その言葉は自然と出た
「エルヴィン、いよいよお前も成人だな」
「はい、父上」
「これからは一層この国の将来を担う者としての気構えを持つ様に」
「勿論です」
「……と、まあ、ここまでは王としての話でここからは父としての話だ」
国王の声のニュアンスが多少変化して柔らかくなる。
「母を失ってもお前は立派に育ってくれた。いずれ問題なく私の後を託せるだろう」
「ご期待に背かない様努力します」
「うむ。では早速、私からお前に一つ要望がある」
「何でしょう」
「早く子をもうけてほしい」
「……」
「私がお前という息子を授かったのは遅かった。
当時はお前の母だけしか目に入らぬ故、側妃を娶ると云う考えにはなれなかった。
自分の感情を優先して王としての心構えが足りなかった結果、臣下達には色々と無用の心配をさせた。……まあ、今も多少は心配させているが」
「……」
「勝手だがお前にそうなって欲しくない。だからこそお前の子が早く見たい。父の願いを叶えてくれるか?」
「……お気持ちはわかりました、父上」
「よし。では、今日はお前の誕生日だからな。特別に何でも叶えてやろう」
「? 何でも……ですか?」
「そうだ。言いにくい事でもかまわんぞ。今、お前が結婚したい娘は誰だ?」
「!?」
(((!?)))
国王の言葉にエルヴィンは驚いた。
陰から聞いている三人の側妃も顔を見合わせる。
「国益だの貴族間の力関係だの慣習だのは関係ない。言ってみろ」
「……それは……」
エルヴィンは言いよどんだ。言える訳がない。
父王の側妃を王太子の自分が求めるなど、口が裂けても言えるはずがない。
(こんな悪酔いしている父上を見るのは初めてだ)
そうでなければこんなことを云う筈もない。
酔った父の追及を逃れる為ラウラの名を出そうとするとその前に国王が口を開いた。
「……ある令嬢がいてな」
「?」
「その令嬢は我らが縁戚に連なる男に突然婚約破棄されて傷つけられた。
今は王宮に居るが私とは皆が想像する関係ではない。
お前の返答次第ではいずれそうなる事もあるかもしれんが」
「っ……!」
(陛下!?)
エルヴィンは誰の事を指しているのか理解した。アニエス自身もだ。
国王の言葉は続く。
「かわいい一人息子の頼みだからな。
私のヒルダとノーラ以外なら国王権限でどんな無茶でも押し通すぞ」
その言葉にヒルダとノーラが再び顔を見合わせる。
ただ、今度は二人とも口を押さえて目を見開いていた。
(やだ! 陛下ったら……)
(……貰い事故ですわよ、陛下!)
暗闇なのに二人とも顔を赤くしているのがアニエスには分かった。
自分の名前が抜けていることも。
「最初で最後の機会だ。本音を言え。お前が自分の妃に望むのは誰だ?」
流石にエルヴィンにもわかった。
言葉通り、ありえない事を押し通す最初で最後の機会をくれているのだという事を。
広間を見ると側妃達が居ない。どこかに席を外している様だった。
(酒を飲んでいてよかった)
酒の力を借りないとこんな馬鹿な事は言えない。
だが、そう思いつつも頭の中には緊張で全く酔いはなかった。
エルヴィンはどんな強敵と戦うよりも緊張して口を開いた。
「……が、……です」
「何だ、はっきり言え」
「アニエスが、欲しいです」
「わかった、やろう」
国王はあっさり許可を出すとバルコニーに面した左側の暗い部屋を見た。
すると二人の側妃に押し出された様にアニエスがバルコニーに出てきた。
「えっ!?」
予想しない方向から出現したアニエスにエルヴィンは驚く。
アニエスは美しい顔を紅潮させて目を見開いてエルヴィンを見つめている。
「だが、いくら私が了承しても彼女は物ではない。そういう事は改めて自分の口で本人に言え」
♦
「きゃっ!」
私はヒルダ様とノーラ様に背中を押されて掃き出し窓からバルコニーに追い出された。
直ぐに私に気が付いたエルヴィンと顔を見合わせたまま固まる。
「誕生会はそろそろお開きにしよう。二人とも、後で報告に来い。
根回しと手続きは早急に行わねばならん。では、ヒルダ、ノーラ。我々は撤収しよう」
「はい、陛下」
「かしこまりました、陛下」
私達を残して陛下達は去っていった。
ヒルダ様がウインクを、ノーラ様が小さく手を振っている。
あっけに取られた私達はその場で立ち尽くしたもののその後、お互い見つめあう。
今になってようやくわかった。エルヴィンも同様だった様だ。
いつからかわからないけど陛下は私達をそういう風に考えていたという事を。
そして私達は陛下のお考え通り、そうなった。
急な事でまだ頭の中が混乱していた。
顔も熱い。胸もうるさいくらいに自己主張をしている。
エルヴィンはそんな私に告げた。
「アニエス、あなたが好きだ。ずっと私の傍にいて欲しい」
「私もです、エルヴィン殿下」
混乱していてもその言葉は自然と出た。