番外編 心的外傷
「ねえ、アニー。この子いつ生まれるの?」
「そうね、後ひと月という所かしら」
私のお腹をさすって聞くロッテに私はそう答えた。
何分初めての事だから確信がない。
「私、男の子がいいわ。だって妹ばっかりなんだもん」
「無事に生まれてくれれば私はどちらでもいいわ」
「そっか……でも、何か不思議。アニーからお兄様の子が生まれて来るなんて」
周囲に急かされた結果という訳では無いけれど、私の妊娠は早かった。
王太子の婚約者といえ私は既に王宮住まいだったから必然的に会う時間も多くなる。
通常の婚約者と違ってお互いの内面を更に深く理解する時間は充分にあった。
心を開いてくれたエルヴィンは強く私を求めてくれる様になった。
もちろん私も同様である。
その結果すんなりと彼の子を宿した訳だが心理面ではそれほどすんなりいかなかった感じもする。
エルヴィンの女性を忌避する切っ掛けとなった隣国の王太子の件だ。
初めてに至る前に、彼は彼だけ知っている事を話してくれた。
「君は私の従兄弟の……ベルントの事を知っているか?」
「隣国のあなたの従兄弟の事?」
「うん。何処まで知っている?」
「……毒でご逝去されたと」
「その通りだ。でも多分、父上も知らない事がある。
死に至る彼の状況だ。少し特殊な死に方だった」
そう云ってエルヴィンは私に話してくれた。
この王宮で恐らく彼だけが知っている事を。
「彼の亡骸は見るも無残なものだった。
僕は彼の死を自分自身に置き換えてしまってね……だから詳しく知りたかった。
彼が一体どういう経緯で死んだのかを」
私は黙ってエルヴィンの話を聞いた。当時の彼を思い浮かべて。
「こちらに帰って、自分なりに調べてみた。
どんな毒を使われたかと云うのはすぐ解った。
なぜなら彼の亡骸は特徴的で酷い状態だったからね。すぐ特定できた」
「……」
「毒を体に取り込んでしまう場合は大きく分けて二つだ。主に口からか傷からかだが。
この毒の場合、取り込んでしまっても体にはすぐに変化はない。
でも次第に熱が出て嘔吐する。それをしばらく繰り返す。
もう治せない状態に来ると一気に急激に体を腐らせるんだ。
しかし、治療という観点からは実はそれほど危険な毒という訳でもない。
なぜなら既に治療薬があるからだ」
頷いて先を促す。
「私はあちらの王宮に知り合いがいたからね。金を握らせて教えてもらったんだ。
聞いた話では彼も熱を出して嘔吐した段階ですぐに解毒薬を経口投与された。
通常はここであっさり治る筈だった。でも彼は死んだ」
「……」
「勿論、全身はチェックされたそうだ。状況が悪化する前にね。
しかし彼の体には傷は一切無かったそうだ。だから経口で毒を盛られたと判断された」
「……」
「しかし、中々彼の体の状況は改善しなかった。
その時は盛られた毒に対して解毒薬の量が足りないと判断されたらしい。
更に解毒薬を多めに飲まされたそうだが意味は無かった。
なぜなら、毒を体に仕込むなら口から飲ませたり傷つけるだけとは限らない」
「どういう事?」
「令嬢達はそんな露骨な話をする事などないかな。
下品な話だが、男同士はそういう話を友人とする事も珍しくない。
従兄弟も当時十三歳の僕に話した事があるんだ。女性との秘め事を、ね」
「……」
「向こうの国に遊びに行って偶々二人になった時とか彼は僕によく話してくれたよ。
女性に手が早い彼は年下の従兄弟をからかうつもりだったのかもしれないな」
「つまり……」
「彼は自分を殺した娘と肉体的接触をした結果死んだという訳だ。
無論、口づけとか、そういうレベルの話じゃない」
「!」
「口から毒を飲ませられた訳ではない。毒の塗った刃物で傷つけられた訳でもない。
解毒の対処を遅らせる為に彼はそういう方法で毒を体内に取り込ませられたんだ」
私が想像していたよりもずっとえげつなく凄惨な話だった。
自分によく似た従兄弟の悲惨な死に方を知った時のエルヴィンの気持ちを想像すると辛い。
複雑な気持ちになっている私をエルヴィンは済まなそうな顔で見た。
こんな話をして悪かったという感じで。
「……情けない話だが、そんな殺し方をする女性が居る事に怖くなってね。
それから女性を避ける様になった。君に会うまでは」
「……」
結局、私はエルヴィンの気持ちを理解しているつもりで全くしていなかった。
彼のトラウマは思ったよりも深かったのだ。
私はエルヴィンを見つめたまま彼の頬に手を添える。
彼はそのまま動かず私の手を受け入れた。
「私も怖い?」
「いや。というか、君に対してそんな事は考えた事も無い」
「どうして?」
「私は君という女性を知っているから。大体、私より強い女性ならそんな方法取る必要は無いだろ?」
冗談を云ってエルヴィンは暗い話を終わらせた。
私で嫌な記憶を彼が乗り越えてくれた事が嬉しかった。
「良かった」
「君だけだ」
私はその後、エルヴィンと口づけを交わした。