塩対応の王太子
この国には現在正妃が不在である。
その結果、この国では二人の側妃が本来の正妃の仕事を分担して担っていた。
今回私もそこに加わった訳ではあるが、割り当てられた仕事は内政や外交に関わる事では無い。
どうも訳アリの王太子の世話だった。
初夜?から三日後、私は国王陛下の手配によって王太子のエルヴィン殿下と面会する事になった。
側妃達との様に後宮入りした時に王太子殿下と挨拶を交わしていた訳ではない。
この機会が初対面である。
(まぁ、状況的にも立場的にもそうならざるを得ないわよね……)
『初めまして、第三側妃のアニエスです。今度ここの後宮に来ました。
(貴方の父親と今夜初夜を迎えますから)宜しくお願いしますね』
どんな口調で事前に紹介されても子供からしたら何と返していいか複雑だろう。
あくまで側妃とは父親の妃であって殿下の母親ではない。
私も王族の一員となったが殿下にとっての家族というには微妙な位置だ。
(そういう意味では陛下が私に求めた役割は何とも曖昧で難しいわ)
どういう感じで王太子に接触すればいいかと思っていが流石にそこは陛下もご考慮済みだった。
側妃の私がエルヴィン殿下の家庭教師の一員に加えられたのだ。
暗黙の了解になっているが王族は王立学園で当然優秀な成績が求められている。
いずれ人の上に立つからには見える形で分かりやすくその能力の一端を未来の臣下達に見せておく必要があった。
だから当然学園の外でもこの王宮には優秀な家庭教師陣が存在している。
専門知識で最高の教師陣に及ばない私が何の教科を担当するかというと別にない。
あえて言えばつい最近まで学生だったのでその立ち位置で試験についての要領や学園生活を送る上で知っていると得な事について教えられるくらいだ。
正直、居ても居なくてもいい無理やり作ったポジションである。
ちなみに私の在籍時の3年間は王族は居なかった。
だからこそ最終学年で私が生徒会長に就いていた訳でもあるのだが。
「初めまして、殿下。私はアニエスと申します」
「敬語は結構ですよ、アニエス様。エルヴィンです。宜しくお願い致します」
「はい。こちらこそ」
元々伯爵令嬢の私が王太子殿下に敬語を使われるのは変な感じだ。
しかし、今の立場は側妃であり一応公に認められた父親陛下の妃だから当然か。
立場上は準夫人と変わらない訳であって邪険に出来る訳もない。
(まつ毛、長い……)
遠目に何回か見た事は有ったけど近くで見てもその容姿には粗が無い。
金髪に緑色の瞳を持つ整った容姿をしている。
外見で言えば放っておいても向こうから女性が寄って来るわずかな人間の一人のはずだ。
物腰もやわらかだし陛下に事前に聞いていたイメージは当てはまらない。
そして母性に飢えて拗らせている訳でも女性に免疫がない訳でもなさそうだ。
(ちゃんと私とも普通に会話しているし問題無さそうだけれど)
殿下は2年後には恐らく生徒会長になるだろう。
陛下としてはそういう共通点を作って私を身近に感じさせたい訳だ。
事前の予定通りそちらの方の話題も話した。
(女性が苦手な風にはとても見えないけれど……本当なのかしら)
疑問に思いつつ色々と話を続けるうちに気が付いた。
私がたまたま近づく度にさりげなく体を遠のけさせている。
何気なく開いた書物の文章に私が指さしの為に手を近づけると体ごと後方に少し動く。
常に私と一定の間隔を空けている。
(なるほど……女嫌いと聞いていたけど、これは重症ね。確かに)
多分意識はしていないのだろう。逆に重傷だと思える。
下手に近づきすぎて陛下の側妃なのに王太子を誘惑する破廉恥女に見られたくもない。
その気持ちが余計な一言を言ってしまった。
「変に意識しないでいいですよ」
そう言った瞬間だった。
一瞬で何か空気が変わった感じがした。
「なぜ、そんな事を云うのですか?」
(あ、不味かった?)
虎の尾を踏んだ感じがする。
「そうか。やはりあなたがここに来たのはそういう意味ですか」
「いえ、何となくそう感じて……」
「道理でね。優秀な教師方が居るのになぜ側妃のあなたが来るのか不思議でした」
「殿下、あの……」
「父上に言っておいてくれませんか。余計なお世話だと。
だからもう私に近づかないで欲しいのですが」
(何という塩対応……これがこの王子の女性に対する本音という訳?)
まるで女性を魔獣の様に忌避する存在の様に思っている節がある。
どうも陛下が考えていた様なぼんやりした理由ではなさそうだ。
(陛下、これはちょっと難しいですよ……)
その後、結果的に私は殿下の部屋を追い出されてしまった。
部屋に控えていた侍従が気の毒そうな顔で私を見る。
勉強と違ってこうすればいいという努力の道筋が見えない。
陛下に普通に抱かれて普通に側妃をやっている方がまだ楽じゃないのか。
そんな風に思って私は内心で途方に暮れた。