とあるシリアルキラーの鎮魂歌
僕の名は姫野。この国に来て何日か経った。
姫野とはプリンセスの意味がある言葉らしい。
僕はこの名前を気に入っている。
僕がプリンセスだって!
最高だね。
さてそんな僕だが最近考えていることがある。
この国はとても治安が良いのだが、時折とんでもない犯罪者に出会したりする。
僕が出会ったのは
もう1人のシリアルキラーだった。
その人物はまさかの存在で
僕はそいつと戦うハメになるのだが
まぁ聞いてくれ。
僕は大ピンチに陥ってしまう。
それを助けにあの刑事、王子田が関わってくる。
僕が人を殺めたところを見ていた人物だ。
彼もまた、刑事でなければすぐに消してしまわなければならないのだが、僕は三日前にその王子田と再び出会う羽目になった。
彼は刑事らしく、優しい人物だと思う。
なにせ信号待ちしていたお婆さんを背負って運んであげていたんだから。
その時僕は王子田とすれ違いざまに目が合ったのだ。
「あ…!姫野くん!?」
背中に信号待ちをしていたご老人を背負いながら、彼は横断歩道を渡っていた。
王子田雅哉、捜査一家の刑事だ。
その彼がポカンとした表情である人物をみつめている。
姫野kラングス。
それが彼の名前。
彼は前回、連続殺人犯を殺している。
その彼と再び出会ってしまった。
王子田は狼狽えた。
そしてすぐに老人を横断歩道の先に送り届けると、姫野を追ってまた横断歩道を渡る。
姫野は愉快そうな表情をしていた。
また会ったね…!
なんともご縁がある…姫野はそう思っていた。
必ず巡り会うとは思っていた。
それがこんな場所で、日中の太陽の下で出会うんだから。
姫野は横断歩道を渡り切った。
そして
王子田もそれを追いかけて渡り終えていた。
はぁはぁ…
「姫野くん!君は…!」
王子田が話しかけたその瞬間
パパーン!
車のクラクションの音がけたたましく鳴り響いた。
なんと車が姫野と王子田めがけて突っ込んできたのだ。
2人はなんとかそれを避ける。
キキーッ!バァン!
車は建物にぶつかって止まった。
なんなんだ!一体!
王子田は狼狽えたままだったが、流石に刑事である。
車の運転手を確かめた。
それは1人の男だった。
若い男だ。
しかし様子がおかしかった。
酩酊したような
「飲酒運転か?」
王子田は慌てて応援を呼んだ。
そしてハッとして振り返ったその時にはもう姫野の姿はなかった。
くっ…逃してしまった!
王子田はなんとかしてまた姫野と接触できないかと考えていた。
そうしているうちにパトカーが来て、危険運転の男はパトカーに乗せられて運ばれていった。
王子田は歯噛みする。
またあの男とどうやって会ったらいいのだろうか。
そうしているうちに、王子田は刑事に肩を叩かれた。
「王子田さん、あの男、どうやら薬をやっていたようですよ」
「さっきの運転手か?」
王子田は驚いて刑事に聞き返した。
刑事はうなづき
「ええ、腕に注射痕がありました。しかもさっきから何かうわ言を言っています。あいつのせいだ、とか」
あいつ?
王子田は一瞬考えた。
しかしさっきのあの様子、まるで俺を狙って車を突っ込ませたような。
もしくは
王子田はハッとした。
まさか姫野を狙って?
先ほどの妖艶な男の笑みが頭に浮かぶ。
姫野はどさくさに紛れて消えてしまったが、どうにかして探し出せないかと王子田は考えあぐねた。
何かおかしい
何かが起きている
王子田はなぜかそのことを感じていた。
姫野はとある場所にいた。
橋の袂の下だ。
そこで何人かに囲まれた。
姫野を狙っていたようだった。
姫野は手に武器である注射器を構えた。
まぁ3人くらいならなんとでもなるかな
姫野を囲んでいるのはホームレスのような身なりの男たちだった。
一般人だしな、あんまり大事にもしたくないしな
姫野はダメ元で聞いてみた。
「ねぇ、君たちは誰かに頼まれたの?それ以外の意図を感じない」
男たちは姫野の様子に少したじろぎ
「そ、そうさ!あんたを襲えば金をくれるって言われたんだ!」
「身なりの綺麗な人だったからな!あんたが何かしたんだろう?!」
男たちがわめいた。
姫野はふうんとうなづき
「で、僕にこの人数で勝てるとでも?」
そう言って姫野は正面の男に飛びかかった!
「ひ、ひいっ!」
男を羽交締めにして、首筋に注射器を当てる。
他の2人は驚いていた。
「どうする?僕をこれ以上追い詰めたい?この人に何するかわかんないよぉ?」
「わ、わかった!やめる!やめるからやめてくれ!」
羽交締めにされた男が声を上げた。
「で?誰に頼まれたの?」
「知らねぇよ!なんだか小綺麗な格好をした男だよ!あんたを襲って怪我の一つもさせてくれって!成功したら金をくれると言われた」
「ふうん、誰だろうなー」
ギリギリと姫野は男の腕を締め上げた。
ひっ!と男が声を上げる。
「名前なんて知らねぇよ!金をくれると言われたからやっただけだ!」
姫野はつまらなそうに男を離した。
そして
「僕と戦う気があるなら、とことんやるけど?どうする?」
「ひいっ!やめだ!こんな強えなんて知らなかった!勘弁してくれ!」
男たちは我先にと逃げ出していった。
姫野は本当に真底つまらなそうな顔をしていた。
まったく、こんなことをしてただで済むと思ってるの?
姫野は珍しく悪態をついた。
「誰だかわかんないけど、僕を狙うなんていい度胸だね…!」
襲われる理由がわからなかった。
姫野は考えていた。
姫野のことを知っているのは刑事の王子田ぐらいだ。
しかし彼が今回の件に関わっているとも考えにくい。
なんだろ、怨恨?
しかし僕はこの街に来てからさほど日が経ってるわけじゃない。
恨まれるとすれば
前回姫野が殺した快楽殺人犯。
その関係しか浮かばなかった。
「わからないなーあいつが殺されたことを恨んで?ううーん…」
姫野は頭にはてなマークが浮かんでいた。
どうしてもしっくりこない。
とにかく
姫野はそのままスーパーに向かうことにした。
今夜の夕ご飯の食材を買いに来た途中だった。
「今夜は何にしようかな、たまには日本の食事を食べてみたいんだよね」
まず先に、本屋に行って美味しい日本食のレシピを探してみるか
スーパーに向かう前に本屋へ寄る。
その本屋の前で姫野は1人の少女とぶつかった。
「あ、ごめんなさい、大丈夫?」
その人物は眼鏡をかけた高校生くらいの女の子だった。
「は、はい、大丈夫です」
そういうと少女は俯きながら去っていった。
姫野は本屋の中に入り、レシピの本を探した。
そこで今夜は日本食の筑前煮としゃけの塩焼きを作ろうと決めた。
「日本の食事、口に合うといいなぁ」
姫野はさっきまでの攻防も忘れ、ウキウキとした気持ちで本を購入した。
そして店を出て、スーパーの近くに来た時だった。
「あの…」
先ほど本屋の前でぶつかった少女がいた。
「あれ?どうしたの君?」
姫野が声をかけると少女は深く俯き
「あの…あなたのお名前、聞いてもいいですか?」
姫野は不思議な気持ちになった。
名前を聞いてもいいか?って?
「姫野だよ、姫野kラングス。君は?」
不思議な感じはしたが、そう答えた。
すると少女は
ニコッと笑った。
その時だった。
姫野を何者かが後ろから羽交締めにした。
「なっ!?」
驚いた姫野を後ろの人物は強い力で押さえつけ、腕に注射の針を刺した。
くっ…!薬物…!
姫野は気が遠くなった。
完全に油断した…!
昏倒した姫野をその人物は抱えると、近くに停めていた車に運び込んだ。
そして人物は少女を振り返る。
「これでよかったのですか?」
「ふふ、上出来よ」
少女は笑っていた。
光のない瞳は狂気を含んでいるかのようだった。
「姫野kラングス、やっとみつけたわ、私の王子様…!」
そう呟き少女は夢見るような表情をする。
少女の傍には大きな男がいた。
彼は少女に主従する関係のようだった。
そして2人は姫野を乗せた車を走らせ、やがて山奥の別荘へとたどり着いたのだった。
「薬は誰かに打たれたと言っていますよ」
王子田は車を暴走させた人物の取り調べから出てきた刑事にそう言われた。
あの車の件で、何かおかしいと感じてはいたが
どうやら黒幕がいるらしい。
王子田はその刑事に聞いた。
「で、その男は誰を狙っていたんだ?」
「どうやら、紫の髪をした長身の男と言っていましたが…」
やはり姫野か
姫野を狙っていた?なぜだ?
王子田はうーんと頭を悩ませた。
全く因果関係が見えてこない。
その時だった。
「大変です!街で人が攫われるのを目撃したとの通報が!」
新人の刑事が飛び込んできた。
ふむ、と王子田はうなづいた。
「その事件はどこで?」
「○○スーパーの近くだそうです!」
王子田は何か引っ掛かるものを感じた。
あの交差点からさほど離れていない場所だ。
王子田は刑事たちに言った。
「よし!調査しに行く!君たちは引き続き、さっきの暴走車のことを調べてくれ」
そう言い残し、王子田は警察署を出た。
薬を打たれた人物が姫野を狙っていた。
それだけでも謎なのに、今度は誘拐事件?
王子田は考えていた。
おかしなことばかりだ。
そして王子田は誘拐された者がいたという現場であるものを見つけた。
これは…
見覚えのあるものだった。
それは姫野が身につけていたアクセサリーのひとつ。
攫われたのは…姫野?
王子田は混乱しながらも走り出していた。
姫野を助けねばならない、しかし前回のこともだが、なんでこんなことに巻き込まれているんだ…!
姫野は目を覚ました。
椅子に座らされ、ぐるぐる巻きに縛られていた。
くっ、薬を打たれるなんて…僕としたことが
「油断したよ…!」
部屋は暗く、姫野以外誰もいなかった。
ここはどこだ?
姫野はぐるりと周りを見渡した。
窓にはカーテンがかかっていて、とても暗い。
もう夜のようだった。
姫野はなんとか拘束が取れないかとジタバタしてみる。
その時、扉が開いて廊下の光が入ってきた。
部屋の中に入ってきたのは…あの少女だ。
「やぁ、君か。君なんでこんなことを?」
姫野は少女に向かって聞いた。
少女は俯きながら、姫野の前にとやってくる。
そして顔を上げると姫野をトロンとした目で見つめた。
「わたしは凛子って言います、姫野様!」
彼女は熱い視線を投げかけてくる。
姫野は驚いた。
この子、もしかして僕のことを?
「へぇ、僕のこと、好きなのかい?」
姫野の言葉に少女、凛子はびっくりして後退った。
しかしすぐに彼の目の前にやってくると
「はい、姫野様はわたしがやっとみつけた王子様ですもの…本当に素敵!」
「僕を抱えてきたのは誰だい?君には無理だろう?」
「ふふ、執事がおりますもの、彼に任せました」
廊下から1人の男が入ってきた。
大きな体をした男だった。
そこで姫野はピンときた。
「ホームレスに僕を襲わせたのは君だね?」
「左様で」
男が淡々と喋る。
「ふん、車に僕を狙わせたのも君たちの仕業か」
「左様です、姫野様」
男はうやうやしくお辞儀した。
「で、君たちは何がしたいのかな?僕を攫ってどうする気なの?」
凛子がゆっくりと姫野に近づく。
その表情には狂気が宿っている。
「わたし、好きな人をどうしても自分のものにしたいんです。あなたを街で見かけた時から好きでした!ねぇ、だから、殺してもいいですか?」
姫野はヒューっと口笛を吹いた。
「なるほど、君はそういうタイプなの?」
「ですわ、好きな男性は殺して自分のものにしたいんですの…だから姫野様も!」
凛子の手にはナイフが握られていた。
姫野は正直
絶体絶命だな…と思っていた。
縛られて身動きは取れず、ガタイのいい執事もいる。
僕はこの子に殺されちゃうのかなぁ?
姫野がクスッと笑うと、凛子は眉を釣り上げた。
「何かおかしいですの?」
「いや、いつもこうしているのは僕だったから…初めて殺される相手の気持ちになれたよ」
姫野はクックッと笑い続けていた。
愉快だな、シリアルキラーがシリアルキラーに殺されるのか。
姫野は凛子に向き直り、その瞳をみつめた。
「君、1人や2人じゃないね?殺したの。僕もそうさ、だからわかる」
姫野の言葉に凛子は表情を歪ませた。
「だからなんです?わたしが好きだから、殺してあげるんです!永遠にわたしのものにする…!」
凛子が叫んで襲いかかって来た時、姫野は縛られた椅子ごと立ち上がった。
そして椅子で凛子に体当たりする。
「きゃっ!」
凛子は倒れたが、ガタイのいい執事が飛び出して来た。
姫野は一瞬逡巡したが、素早い動きで執事の横をすり抜けると、廊下に飛び出した。
追いかけてくる執事。
その時だった。
ピンポーンとドアのチャイムが鳴った。
「警察だ!開けなさい!」
タイミング良すぎだろ
姫野は思わず笑った。
この声は、あの男だ。
王子田雅哉。
ドアノブをガチャガチャとさせていたが、突然
バーン!
体当たりをかました王子田が飛び込んできた。
そして
彼はギョッとした。
縛られた姫野をみつけたからだ。
そしてその後ろにいた執事は凛子を連れて奥へと逃げる。
「王子田さん!これほどいて!」
「ひ、姫野くん!やっぱり攫われたのは君だったか!」
叫びながら王子田は姫野を自由にした。
姫野はすぐに執事と凛子を追った。
そのあとを王子田も追いかけてくる。
「どうしてここがわかったんですか?王子田さん」
「ここを見つけるのに、苦労した!君が攫われたところを目撃していた人がいたからな、車のナンバーを覚えていた」
「へぇ、思ったよりも素早い動きでしたね!」
姫野はクスクスと笑った。
王子田は少しムッとして
「助けに来たんだぞ!感謝してくれ!」
「ありがとうございます、助かりましたよ」
姫野と王子田は裏口から逃げた2人を追った。
2人は車に乗り込み、なんと姫野たちに向かって突っ込んできた。
「全く、殺しの美学も何もあったもんじゃない」
姫野は手に持った注射器を投げた!
注射器は車のフロントガラスに当たって割れた。
中の液体がちょうど運転していた執事の目の辺りを見えなくさせる。
姫野と王子田はその車を避けて、車は別荘の脇の道に飛び出していた。
キキーッ
ブレーキ音
なんと2人を乗せた車は道を飛び出して、崖へと落ちる!
「ああ…本当についてないね」
執事と凛子を乗せた車は崖下へと落ちていった。
王子田は姫野に聞いた。
「あの2人はなんで君を攫ったんだ?」
姫野はゆるく笑った。
「王子様が見つかったようですよ、でも僕は王子じゃないんですよ、どちらかといえば姫ですからね」
あの後、王子田は姫野を逃してしまっていた。
崖下に落ちた車を確認するために崖下に降りた時に逃げられてしまった。
車の2人は即死だった。
そしてこの2人が何人も男を殺していたことが明らかになった。
こうしてまた、王子田は姫野に逃げられて、他の事件を解決したと大絶賛されることになった。
やれやれ
とんだお姫様だな
王子田は上司の田中に褒められながら、姫野を思っていた。
「さてとー今夜は何を食べようかな?」
冷蔵庫の中を物色しながら、姫野はつぶやいた。
冷蔵庫には十分な食材が揃っている。
「ふふ、しかしあの時、王子田さんすごいタイミングだったな」
姫野はクスッと笑っていた。
まさに姫のピンチに王子様が駆けつけたようだ。
姫野はなんだかおかしくなって来た。
シリアルキラーはシリアルキラーを呼ぶ。
まさにその通りだった。
今回のような、本物に出会うことはこれからもあるだろうか?
治安のいい日本でも、陰に隠れて犯罪を犯す者がいる。
姫野はそれを思い知らされた。
姫野は冷蔵庫からハムを取り出すと、一枚食べた。
「さぁて、今夜は肉じゃがという料理に挑戦するか」
姫野はいつも楽しそうに生きている。
彼が殺した人間の分まで、生きている。
彼は死神かもしれないが、その死神はこの街で生きているのだ。
やがて彼の前にまた新たな敵が現れようとも、彼は死神としてその者たちを屠っていくだけだ。
姫野はラジオをつけていた。
優しい曲が流れる。
とあるシリアルキラーの、それは鎮魂歌のようであり、葬想曲なのだった。
END