第十一話 推しと家族の板挟み
学園から戻った日の夕刻、私は夕食の準備が整う前に、父と母のもとへ足を運んだ。
応接間のソファに並んで座るふたりに向かって、静かに、けれどきっぱりと口を開いた。
「今週末の休日に、騎士団を訪ねることになりました。団員の皆さまの怪我の治療のためです」
先日、騎士団長自らが届けてくださった手紙には、すでにその趣旨が書かれていたはずだ。けれど、やはり口頭でも伝えるべきと思ったのだ。
一瞬、沈黙が落ちた。
先に反応を示したのは父だった。
「……娘が、騎士団へ?」
眉間に皺が寄ったのを見て、内心で覚悟を決める。
「……お前が怪我をさせられたと聞いて、どれだけ心配したと思っている?しかもお前はそれを黙っていた。」
「……でも、お父様。私はすぐに治癒魔法で回復しましたし、何より……あの時、私が自分を助けられたように、誰かを助けられるのならと」
「それは立派なことだ。だがな……娘が都合よく使われているようにしか思えんのだ」
「そんなことはありません。団長閣下は、まず謝罪を、それからお願いを、と丁寧に話してくださったんです。……私は、彼を信頼しています」
父はしばし沈黙し、深くため息をついた。
「……分かった。ただし、何かあればすぐに戻って来るんだ。無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます」
その後、夕食の時間には、兄たちにもその話が及んだ。
長兄のレオナールは、第一王立騎士団に所属する筋金入りの騎士である。
「クラリス、お前……本気で行くつもりか?」
「うん。ちゃんと団員の治療に行くだけだよ」
「……あの団長とは以前、何度か任務で一緒になったが、無骨で厳格な男だ。……悪い人間ではないが、簡単に妹を預けられる気にはならん」
「兄さま……」
その厳しい表情の裏に、心からの心配が見え隠れする。私はその気持ちを理解しつつも、穏やかに答えた。
「私のことを心配してくれて、ありがとう。でもね……私、自分の魔法をちゃんと使いたいの。誰かの役に立ちたいの」
隣でワインを傾けていた次兄、ユーリウスは、ふっと吹き出した。
「……ふーん。役に立ちたい、ねぇ? 騎士団長目当てじゃないの?」
「な、何を言ってるの、ユーリウス兄さま!」
兄さまは、耳元で小声で
「いやー、前世の記憶を知ってる者としてはさ……お前の“枯れ専嗜好”に危機感を持って当然でしょ」
「違います! 私は純粋に、魔法のことを——」
「はいはい、そういうことにしておくよ。ま、俺も団長殿は悪い人じゃないと思ってるけどさ。……推しは推しでも、燃やし過ぎると家が火事になるからな?」
にやにやと笑い席に戻ったユーリウス兄さまに、私はテーブル下でそっと足を蹴った。
だが、それでも最終的に、兄たちも私の意思を尊重してくれた。
そして、迎えの朝。
家の前には、騎士団の紋章が入った馬車が停まり、黒い軍装に身を包んだ団長が玄関先に立っていた。
その姿を見て、父は肩をいからせ、母は私の袖をぎゅっと握る。
「まずは、このたびの件、心よりお詫び申し上げます。……私の息子が娘さんに怪我を負わせたこと、重ねて謝罪いたします。そして、本日お迎えにあがったのは……あらためて、治癒の協力をお願いしたく」
「……そのことについては、クラリスからも話を聞きました。ただ、娘をそう何度も巻き込むような真似は——」
父が少し声を荒げたが、団長は静かに言葉を返す。
「もちろん、我々はあくまで、彼女の意志を尊重するつもりです。無理をさせるつもりは一切ありません。……彼女の力が、仲間を救えるのなら、という願いだけです」
そのまっすぐな言葉に、父も母も少し表情を和らげた。
最後に、母がぽつりと呟いた。
「……どうか、娘のことをよろしくお願いいたします」
「必ず、私の責任で安全を守ります」
団長が深く頭を下げた瞬間、父が頷いたのを見て、私はそっと息を吐いた。
馬車に乗り込む瞬間、ふと、団長が私の方へ視線を向けた。
「……ありがとう。来てくれて、助かる」
「いえ、私こそ……推しの元に、じゃなかった、皆さまの元に行けて光栄です」
「……今、何か言いかけたか?」
「い、いえ、なにも!」
私の出発は、家族の複雑な思いを乗せて、けれど確かな一歩として、静かに始まった。




