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第十三話 戦う者たちへの祈り

治療塔の奥、静かな廊下の先。

幾つもの扉が並ぶその場所の前で、クラリスは足を止めた。

鼓動が、先ほどよりも速くなっている気がする。


扉の向こうにいるのは、王都を守るため、命を賭して戦った騎士たち。

その多くが深い傷を負い、今も癒えぬ痛みと向き合っているという。


──わたくしの言葉など、何の力にもならないかもしれません。

それでも。

それでも、戦った意味はあったと伝えたい。

あなたの頑張りが無駄ではなかったと、誰かがちゃんと見ていたと……。


小さく息を吸い、クラリスは拳を軽く握った。

扉に向かって手を伸ばし、控えめな音でノックをする。


「どうぞ」


中から返事があった瞬間、彼女は背筋を伸ばし、優雅に一歩を踏み出す。


「失礼いたします」


部屋に入ると、そこには右目に包帯を巻き、片足を失った若い騎士がベッドに横たわっていた。

彼は一瞬、誰が来たのかと不思議そうな顔をしたが、クラリスが名乗った瞬間、少し身を起こした。


「本日より医療班の補助として参りました、エステルハージ伯爵家の長女、クラリスでございます。

突然お邪魔し、申し訳ございません。本日は一言、感謝をお伝えしたく伺いました」


彼女は一歩前へ進み、深く頭を下げる。


「王都を命がけで守ってくださいましたこと、心より感謝申し上げます。

皆様が戦ってくださったお陰で、わたくしはこうして今日も平穏に過ごせております。

そして、生きて帰ってきてくださったお陰で、こうしてご恩返しの機会をいただけたのです。

……微力ではございますが、今後ともお力添えできればと存じます」


最後に、静かに深いカーテシーを捧げた。


その姿を見つめていた騎士は、何かが溢れ出るように瞳を潤ませ、そして、静かに嗚咽を漏らした。

堪えていた涙が、枕を濡らすほどに流れ落ちる。


クラリスはそっと近づき、彼をそっと抱きしめる。

温かく、柔らかな手で彼の背を支えながら、癒しと安定の魔法を、静かに注ぎ込んだ。


痛みが、少しずつ和らいでいく。

心の奥にこびりついた、名もなき恐怖が、少しずつ洗い流されていく。


まもなく騎士は、穏やかな表情のまま、すう、と深い眠りに落ちていった。



その一部始終を、扉の外で静かに見守っていたライナルト・バークレー団長は、息を呑んだまま、言葉を失っていた。

彼の中で、クラリスという少女が、ただの「貴族の娘」ではなく、騎士団の希望となりうる存在として、ゆっくりと心に刻まれていくのを感じていた。


その後もクラリスは、ひと部屋ひと部屋を丁寧に訪れ、同じように頭を下げ、感謝の言葉を伝えた。

涙を流す者には抱擁を。

戸惑いを見せる者には手を握り、そっと癒しの魔法を注いだ。


無言で頷くだけの者もいたが、その目には確かな光が戻りつつあった。



全ての部屋を回り終えた頃には、外の空は夕暮れを帯びていた。


「……連れて来てくださって、本当にありがとうございました」


医療塔を出たところで、クラリスは団長に頭を下げた。

その目は涙で少し潤んでいたが、それでも微笑んでいた。


「知らなかったことを知りました。……わたくし、何をすべきかが少し見えてきた気がします」


「……そうか」


ライナルトは、短くそう答えるだけだったが、その声はいつになく柔らかかった。


本当は、団長室で茶を淹れて、もう少しだけ彼女の話を聞きたかった。

けれど、気づけば日も暮れかけており、屋敷へ戻る時間となっていた。


帰りもまた、彼が馬車で送り届けることとなった。



移動する馬車の中。

静かな揺れのなかで、団長がふいに頭を下げた。


「今日は……ありがとう。君のおかげで、騎士たちが救われた。俺も、礼を言いたい」


その瞬間、クラリスの胸がきゅうっと締めつけられた。

推しが、目の前でそんなことを言うなんて、もうだめだ、理性が吹き飛びそう——。


気づけば、隣に座っていた彼の頭をそっと抱き寄せていた。


「……いつも、国のために。騎士団のために。ご家族のために、気を張っていらっしゃるライナルト・バークレー団長様……お疲れ様です。あなたは……頑張っています。どうか、もう少しだけ、ご自分を労わってください」


その声は、まるで母が子をあやすように優しかった。

彼女の指が、静かに髪を撫でるたび、ライナルトの胸の奥に溜まっていた疲れが、少しずつほどけていくのがわかった。


彼は、かつて誰にも甘えることのなかった年月を思い出していた。

政略結婚だった妻との関係も冷え切っていて、息子たちを育てる中でも、自分を気遣ってくれる存在などいなかった。


今、彼の隣にいるのは、ちょうど次男と同じ年頃の少女。

その事実に、少しばかり気恥ずかしさはあった。けれど、不思議と心地よかった。


「……どうした?」


ふと彼が顔を上げてクラリスを見ると、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「……今の、今のは、その……ちょっと、感極まって……しまって……」


あまりの羞恥心に、言葉にならない彼女の姿が、あまりに可愛らしくて——

ライナルトは、思わず笑ってしまった。



その夜、騎士団に戻ったライナルトは、次男を呼んだ。


「……例の階段の騒動の日、クラリス嬢は、どんな様子だったんだ?」


問いかけたその表情が、いつもの厳格な父親のものとは異なり、どこか和やかだったことで、次男は言葉を失う。とりあえず、あの日起きた事と何をクラリス嬢に言われたか、思い出せるだけ話をした。

それを聞いた父親が、吹き出す様に

笑い声まで上げたその姿に、「一体何があったんだ……」と、内心で呟かずにはいられなかった。


それは、バークレー家にもたらされた、小さな変化の始まりだった。

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