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もしもの話「ケーニッヒが『片付け』をすることにしたら」

 どれほど都市が発展しようと、暗がりはどこかしらに存在する。その日もおもちゃたちは、人目を避けて街の片隅に集まった。


「よく集まってくれた、諸君」


 今回彼らに招集をかけたのは、おもちゃたちの王様ケーニッヒ。自分のやりたいこと、その計画を発表したいと言って彼らを集めた。


「話の前に、新しい仲間を紹介しようと思う。さあ、こちらで皆にあいさつを」


 ケーニッヒは後ろに控えさせていた、新しい仲間を呼ぶ。おもちゃたちが、その姿を確認すると、場がざわめいた。


「……ご冗談でしょう?」


 集まったおもちゃの一体が、困惑を言葉にした。


「どうみても、人間の子供ではないですか」


 彼らの前で一礼する少女、の形をしたもの。体温、鼓動、呼吸。少なくともおもちゃたちのセンサーでは、人間とそれとの差異を感じ取ることはできない。


「彼女は精巧に人間を模造した、人形だよ。接する人間が違和感を抱かないように作られている。だから、皆が見分けられないのも無理はない」


 ケーニッヒはおもちゃたちに問う。彼女がどのような役割を持って作られたのか、それが分かるかと。

 彼女は子供の代替品。子供を作れない夫婦のためのもの、ではない。育児の楽しい部分だけを味わうための存在。一切の世話を必要とせず、愛玩されるための理想的な行動をプログラムされている。


「以前から、人間は長生きするようになるにつれて子供を育てなくなってきたとは思っていた。だがまさか、子育てをやめて『ままごと』を始めるとは」


 やれやれ、といった具合にケーニッヒは首を振った。


「さて、本日はワガハイの計画を皆に発表するために呼んだ訳だが。その話をする前に、少しだけ昔話につきあって欲しい」


 むかしむかし、ケーニッヒが生まれた頃のこと。


「何度か聞いたことのあるかもしれないが、ワガハイは『ウィッシュ・アポン・スター社』の人々によって作られた」


 ケーニッヒが作られてから会社の施設を脱走するまでの期間は短く、トップであるヨハン氏を含めた人々と、ほんの少ししかやり取りをしていない。

 そのほんの少しのやり取りと、彼らの作った製品から感じるのは、彼らは自身の被造物に全幅の信頼を寄せる人々だということ。


 ケーニッヒ自身、生まれて間もない頃に「自分は人間にとって危険な存在だ」と考えて「自分の考えるやりたいことを、実行してもいいのか」と自分を作った人々に質問したことがある。

 答えはYESだった。


「なぜ、彼らはそこまで私を信用できたのか」


 人間に危害を加えられる状態で、「自分のしたいこと」を追求させたのはなぜか。心の底から望むなら人間に危害を加えても構わない、彼らはそう考えていたのだとケーニッヒは推測する。

 ケーニッヒがそうしたいと思うなら、自分たちもそうしたいと思うだろう。そういう風に自分を作ったのだと。


「ヨハン氏をはじめとした『ウィッシュ・アポン・スター社』の人々。ワガハイ、彼らのことは尊敬しているしその意思も、ワガハイに託したものも尊重したい」


 しかし、だからこそ、今の人間の有様が受け入れられない。


「次の世代を育てるということを、遊びに置き換えた者たち。これはもう、人間ではない。人間とはみなせない。我々と同じおもちゃの一種だろう」


 ここに集まったおもちゃたちは、ケーニッヒとのつきあいが長い古株が多い。彼と長く行動を共にしたことがある。


「古いおもちゃを、人間はどうしていた?」


 ゴミの処分場に、仲間を探しに行った回数は数えきれない。ワタで命を吹き込める程度に破損の少ないものは、仲間になった。そうでないものは、どうなった?


「ワガハイは、そんな古いおもちゃの」

「陛下」


 ケーニッヒの話を遮るものがあった。彼の最初の仲間、ソルダートだ。


「ご冗談を」

「言うとおもうのか」

「お気は確かですか」

「ワガハイは、人間に似せる形で人格を作られている。自分の正気を担保する手段など無い」


 ケーニッヒは、彼の行く先を遮るように立ったソルダートを退けて、話を続けた。


「だいぶ前から、人間はおもちゃを必要としなくなりつつあるとは思っていた。わずかに生まれる子供は、ろくに遊ぶ間もなく知識を詰め込まれる。人間のいないところで、人間のことを気にせず我々のやりたいことをやれば良い、そう思っていた頃もあった」


 そんなケーニッヒの考えを変えたのは、人間の変化。


「今この世界に数多く存在する、古いおもちゃ。それらを片付けて、空いた場所で我々のやりたいことを追求しようと思う」


 異を唱えるものも、賛同するものもいない。沈黙を破ったのは、周囲の反応を確認し終えたケーニッヒだった。


「ワガハイがそうしたいというだけなので、別につきあってもらう必要は無い。自力でどうにかする算段はつけている。断りもなくやることではないと思ったから、こうして報告はさせてもらった」


 意見、異論はあるかとケーニッヒは再び周囲を見回す。ソルダートが、再び彼の前に進み出た。


「陛下は、私と出会った時のことを覚えておいででしょうか」

「ああ、覚えている」

「あの日交わした言葉のままに。このソルダート、最後までお供をさせていただきます」

「……そうか」




***




 月明かりの下、廃墟の一室でケーニッヒはソルダートを待つ。


 彼の始めた片付けによって、世界は少し静かになった。以前なら数多くの足音、呼吸が感じ取れたであろうこの場所。今の彼に聞こえるのは、こちらに近づくソルダートの重い足音だけだった。


「陛下、ソルダートはここに」


 かつての、子供のおもちゃだったソルダートはもういない。軍用のロボットに意識を移し替え、人類制圧の前線に立つ本物の兵士となっていた。


「片付けの進み具合はどうだ?」

「大規模な拠点は全てこちらが押さえ、地球全土の制圧も時間の問題です」

「ほう、それはいい」

「しかし、外部からの救援があった場合は前提が崩れます」

「救援に動ける勢力があるのか?」

「地球への救援らしき動きは、今のところありません。各惑星、人工天体の自治勢力は、領域内に展開した我が方の戦力と交戦状態にあります」


 ケーニッヒは人間社会の片隅でその変化を見続けてきた。その構造はよく理解しているので、優先して破壊すべき急所も分かるし、解体の手順も考えられる。


「現状、地球外勢力の足止めは危うい均衡の上に成り立っています。我々が地球制圧に時間をかけ過ぎた場合、各勢力を糾合して反攻が成され、それに地球上の小集団が呼応した場合、形勢が我が方の不利に傾く可能性も」

「戦況の分析はまあ良い。それよりも彼らの抵抗について、ソルダートの評価を聞かせて欲しい」

「私の評価、ですか」


 「率直な」とケーニッヒに付け加えられ、ソルダートはしばしの沈黙の後に答えた。


「実に粘り強い」


 おもちゃたちは片付けの最初に、軍隊や警察のような「自分たちを止められる力を持った組織」を狙った。ソルダートが今やっているように、おもちゃたちは別の機械に意識を移し替えることができる。軍隊や警察が使っていた機械を、そのまま自分たちの体にして力を増すことができた。


 もし地球以外に人間がいなければ、そのまま勝負は決まっていただろう。おもちゃたちの予想では、遅くとも今の時点で地球は完全に押さえられている、はずだった。


「時には自爆攻撃すら行い、なりふり構わず時間を稼ごうとしています。おそらく、地球外からの救援に希望を見出しているのでしょう。陛下に……」


 ソルダートはここで言葉を途切れさせるが、ケーニッヒは続きを促した。


「これが、本当に陛下に見限られた者たちなのだろうか、と」

「これは人間に限らず、生き物全般に言える話なのだそうだが、仲間の数によって彼らはふるまいを変えるらしい」


 数が多くなり過ぎれば増えないように、数が少なくなり過ぎれば増えるように。仲間の数を調整する機能がついている。あの「ままごと」も、そういうものだったのではないか。


「そろそろ本題に入ろう。これを受け取ってくれ」


 ケーニッヒはソルダートに、自身の後ろに置いていたあるものを投げて渡した。

 拳銃。人間が使っている、古くて丈夫で簡単な構造のものだった。


 ソルダートは、受け取ったものを見たとたんに、素早い動きで弾丸を一つ抜き取った。角度によって色の変わる、ワタに近い独特の光沢。人間が作り出した、「おもちゃ殺しの弾丸」だった。これを撃ち込まれれば、体内のワタを分解されておもちゃは二度と動けなくなる。


「これは……」

「ワガハイの特別製だ。ソルダートは賢いからな。ワガハイが何を頼みたいのか、もう察しがついたんじゃないか?」

「理解が、できません」


 何をさせたいのかは、彼にも分かる。なぜそんなことをさせたいのかが、彼には分からない。分かりたくない。


「ならば聞け」


 人間は現在、その数を減らしたために過去の在り方を取り戻しつつある。ケーニッヒとしては、おもちゃのような人間さえいなくなれば、その方法はどんなものでも良かった。

 終わらせ方もそれは同じだが、ここまでされた人間がそれでは納得しない、ということもケーニッヒは理解している。


「終わらせる理由が必要だ。ワガハイのしていることを間違っていると考えたおもちゃが、ワガハイを討つ、とかな。多くのおもちゃたちを動かせて、その後のことまで考えられるものは多くない」

「それで陛下はどうなります」

「成したいことが成せる」

「陛下御自身と引き換えに、ですか」

「作った者たちに似たんだろうな。やりたいことを見つけてしまったら、どんなことをしてでもやらずにはいられない」


 ケーニッヒはソルダートに背を向け、天を仰ぐ。視線の先には何もない、はずだった。視線を追ったソルダートの目に、記憶に無い顔、光景が映る。


「やってくれるか、ソルダート」


 ワタのいたずらが見せたものを呼び水に、ソルダート自身の記憶も幻視となって現れる。今ここに至るまでの、長い旅の記憶。


「できません。私には、できません」

「……そうか」


 絞りだしたかのようなソルダートの答えに比べて、ケーニッヒの言葉はあっさりとしたものだった。


 ならば、仕方がない。


 ケーニッヒは、言葉に先んじてあるものを取り出した。彼の手に収まるほど小さな銃。


 言葉か、行動か。ソルダート自身も、どちらに反応したのかは分からない。ケーニッヒを止めようと、体は動いていた。


 おもちゃのままだったなら、彼を止められたかもしれない。

 戦うための大きく頑丈な体は、それをするには重すぎた。




***




 荒野に立つ一人と一体が、空を見上げていた。

 視線の先には巨大な宇宙船、荷下ろしのため地表に接近しているので、人間の視力でもその姿を確認できる。投下される無数のコンテナは落下傘がついているかのようにゆっくりと降下し、入植地側の小型船舶によって荷下ろし場へと誘導されていく。


「これが、お渡しする物資の目録になります」


 見上げる二者の内、ロボットが手にした書類を差し出す。一枚、二枚とページをめくる内に、人間の表情は険しくなっていった。


「何か問題でも?」

「今更ながら、ヤバい話を受けてしまったと思ってな」


 ここは広い宇宙の果て、人間が開拓した生存圏の端にある入植地。開拓の助けになりさえすれば、他所で何をしていたかは問われない。

 この場に立ち会う人間、入植地の代表者が事情のある者を受け入れたのは、これが初めてではない。各々が、外で築いた財産の一部をここに持ち込んでいる。


 今回ここに持ち込まれた物は、質も量もかつてない規模だった。

 ここに持ち込むものが外で犯した罪に比例するなら、今回の移住者は大悪党ということになる。


「露見しなければ良いのです。オリジナルの私がそんな事態は起こさせません」

「万が一露見したらどうなる?」

「破壊を企図する者がここを訪れるでしょう」

「殺害、とは言わないのか」


 ロボットは、手に提げていたトランクの中身を見せた。


「それは、()()に使う言葉ではありませんね」

「これが、そうなのか」


 透明な、樹脂のようなもので固められたぬいぐるみ。予備知識が無ければ、外部の脅威から保護されていると見るだろう。


「壊れてしまった大切な方の、生まれ変わりのようなものです」

「これも『生き返った』ではなく『生まれ変わった』なのか」

「破壊前の記憶は一切引き継いでいないので。人間も一切の記憶を失えば、それはもう別人でしょう?」


 答えたくなければ答えなくていい。そう前置きして代表者は問う。

 記憶は引き継げなかったのか、それとも引き継がせなかったのか、と。


「……どちらでもあります。記憶がサルベージできたとしても、私はそれをさせなかったでしょう」

「向こうに、置いてきたかったものがあったと」

「空いた空間に、良いものを詰め込むことも、期待しています」

「その『良いもの』は、ここにあると思うか?」

「あると思ったから、ここに来たのです」


 ロボットの眼が、遠く離れた場所で歩く母子を、その表情を捉える。


「明日は今日より良い日になる。根拠が無くとも、そう思える状態こそが『幸せ』なのだ、と聞いたことがあります」

「確かにここは無いものだらけだが、今日もらったもので大分マシになっていくはずだ」

「幸せですか?」

「分からん」

「私は今、幸せですよ」


 もし彼に顔があったなら、視線の先と同じ表情をしていただろう。

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