匂い水
都会から遠く離れた山奥に、人から忘れられたように村はあった。バスも通っていないような山奥の、地図にも載っていないような小さな村である。そこに三〇人ほどが住んでいた。村の若者は皆、出稼ぎに行っており、中年を過ぎたものと高齢者だけが、取り残されたように暮らしていた。
村の生活は貧しく、村人の皆が生活保護を受けて暮らしていた。テレビはなく、車は村のみんなで使用するようにと、どこかの誰かが寄贈してくれた車が一台あるが、車の免許を持っているもののいない村には無用のものであった。
村人の交通手段といえば、徒歩だけであった。
山の麓にはそれなりに大きな街があるのだが、街と村を結ぶ道は一本あるだけで、しかも道は舗装されておらず、でこぼこの悪路が永遠と続いていた。車でも三時間以上を要すので、街から村に来るものもいなければ、徒歩となると、村人もめったなことでは山をおりない。文化交流のない村のときは、いつのころからか止まったままで、まさに村は時代に取り残されたていた。
男は村の麓の街にある製薬会社に勤めていた。男は製薬会社で造られた薬を、定期的に村へ運んでいた。
村の出身者が多く暮らすこの街では、仕事といえどわざわざ好んで村に行こうとする者もいない。そのためか薬を運搬する者には、会社から特別手当が支給された。男は村の出身ではないが、特別手当につられて運搬を志願した者の一人であった。
男は村への荷物を大量に載せ、細い山道を車でゆっくりと走っていた。距離はさほどではなくとも、山道の三時間となると、とてつもなく長く感じる。鬱蒼と茂った木々が、昼間だというのに太陽の光を遮って辺りを薄暗くし、ひとりの寂しさを増長させるのも、山道ならではである。寂しさが男をむしばみ始めたころ、ようやく見えてくる村に、男は安堵するのだった。
男がこの仕事についたばかりの頃は、会社で製造した薬だけを運搬していたのだが、男が村へ薬を届けていることが周りに知れると、いろいろなものを届けてくれと頼まれるようになり、ついでなので、薬と一緒に新聞や雑誌、宅配の荷物までも運ぶようになった。もちろん、村人からの要求に応え、これまた、いろいろなものを運んでいた。もはや、男が製薬会社の社員なのか、運送会社の社員なのかわからなくなってくるほどである。
村人も男がやってくるのを心待ちにしていた。村人総出で男を出迎えるのがその証であった。
私は村人の歓迎を受けながら、一人一人に荷物を手渡していった。同時に返される感謝とねぎらいの言葉が、私の疲れを癒していった。特別手当も良いが、運搬に志願してよかったと思える瞬間であった。
私は製薬会社に長く勤めているわけではなく、製薬会社の前は商社に勤めていた。時間に追われる毎日だった。あることがきっかけで商社を辞職して、この会社に就職したのが半年ほど前である。
村へ来る途中に降り出した雨が本格的に降ってきた。今は冬である。冬は日が暮れるのが早い。私は暗くなる前に街に戻ろうと、休憩もそこそこに村を出て、慎重に車を走らせた。めったに車が通らない道路は荒れている。スリップして粘土質の土にタイヤが埋まってしまい、立ち往生する事もしばしばであった。
握るハンドルに違和感を感じ、すぐにガタゴトと音がして、私は車を止めた。
スリップではなく、パンクだった。幸い、街まではもう少しの距離である。予備のタイヤもあり、工具も積んでいる。雨の中の作業は避けたいが、仕方がないだろう。雨は激しく降っていてやみそうにない。辺りは暗闇に包まれはじめている。私は覚悟を決めて、車から降りると、工具とタイヤを取り出して作業を始めた。手元がよく見えない中での、全身をずぶ濡れにしての作業は三〇分を要した。
雨に熱を奪われ冷え切った体を温めるため、車のヒーターを全開にして山を降りたが、体はなかなか温まらず、家へ戻っても体の震えは止まらなかった。
翌日、私は高熱を出し、会社を休んだ。
夕方、職場の同僚が薬と差し入れを持って、見舞いに来てくれた。同僚の作ってくれたおかゆを食べ、渡された薬を飲んだ。薬は会社でつくられているものだった。同僚の薦めもあり、念のために会社の医療施設を訪れ、診察を受けることにした。
診断は予想どおりの風邪だった。高熱のためふらふらしている私に、同僚は付き添い、家まで送ってくれた。そして、ゆっくり休むようにと言い残し、同僚は帰っていった。
私は三十半ばを過ぎても結婚せずに、独り身の生活を楽しんでいる。しかし、ときに人は気弱になるものだ。こういうときは特に気弱になる。まったくもって勝手だが、誰か側にいて欲しくなる。同僚の心遣いがうれしかった。
翌朝は薬が効いたのか高熱は収まった。しかし、微熱が残った。微熱ぐらいなら会社に行こうと考えていたのだが、体が鉛のように重く、無理に動くととてつもない吐き気に襲われた。とても会社に行ける状態ではなかった。
微熱はなかなか下がらず、ほとんど寝たままの状態が一週間以上も続いた。
食事と薬は同僚が運んでくれた。
私はテーブルをかたづけている同僚に尋ねてみた。
「会社は何か言ってないか?」
「無理せずに、しっかり治療しろってさ。そして、村のみんなに荷物を届けてやってくれとさ」
私はほっとした。たとえ病気であれ、長く休むと辞めさせられるものだと思いこんでいた。たとえ決まり文句だとしても元気づけられる。少しでも早く治そうという気力が沸いてくる。仮に解雇を言い渡されようものなら、さらに具合が悪くなり、このまま良くならなくても構わないとさえ思うだろう。それほど、私は気弱になっていた。
私は安心を隠さずに同僚から差し出された薬を受け取った。いままでの薬とは違っていた。何の気なしに尋ねてみると、私を診察してくれた医師に症状を説明して、再度、処方してもらった薬なのだそうだ。この薬が効くことを願い、私は薬を飲んだ。
真夜中、体が引きちぎられるような痛みに私は目を覚ました。あわてている同僚の姿があった。同僚は私に薬を飲ませた。痛みはすぐに和らいだ。その日から繰り返し襲ってくる痛みが幾度も続いた。そのたびに同僚は私に薬を飲ませた。
五日経ち、あれほどひどかった痛みが嘘のようになくなり、熱も下がった。おそるおそる体を動かしても、吐き気はなかった。約二週間ぶりに迎える晴れ晴れとした朝だった。景色さえも今までと違って見えた。布団から起き上がろうとしているところに、ちょうど、同僚が入ってきた。
「起きれるのか?」
「すっかり良くなったようだ。なんだか生まれ変わったような気分だよ」
同僚はほっとした表情を浮かべた。私もそれを見て心底ほっとした。
正直言って死を覚悟していた。たかが風邪くらいでと笑われるかもしれないが、それほどひどかったのだ。実はこっちの方が夢で、実際には自分は死んでいるのかもしれないと、くだらない感覚に襲われていたのだ。同僚の笑顔は私に生きていることを実感させるのに十分だった。
「いちじはどうなることかと心配したけど、回復して良かったよ」
「いろいろと世話になったな」
私は同僚に心から感謝した。
私は翌日から仕事に出た。
病み上がりのせいなのか、のどが異常に渇き、大量に水を飲むようになった。村へ薬を運搬することになった私に、心配した同僚が、水を詰めた二〇リットルのペットボトルを渡してくれたほどである。
村へ行く途中に自分で用意した水をすでに飲み干してしまった私は、喉の渇きをこらえきれず、同僚がくれた水を飲んだ。同僚の心づかいがなんだか嬉しかった。それよりも驚いたのは、水道水では癒えることのなかった喉の渇きが癒えたことだった。同僚がくれた水は、水道水では得ることのできなかった満足感を私に与えてくれた。私は同僚からもらった水を飲みながら村へ行き、街まで戻ってきた。そしてすぐに私は同僚の住まいを訪れた。
私は同僚に水の礼を述べ、それから水のことを尋ねた。どうしても、渡された水が特別な水に思えてならなかったのだ。
しかし、同僚はただのミネラルウォーターだと言った。販売はされていないらしく、同僚だけが知る秘密の場所からくんでくるのだという。水道水には含まれていない成分が入っているのだそうだ。成分の名前は秘密だという。
もはや私の中にはただの水道水を飲むという考えは皆無となっていた。同僚がくれた特別な水を飲むことしか頭になかった。
「何故だか知らないが水道水ではすぐに喉が渇くんだ。しかしもらった水はそうじゃなかった。あの水が飲みたいんだ。場所を教えてくれないか?」
「絶対秘密の場所なので誰にも教えられないんですよ。あの水が気にいったのなら、もっと汲んで来てあげましょう。近くに知人が住んでいましてね。水は知人に会いに行くついでに、いつも汲んでくるのですから構いませんよ」
私は同僚の申し出を受け入れ、同僚から水を貰って飲み続けた。
しばらくは良かったのだが、しだいに喉の渇く間隔が短くなっていき、同僚からもらう水もすぐになくなるようになった。飲み水のなくなった私はしかたなしに水道水を飲んではみたが、やはり喉の渇きは癒えなかった。
もっと水が欲しい。もっと水を飲まなければ満たされない。飲みたい。あの水がもっと飲みたい。
私は耐えられないほどの喉の渇きに、恥ずかしくもなく貪欲になっていた。
私は同僚にもっと水をくれるようお願いした。
今夜にでも水を汲みに行くとういう同僚の言葉を聞いて、私はもう居てもたってもいられずにこっそり同僚の車に乗り込んだ。場所を覚えて後で自分でも汲みにくるのだ。そうしなければこの喉の渇きは癒えない。
私はせっぱつまっていた。
水がほしい。もっとほしい。足りない。喉が渇く。喉が渇くのだ。
同僚の車は四輪駆動の大きな車なので、私はトランクルームに隠れた。うまくいけば、見つからずに秘密の場所まで行けるだろう。
やがて車は止まった。
同僚が車から降りる気配があった。すぐにトランクルームが開けられると思ったが、同僚と誰かの話し声が続いていた。声は小さく、内容までは聞き取れない。私は意を決して、水を探しにトランクルームから滑り出た。
外に出るとすぐに水の匂いがした。私はわき目も振らず、匂いを頼りに近づいて行った。匂いはぽっかりと空いた洞窟の奥から漂っていた。私は迷わず洞窟に入って行った。
中は真っ暗なのだが、私には水の場所がはっきりと見えた。
こんこんとわき出る水が壁をつたって流れ落ち、泉を形成していた。私は思わず駈け出し、泉に入っていった。泉は広いが深はくはない。入っても水はくるぶしまでしかこなかった。
私は両手で水をすくい、一口、飲んだ。喉をとおって胃に落ちるのがはっきりと判った。余韻を楽しむことなく、たまらず私は、腹ばいになり、泉に顔をつけてごくごくと水を飲んだ。
私は同僚のことも忘れて、水を飲み続けた。水で腹が異様に張り出しても、水を飲み続けた。腹が重くて動けなくなっても、やめることはできなかった。
足りない。まだ足りない。もっと、もっと水がほしい。
私は水を飲み続けた。
「あいつの様子はどうだ?」
「一心不乱に飲んでますね。近づくこちらにも気付かないでしょう」
二人は顔を見合せ、にやりと笑った。
洞窟の入口には簡単な仕掛けが拵えられていて、内側からは決して開かないが、外からは容易に開閉することができるようになっていた。
洞窟から出た二人はなんの躊躇もなく、洞窟の入口を閉ざした。重厚な岩が横から滑るように出てくると、ゴトリと音がして、入口は完全には閉ざされた。
「今回も上手く行ったな」
「ええ。しかもかなり良品質の物が手に入りましたね」
同僚と医療施設の医師が月明かりに映し出された。
私はただひたすらに水を飲み続けた。どれくらいたったのか覚えていない。薬を届けている村の男が二、三人やって来て、私は村まで運ばれていった。何故とか、どうしてとかという疑問は浮かばなかった。気がつくと見知らぬ天井が見えた。横を向くと、側に見知った顔があった。同僚ではなく村の男だった。男は体の状態を訊ねてきた。私が異常ないと返答すると、そのままここで待つように告げ、部屋から出ていってしまった。
私は半身をゆっくりと起こし、辺りを見廻した。部屋の一辺だけが障子の扉で、残る三面は襖で仕切られていた。手の込んだ細工を施した欄間があり、立派な梁が見えた。造りは和風だが、床の間はなく、ただの四角い部屋だった。私はそこに敷かれた布団の上にいた。
やがて障子が開かれ、退室した男に代わって村長が入ってきた。
「体は何ともありませんか?」
「はい。何ともありません」
「洞窟でのことは覚えていますか?」
「いえ。水を飲んだことしか覚えてません」
「どれくらい飲んだかわかりますか?」
「いえ、まったく…」
泉に口を浸けたところまでは、はっきりと覚えている。しかし、その後のことは、まったく覚えていなかった。記憶が切り取られたように、すっぽりと抜け落ちていた。ぼんやりと霞んでいるのではなく、まったく記憶が無かった。
「実は、あの水には幻覚作用があって、さらに飲んだ人間に死をもたらすと言われています。しかし案ずることはありません。麓の製薬会社に水を調べてもらったのですが、毒となる成分は含まれていないそうです。ただの迷信でしょう。幻覚の方も噂にすぎません。最も、泉の水を飲んだ後のことは覚えていないと、皆が口をそろえて言うので、確かめようがないのですが」
村長に言われて、私は少しほっとした。
「先ほど会社のほうに連絡しておきました。すぐに迎えにこられるそうですよ」
聞いてすぐに同僚の顔が浮かんだ。私が居なくなって心配しているだろうか。こっそり車に乗り込んだ後ろめたさはあったが、麓の街に戻りたかった。
村長と世間話をしていると、あわてた様子の足音が近づいてきて、障子が勢いよく開け放たれた。
「大変です!!麓の製薬会社で事故があったようです」
「事故?」
私と村長は顔を見合わせた。
「事故って、いったい何があったのですか?」
「詳しいことは解りません」
「そうですか…」
同僚は無事だろうか。会社はどうなっているのだろう。
「心配せずとも、二、三日もすれば、製薬会社から連絡が来るでしょう」
私は以前に同僚から教えられた、村にある車のことを思い出した。
「確か村のみんなで使っている車がありましたよね」
「車はありますが、ガソリンが入っていないのですよ。お恥ずかしいことです。たいしたおもてなしもできませんが、どうぞゆっくりしてしていってください」
車は使えない。しかし歩いて麓へ下りる気はしない。おとなしく迎えを待つしかないようだ。私は村長の家でやっかいになることにした。
「時間もできたことですし、水に関わる噂話の真実を確かめに、洞窟に行きませんか?村からさらに上がったところに洞窟はあります。二人で洞窟の泉まで行き、あなたが水を飲むのです。私が側であなたの様子を見守り、噂が本当かどうか確かめます。本当に幻覚を見るのかどうか、確かめに行きませんか?もし本当に水を飲んで幻覚を見るのならば、村の長として、洞窟を立ち入り禁止にして、水を飲めないように安全対策を講じなければなりません。ご協力願えませんか?」
私は簡単なことだと、軽く請け合った。
私たちはその日の夜に洞窟を訪れた。見上げた空に満月があった。私たちはそれぞれ懐中電灯を手にして、洞窟の奥に入っていった。泉は変わらずに静かにたたずんでいた。私はあの日と同じように泉の中央まで入っていき、両手で水をすくった。わずかに飲むのがためらわれたが、村長に促されるまま、私は水を飲んだ。
あれほど特別な水だと思っていたのに、ただの水だった。なんだか拍子抜けした気分だった。
振り返った私の視界に捕らえた村長の顔が奇妙にゆがみ、私の意識はそこで途切れた。
洞窟の奥にある泉の中央付近で、水に浸り倒れている男がいた。
水面は揺れもせず鏡のように静かだった。男は懐中電灯の明かりに照らし出されていた。三つの弱い明かりが男の体を丹念に調べるように照らしていた。
「久々の完全体だな」
「今ままでの中でも最高の完全体だな。これだけのものはなかなか手に入らないだろう」
「ついにあの方にふさわしいものが手に入ったな」
男は皮膚だけの存在となっていた。服のように薄っぺらい。皮膚の下にあったものはすでに溶け、体の外へ流れ出て、泉の水と混じり合っていた。
「さっそく、あの方に入っていただこう」
洞窟のさらに奥の奥からずるずると引きずる音を響かせながら何かが近づいてきて、ゆっくりとした音は泉のほとりでぴたりと止んだ。音だけで姿はみえなかった。
音の止んだ箇所からゆったりとした水流が、皮となった男のところまで続き、皮だった男は再び人間の形を成していった。
男はゆっくりと立ち上がり、ほとりまで歩いて行くと泉からあがった。
男はほとりで待つ三人に恭しく迎えられた。
「体の具合はいかがですか?」
「お気に召しませんか?」
「ならば、違う物をご用意いたしましょう」
「いや、問題ない。良い物を用意してくれた」
男たちは跪き、深々と頭を垂れた。
私は四角い部屋で目を覚ました。側には村長がいた。
「洞窟で倒れたんですよ。覚えていますか?」
私は無言だった。夢を見た。夢の最後で三人の男たちが跪いていた。村長と製薬会社の医療施設にいた医師、そして同僚が、私に跪いていた。
「何か見ましたか?」
私は覚えていることを正直に話した。
「それは良かった」
私が怪訝な顔をすると、村長はにっこりと笑った。
「覚えているということは共存の証」
「共存?」
「そうです。あの方とあなたは共存しているのです。しかし共存の時間は長くありません。やがてあなたはあの方に取り込まれるでしょう」
何を言っている。何の話だ。夢ではないのか。幻覚ではかったのか。
「心配することはありません。これはあなたが見ている幻覚なのですから。おびえる事はありません。幻覚から覚めれば、またいつもどおりの日常が待っているだけです。もう少し横になった方がよいでしょう。そうすれば幻覚も早く覚めるでしょう」
私は促されるまま横になった。思いがけず同僚と医師が私の顔を覗き込んできた。ようやく街から迎えが来たようだ。やっと街に帰れる。同僚のほっとした表情を見て、私は安心して瞳を閉じた。
「香様。早くお目覚めになってくださいね」
同僚の呼んだ名は私の名前ではなかった。あの方の名前だった。
「あの水は特別な水なのだよ。君のような完全体を手に入れるのには、少しばかりの時間と手間が必要となる。しかもやっかいなことに、誰もが完全体になれるわけではない。完全体を造る作業は五段階あり、与えるあの水の割合を調節しながら作業を進めていく。そしてそれぞれの段階で適合者と不適合者に分けられる。第一段階で我々の毒素となる物を取り除き、第二段階で内蔵を溶かす。第三段階で体中を洗浄し、第四段階で溶かした物を外へ出し、第五段階で最終確認を行う。たいがいが第一段階、第二段階で不適合者となる。不適合者となっても捨てはしない。不適合者は我々の養分となる。君が村へ運んでいたもの。今までなんだと思っていた?ただの薬だと思っていたか?我々の養分なのだよ。我々は永いあいだ、そうやって生きてきた。残念なことに我々には毒となる物が多すぎて、そのままでは食べられないのだよ。そのための第一段階なのだよ。第二段階ではそうとうの痛みを伴うらしいね。それに第二段階で中が空洞になるため、それを満たしたいのか、君たちは水を大量に欲するらしいね。第三段階が洗浄なので、大量に水を飲んでもらった方がきれいに洗えて我々も助かるけどね。やっぱり洗浄が不十分だと、我々が中に入ったときに具合が悪いからね。第四段階では、不思議なことに自らが洞窟にやってくる。まるで蜜に引きつけられる蝶のようにね。我々には感じなくとも、人間には感じるものがあるのかも知れないね。だから我々はあの水を匂い水と呼んでいる。君も匂いにさ誘われたのだろう?」
医師は私に語っていたが、私の耳にはほとんど届いていなかった。
水には幻覚作用があって、さらに飲んだ人間に死をもたらす。
噂は本当だった。見たものは幻覚ではないが、あまりにも現実離れしているため、幻覚だと思うのが普通だろう。気づいたところでもう遅い。固く閉ざされた瞳はもう私の意志で開くことはなかった。