聞き捨てならないわね
「ね~、アニー」
「何、ロッテ?」
「何でアニーの髪は赤っぽいの?」
「うーん……私もわからないの。母が言っていたけど先祖返りかもしれないって」
空中庭園の東屋にいる私はそう言って寄りかかって来るロッテ王女の頭を撫でた。
ロッテ王女はヒルデガルド側妃の上の娘で今年6歳になる。
つまりエルヴィンの半分血の繋がった妹である。
二人の側妃が生んだ4人の王女の中では一番の年長者であり早々に私に懐いてくれた。
ロッテが不思議そうに私の髪をいじるのはこの国では珍しい赤みがかった金髪のせいだ。
国全体を見渡しても極めて珍しい髪色である。
小さい時には他人と違う髪色のせいで嫌な思いをした事があるけれど今はこの髪に少しだけ感謝をしている。
私がロッテと仲良くなったのは王宮を元気に走り回って遊んでいた彼女の興味をこの髪が引き付けてくれたからだ。
母親のヒルデガルド側妃の私に対する感情はわからない。
でも娘と私の接触を嫌と思ってはなさそうだ。
なぜなら私達は自由に王宮を歩き回っているけど侍女のお供が常にある。
そのロッテ付きの侍女の態度も極めて友好的だからだ。
「アニー、本ばかり読んでないで今日は屋上に行こ。いい天気だから」
「いけませんよ、ロッテ様。アニエス様の邪魔をされては」
「いいのよ。じゃ行きましょうか」
ロッテ付きの侍女に私は微笑んで手を繋いで歩き始めた。
私達はそれぞれの侍女達を引き連れて屋上へ向かう。
公務にそれなりに関わっている第一・第二側妃と違って今の私は勉強くらいしかやる事が無い。
側妃の一人として正直情けない。
今、私が出来る事は殿下の勉強を見る為に学生時代の学力を落とさない様にする事くらいだ。
それとは別にいつ仕事を割り振られてもいい様に自分なりに色々情報収集して学んではいるけど。
王宮の屋上は空中庭園と同じく豊かで綺麗に植えられた植栽が素敵な空間を形作っていた。
私達はここだけに植えられた花などを眺めて穏やかなひと時を過ごした。
「アニーが来てくれて嬉しい! みーんな私よりもずーっと上の人ばかりだから」
「お兄様が居るじゃない」
「お兄様はあまり私の相手をしてくれないもん」
「色々と大変なのよ。学ぶ事が一杯で」
「アニーがお兄様を教えているんでしょ?」
「そうねぇ……その一人と言いたいけど」
教えているというほど大した事をしている訳では無い。
専門知識は優秀な男性教師陣が居るのであくまで単なる補佐みたいな感じだ。
「じゃあ、アニーもロッテと同じで怖くないんだね」
「え?」
「前にお兄様が云ってたもん。ロッテは怖くないって」
「怖くない……?」
(女性の事? だとしたら嫌いというより怖いって一体)
「お兄様は女性が怖いって云ったの? どうして怖いのかしら」
「分かんない。前に一回言ったきりだから」
「そう……ロッテはお兄様が好きなのね」
「うん、優しいから。会ったらいつも私を持ち上げてくれるの」
「いいお兄様ね」
私の言葉にロッテは満面の笑みを浮かべた。
(妹にはこんなに好かれて優しいのに他人の女性には真逆か……)
本当にどういう事が原因なんだろう。
他人からしたら大した事では無いかもしれないしその逆かもしれない。
(何時か知る時が来るのかしら)
最近しばらくは表面上エルヴィンと私の時間は問題なく過ぎていた。
でも、ロッテと過ごした屋上庭園の後の今日は違っていた。
悪い意味で元通りになってしまった。
「アニエス、何かロッテに聞いたみたいだな」
「何の事?」
「惚けるな。私の事を色々と聞いた様じゃないか!」
「あのね、何か深い意味があると思う?
話の流れで単純にあなたが女性を忌避する理由を聞いただけでしょ」
恐らくエルヴィンとロッテが会った時、屋上の会話を無邪気なロッテが何気なく話したのだろう。
それに過剰反応しているに違いない。
(『ねえお兄様、アニーも私と同じで怖くないんだよね~』とかかな……)
「とにかく、私の事を嗅ぎまわるのはやめてくれ。だから女性は信用できないんだ」
「貴方が何を云っているのかわからないわ」
「自分では大して何も出来ないくせに色仕掛けで権力に取り入る事だけは上手い」
「……それは私やヒルデガルド様・エレオノーラ様の事?」
我ながら凍る様に冷たい声だった。
エルヴィンも流石に云いすぎたと思ったのか少し動揺している。
つまりこれが彼の女性に対する本音なのだろう。
「貴方が今言った言葉は父王陛下や私と他の側妃様の名誉を汚す発言よ」
「っ! そんな事は……」
「聞き捨てならないわね。前から思っていたけど、かなり女性を見下しているのね。どういう訳で女性を嫌って信用していないのかは知らないけど試してみましょうか」
「……何をだ」
「無論、女性が男性に対して出来るのは色仕掛けだけかどうかよ」
「何?」
「とりあえず分かりやすいし、剣で模擬試合でもしてみましょうか。
男性優位の剣技なら文句ないでしょう? まさか怖いとは云わないわよね」