そして――


クラリスは一瞬目を見開いたが、すぐに思い出す。帰りの馬車の中で、あの団長が頭を下げて感謝の言葉を口にした瞬間のこと。そして、自分の手でその頭を抱きしめ、慰めの言葉を囁いた自分を。


「……帰りの馬車で、団長様にお礼を言われまして。それがあまりに胸に沁みて……思わず、可愛らしさにキュンとして抱きしめてしまったんです」


その場が凍りついた。レオンは唖然とし、エレナもまた口元を押さえて言葉を失っていた。


「……父を? あの父を……かわいくて、抱きしめたと?」


顔を真っ赤にしたクラリスは、涙目で一礼した。


「本当に申し訳ありませんでした……! 不埒な真似を……!」


そう言い残すと、くるりと踵を返し、恥ずかしさに耐えきれず駆け出して行った。


取り残された二人は顔を見合わせると、ついに笑いをこらえきれず、吹き出してしまった。


「……意外な方ですね、クラリス嬢」


「うん。でも、悪くない。少し……クラリス嬢を見習うべきなのかもしれない」


二人の間にあった冷えた空気が、ふっと和らいだ瞬間だった。


***


その後、クラリスは再び呼び出された。今度は王子の婚約者である公爵令嬢フィオナからだった。場所は学園の音楽室――妃教育の一環で時折使用されている場所だという。今日は厄日か、厄日なんだなと諦めた。


「王子がね、あなたに冷たくされたことを気にしているの。最近、視線がよくあなたを追ってるわ。あなたに気があるのかもしれないけれど……あなたの気持ちは?」


クラリスは無言で一拍置いてから、静かに口を開いた。


「申し訳ありませんが、無理です。私の趣味ではありませんので、押し付けられても困ります」


「でも、王子は魔法も剣も優秀で、王族として非の打ち所が――」


「……人の好みを押し付けないでください。ご自身の婚約者でしょう? ご自身で調教して育ててくださいませ」


その淡々とした“毒”に、フィオナは目を見開いた。

クラリスはさらに追い打ちをかけるように呟いた。


「……ちなみに、私の好みは……年上で、落ち着いていて、髭面でも悪人顔でも構わない。いわゆる“枯れ専”ですので」


もうだめだ、今日は「辱めイベント」しか起こらない日なのだと、心の中で頭を抱えつつ、クラリスは深く一礼して音楽室を後にした。

一方その頃、クラリスはひとり廊下を歩いていた。羞恥と後悔と、もはや何とも形容しがたい感情が押し寄せる。


「今日はなんて日なの……。辱められてばっかり……」


と、目尻に涙が浮かんだ。


廊下をとぼとぼ歩いていると、ふいに、耳慣れた低く温かい声が聞こえた。


「クラリス……?」


振り返ると、そこには遠征から帰還したばかりの魔法師団長・イザーク・ローヴェンハーツの姿があった。


ああ、神様……。


クラリスの中で、何かが決壊する音がした。


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