見たのでしょうか
(色々と収穫のあった日だったわ……)
深夜、一人では大きすぎる豪華なベッドで天蓋を仰ぎ見ながら私はそう思った。
ヒルダ様とノーラ様に受け入れてもらえた事が嬉しい。
そして、色々とご協力頂ける事になった事も。
エルヴィンについての情報も得た。
彼女達はエルヴィンが成長するのを比較的近くで見ている。
女性を忌避する件についての心当たりを聞くのにこれほど頼りになる存在はいない。
そういう意味でも今日は価値ある一日だった。
私はお二人との会話を思い返した。
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「堅苦しいし、私の事はヒルダでいいわ」
「そうね。じゃあ私の事もノーラで」
「そんな。失礼では?」
「いいのよ。私達の名前、長くて呼びにくいでしょう?」
「ヒルダ以外にそう呼ばれるのは学生時代に戻った感じだわ」
「……はい。ありがとうございます」
その後エルヴィンの話題になった時、私はお二人に質問した。
「陛下は隣国の王太子が亡くなった事が遠因とおっしゃっておりましたが、お二人のご存じの事をお教え頂けますか?」
本人の居ない所でそれこそ嗅ぎまわる形だけれどどうしても知りたかった。
それが陛下のご命令に沿う事にもなるから。
私の問いにお二人は代わる代わる補足しながら私に事件の概要を教えてくれた。
「遠因ね……。確かにそうなっても仕方ないのかしら……」
「貴方自身ははどれくらいまで知っているの?」
「私は平凡な一伯爵家の娘ですから、世間一般に知られている事しか知りません」
陛下に以前聞いた知識を加えても簡単な概要だけだ。
一応私の知っている限りの事を二人に話す。
「そうね、大体その通りだけど補足できる所はあるわね」
「まず、隣国と我が国の王室との関係は知っている?」
「……確か、陛下の妹君の一人が向こうの王室に嫁いでいると聞いた事はありますが」
「そうね。正妃じゃないけど」
「私達と同じ」
「けれど、一番先に生まれた子供がその方から。それがベルント王太子よ」
(側妃が生んだ王子が王太子に……政争になってしまう事例ね)
「他国の王太子の顔なんて我が国の世間に知られる機会なんてないわよね」
「そうですね」
「そっくりだったのよ。エルヴィンと。瓜二つというくらいに」
「えっ!?」
4歳年上のベルント王太子はエルヴィンのいとこにあたる。
容姿も似ている事からお互い仲が良かったそうだ。
学生だったベルントは自分や貴族達が通う学園に編入して来た優秀な平民女子に夢中になった。
上級貴族の婚約者をないがしろにするくらいに。
だが、ベルントは死んだ。恐らくは王妃の刺客のその平民女性に殺されたのだ。
そして平民女性は後日死体で見つかった。
王妃が手を回したという証拠は何も無い。あくまで状況による推測からきた噂である。
ただ後日、王妃派の臣下が死刑になったのは事実だ。
事件は結局その臣下一人の暴走という事で片が付いたらしい。
「毒殺だったらしいわ」
「毒殺……」
「噂では死体は青く変色して全身が腫れ上がっていたそうよ」
「そ、そうですか」
「ヒキガエルの死体の様だったという酷い噂も内々に流れたわね」
「……」
私はベルントの亡骸を想像して見てもいないのに思わず吐き気で口元を塞いでしまった。
「陛下とエルヴィンは弔問に行ったわ。私達も同行したけれど、見ていない。
御遺体は見せない形になっていたから。酷くて見せられなかったのでしょうけど……」
「……エルヴィンは、その、見たのでしょうか?」
お二人は顔を見合わせた後で気まずそうに口を開いた。
「今の態度からすると、そうなのかもね」
「私達はそれほど関係が深くなかったしね……」
♦
エルヴィンは好きになった女性に裏切られてそんな死に方をした従兄を見てしまった。
しかも自分とよく似ているという従兄の死体を。
従兄の死を自分自身に置き換えてしまったに違いない。
当時13歳の少年にとってはトラウマ級の経験だ。
(確かに女性不信になるかも……)
エルヴィンの気持ちが少し分かった様な気がする。
だからといって勿論このまま放置していい問題でもない。
彼は王太子であって次期国王だ。彼の次は彼の子供がこの国を率いていくのだから。
王族の端くれとして他人事ではない。
向こうがどう思っているかは知らないが、今の私にとって彼は手の焼ける弟みたいな感じだ。
拗らせてしまった弟を救うのは手持ちぶさたな姉(?)の役目だ。
そもそも陛下から頼まれた事でもあるし。
(とはいえ、簡単に忘れられる事でもないし……どうすればいいのかしら)
それこそ彼に愛する女性が出来れば簡単だが、そのスタート地点に着けない事が問題なのだ。
結局、周りがどうこう心配するより時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。
(でも年齢的に婚約者の話が来ていてもおかしくないわよね。そこの所、どうなっているのかしら)
そういう候補者がいるならその候補者を陰ながら後押しできればいいな。
そう思いつつ私は眠りに落ちていった。