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可及的速やかに

「あらあら……大変」



 ロッテと侍女達を引き連れて移動していたヒルデガルドが呆れた様に声を漏らす。

居る場所は外に半分開けた広い廊下でそこからは修練場全体を見渡すことが出来る。


 通りかかったのは本当に偶々だ。

階下からいつもと違った騎士達の賑やかな声が聞こえたので注目したら娘が懐いている第三側妃が目に入ったのだ。

そして、しばらくするとあの場面が訪れた。

ヒルデガルドからはアニエスの背中側だった為にはっきりとは見えなかったが周囲の様子で分かった。

二人を囲む騎士達が一斉に首をあらぬ方向に向けて懸命に何も見ていませんアピールをしていたからだ。



「お母様、皆のあれって何なの?」


「色々と気まずい状態になっているのよ」


「何で?」


「あなたもいずれ解るわ。それにしても……」



 先程の熱戦はどこへやら、二人共戦いを止めて現在はお互い逆方向を向いていた。

アニエスは胸を押さえてうつむき気味にしゃがみ込み、赤い顔をしたエルヴィンは口元を塞いで立ち尽くしている。



「色々と興味を引く方ね」



 ヒルデガルドはそう呟いて後方の侍女達を振り返った。

自分が王宮入りしてから大分時間を置いて側妃になった少女に対しては特に悪感情は抱いていない。

だから、侍女達全員に命令した。



「貴方達も忘れなさい。それと、アニエス様に伝えておいて」


 

 確か明日は比較的自由が利く予定の筈だった。

アニエスにお茶のお誘いをしておく様にヒルデガルドは侍女の一人に申し付けた。







 男性相手とはいえそれなりに良い模擬戦に出来る自信はあった。

実際、エルヴィンの剣の腕は予想を上回っていたが互角以上には戦えていたと思う。

しかし、この事態は想定していなかった。



(模擬戦なんて言い出さなければ良かった……私も調子に乗っていたわ)



 私は模擬戦をした事を心の底から後悔していた。

剣の刃先が模擬戦用に潰してあるのがかえってこの場合まずかった。

通常の鋭い刃先なら抵抗もなく滑って剣先は流れて外れていた筈だ。

訓練用の模擬剣とサイズの合わない胸当てがあだになった。


 しかし、今は後悔している場合ではない。

侍女達が急いで持ってきた上掛けを羽織って早急にそう思い直した。

後ろに居るはずのエルヴィンに言わなければならない事がある。

私は振り向かずに年下の王太子に声を掛けた。



「……エルヴィン」


「な、なんだ」


「可及的速やかに忘れなさい」


「も、勿論だ」



 返って来たエルヴィンの言葉が分かりやすく動揺している。

間近でハッキリ見られた事は確定した。



(見られた事はしょうがないわ。全部はだけなくて良かったと思おう)



 内心、盛大にため息をついてから周りを見回した。

何とも言えない微妙な表情で騎士達が立ち尽くしている。

私は彼らに心からのお願いをした。


 

「皆さんも、今の事は忘れて下さい」


「「「「「「「「「「 勿論です、妃殿下! 」」」」」」」」」」



 騎士達の一糸乱れぬ見事な連携をこういう理由で見るのは複雑だ。

大儀そうに私は頷いてその場を立ち去る事にした。多分絶対顔が赤い。

エルヴィンは放置だ。

正直、今は全てがうやむやになってしまって何か話す様な時では無かった。

私は侍女を引き連れてそのまま急いで後宮の自室に戻るとソファに突っ伏した。



「ああああぁ……何やってるの、私」


「アニエス様、とりあえずお召し物をお着替えください」


「……そうね、そうだわ」



 胸当てを借りた女騎士には悪いが持って来てしまった。

返さなければならない。

着替える間に侍女達が用意してくれた紅茶を飲んでようやく私の頭は平常に戻りつつあった。



(なんか毒気を抜かれたというか、エルヴィンの失言の怒りもどこかに行ってしまったわ)



 その代わり模擬戦をする前以上にもやもやしてしまった。

今度エルヴィンに会う時はどんな顔して会えばいいのか。

そんな事を思っていると侍女の一人が部屋の外からやってきて私に告げた。



「え? ヒルデガルド様から?」


「はい。宜しければ、と」


「恐縮だわ。どちらかというと私の方からも気を遣うべきだったのだけど」



(陛下抜きで改めて色々話してみたかったから、丁度いい機会だわ。

エルヴィンの事は少し頭から追い出しておこう……)



 タイミングよく来たお茶の誘いに私は今日あった出来事からしばし現実逃避をする事にした。

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