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ありがとう

 剣技会の終わった日の夜、私は一言ねぎらいたくてエルヴィンを探した。

侍従の一人に場所を聞いてそこへ向かう。

エルヴィンは城と王宮を繋ぐ空中通路に居た。欄干に肘を掛けて中庭を眺めている。



「惜しかったわね。でも接戦のいい戦いだったわ」


「……」



 良い言い方が思い浮かばなかったまま声を掛けたものの、エルヴィンの返事は無かった。

実際、惜しかった。

剣の腕は既に互角といえるレベルだったが最後は体格差がものを云った感じだった。

成長期の男子の二年差は色々大きい。


 準優勝なのに黄昏ているのでエルヴィンの標的は決勝の相手だったと分かる。

その男の事は私も知っていたので大体の想像はついた。



「また教えてもらっていい? もしかしてゲルハルトに何か言われたの?」


「王家をあざ笑う様な戯言を言ったんだ」


「そう……馬鹿な事を云ったものね」



 そう言いつつもあの男ならやりかねないと思った。

成績の良さから生徒会に所属しているものの性格に問題がある。

彼が私の次の生徒会長になれなかったのは、一言で言えば人望が無いからだ。


 会長になる為には総合成績と最後に一応形だけの様な生徒達の信任投票がある。

資格があるから立候補したものの彼はコンラートに敗れた。

元々私の事を目の敵にしていたので結果が出た時は私が仕組んだみたいに睨まれて嫌な気分になった。



「ああ。それに奴は君が……」



 何かを云いかけてはっとした顔を見せた後エルヴィンが口を噤む。



「私が?」



 聞いてみてもエルヴィンはその先を喋らない。



「私がどうかした?」


「……いや、何も。とにかく奴は失礼な事を云った。

軽口と済ませられる程、寛大になれなかったんだ」



 云われた内容はわからないけど、想像はつく。

負けた事をずっと根に持っていたから悪口でも言ったんだろう。



(それもムキになって勝ちに行った原因なのね)



 そう思うと少し嬉しくなった。

エルヴィンにとって身内と思ってもらえているという事だから。



「……何を云われたか知らないけれど、私の為に怒ってくれたのね?」



 私は感謝して自然とエルヴィンの頭を抱き寄せた。



「ありがとう、エルヴィン」


「!……」



 固まって動かないエルヴィンに気が付いて慌てる。



(いけない! お父様やお母様に対するみたいに行動してしまったわ)



 女性嫌いに拍車を掛けたら困ると急いでエルヴィンを離した。

気のせいか顔が赤い。私は妙な空気を無くす為に話を逸らした。



「でも、学内の事だとはいえおいたが過ぎるわね。

不敬罪で逮捕してもらいたい気分だわ」


「……実は、私もそれを考えた」



 エルヴィンが苦笑した後、二人で笑い合った。

不愉快な記憶もお互い笑い合えるこんな日がくる為の肥やしになればいい。

その後私達は今日の熱戦を振り返って色々と話した。

 

 話の流れでどうしてもゲルハルトの話に触れることになる。

するとエルヴィンは彼が私について語った事を少しだけ話してくれた。

私が遠方の外国のおとぎ話に出て来る人物の子孫ではないかという話についてだ。



「剣聖ねえ……ふぅん、そんな昔話があるのね」



 聞いた私は心から呆れた。

いくら女性に負けた事が悔しくて認め難くてもそんな話を持ち出すなんて。

どうしようもなくて負けたという理由を必死に探しているみたいだ。

悪い意味で大した執念だ。



「心当たりはあるかい? ご両親か誰かに聞いたとか」


「全く無いわ。そんな話、聞いた事もない」



 私は明確に否定した。

少なくとも家系図で遡れるフェラー伯爵家の人物は国内出身の筈だ。

由緒ある貴族は全ての家に家系図が残されているから間違いない。

尤も家系図は父方中心だから母方の方をずっと昔まで遡って調べた結果なんて知らないけど。



「それに私が剣を嗜むのも偶然よ。貴方も私の実家の事、今なら知っているでしょう」


「ああ。もしや君の亡くなった兄上の事かい?」


「そう。今でこそ私は一人っ子だけど兄が居たわ」



 事故で死んだ兄は剣の才能が有った。

まだ王立学園入学前の年齢で王国騎士団から卒業後の将来の進路の誘いが来たくらいだ。



「私も兄の影響で始めたの。兄が亡くなってからは身代わりの様な気持ちで。

単純に剣を嗜む事が当たり前になったから成人してからもしていたわ。婚約者も呆れていたくらいよ」


「そうなのか……」



 話が盛り上がる私達の会話を申し訳なく遮るように従者が声を掛けた。



「いけない、もうそんな時間? じゃあね、エルヴィン。

今日のあなたの戦いは本当に見事だったわ」


「ありがとう。そうだ、聞きそびれていたけど」


「何?」


「君の兄上の髪は何色だったんだい?」


「同じよ。私より赤かったかも」



 兄が生まれてあの温厚なお父様がお母様の不貞を疑った事があったらしい。

でも、その後に私を産んで父は納得した。

母は私が生まれるまでの二年間ふさぎ込む事が多くて屋敷からほぼ外出などしていなかったからだ。

昔、髪色が嫌いで色々聞いた時に教えてくれた。


 最後にエルヴィンを微妙な顔にさせてしまって私は自分の後宮に帰った。

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