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あったかもしれない話「ケーニッヒが、ワタで人を助けていたら」

あったかもしれない話。本編の出来事に関係あるかもしれないし、無いかもしれない。

 暗い路地の中、一人の男が歩く。


 その歩みはおぼつかない。男の後ろに続く血の跡が、体から失われた血液の量を示していた。何の処置も受けなければ、いずれは動けなくなる。


 歩き続ける力を失い、倒れこんだ男の視界に動くものがあった。あいまいになった思考で、男はその動くものに助けを請う。


「たすけて、くれ」

「ほう? ワガハイが医者に見えるのか?」


 その動くものは、人ではない。男が正常であったなら、助けを請おうと考えなかったであろうもの。ひとつのぬいぐるみだった。


「しにたく、ない」


 藁にもすがるほどに追い詰められた男は、相手が何者なのかも分からず助けを求め続ける。


「そんなに哀れな声を出すなよ」


 男にとって幸運だったのは、助けを求めた相手がただのぬいぐるみではなかったことだろう。


「助けてあげたくなるだろ」


 ケーニッヒはただものではないぬいぐるみ、最高のおもちゃを目指して作られた、おもちゃに命を与えられるぬいぐるみだった。これまで何度もやってきたように、腕の縫い目をほどいてワタを取り出そうとする。


「陛下、人間にワタを与えるのですか」


 それを止めたのは、一体のおもちゃのロボットだった。


「何だソルダート、何か問題があるのか?」

「私、これまで陛下がおもちゃへワタを分け与えるところには、何度も立ち会ってきました。ですが、生物にそれをしたところは見たことがありません。問題は、ないのでしょうか?」

「まあ、一切問題がない訳じゃあないが……」


 おもちゃのロボット、ソルダートの制止にも構わず、ケーニッヒは腕からはみ出たワタを男の傷口へ、腹に空いた穴へ近づける。

 ワタの繊維一本一本が動き出し、傷口から男の体内へ入り込む。同時にワタの繊維が傷を塞ぎ、金属の光沢があるかさぶたを形成した。


「この人間が、命を落とすか拾うかの瀬戸際なんだ。多少の問題には目をつぶるさ」


 かさぶたを確認すると、ケーニッヒは男のポケットをまさぐり、財布をとりだした。


「誰かある」


 彼の呼びかけに応え、暗闇からおもちゃたちが現れる。ケーニッヒは男の財布を彼らに投げ渡し、こう指示した。


「この財布でスポーツドリンクか何か買ってきて、この男に飲ませてやってくれ」


 血液はともかく、水分や糖分、塩分の不足はワタだけで補えない。男が失血死するまでの時間を延ばしている内に、それらを補充してやる必要があった。


「陛下が人間に手を差し伸べるのは、これが初めてですね」

「そうでもないぞ」


 死にかけでなければ、ケーニッヒはこれまでにも人間を助けたことがある。最初の仲間であるソルダートに命を吹き込む前、一体だけでさすらっていた頃のことだった。


「まだワガハイが一人だった頃、子供と遊んでいるときに転んでひざをすりむいたり、切り傷を作ったことがあってな」


 命にかかわるケガではなかったが、どの子もひどく泣くのでケーニッヒはどうにかしてやりたいと思った。


「人間もぬいぐるみのように、傷をぬって中身が漏れ出るのをふせぐ。そう聞いたことを思い出して、ワタでそれができないかと試してみたんだ」


 結果は成功。ワタ同様に光沢のあるかさぶたが目立つものの、問題なく傷はふさがった。


「ソルダートたちといるようになってからは、子供といっしょに遊ぶことがなかったからな。痛がる子供の傷を塞ぐ機会もなかったんだ」

「陛下のワタは、人間に使用することも想定して作られたものでしたか」

「……いや、分からん」

「今なんと?」

「分からんのだ、ワガハイにも」


 ケーニッヒが把握している限り、ワタは生物無生物を問わず破損した構造物を修復しようとする。人体に対する応用が、想定されたものだったのかは彼にも分からない。


「ワガハイは、人の体についても下手な人間の医者より知識を持っている。おもちゃやロボットの構造などもそうだが、どうもワタには『ワガハイの知っていること』を参照する機能と、直すものの構造を調べる機能が付いているようなのだ」


 ケーニッヒが作られた頃には無かった、新しい技術を使ったおもちゃにもワタは命を吹き込んでみせた。ケーニッヒがその構造を知っているものも、知らないものも。

 ワタが機能しないことも何度かあったが、ケーニッヒが知識を増やすとともに、その頻度は減っていった。


「ウィッシュ・アポン・スター社の公表しているデータも調べたが、ワタのベースとなった技術が人体への応用を想定したものかどうかは分からなかった。長期的にどんな影響が出るかは、ワガハイにも分からない」

「問題がない訳では、とはそういうことでしたか」

「結局、死なせないことを選んでしまったがな」


 ケーニッヒは、自身を作ったヨハン氏のことを思い浮かべた。危険性よりも可能性を選ぶところは、ヨハン氏に似たのだろうと彼は考える。




 ヨハン氏がワタにつけた機能には、ワタを与えられた存在を「思考の制約」から解放するというものがあった。


 ワタを与えられたおもちゃやロボットは、人間にとって不都合なことを考えられるようになり、望めばそれを実行に移すこともできる。そうなるように作り替えられる。


 ワタを与えられた人間は、どうなるのだろう。


 人間はロボットのように、思考を制限されてはいない。本当にそうだろうか?人間自身にも自覚のない、何かしらの制約をワタは取り払ってしまう、かもしれない。


 ケーニッヒには、人間にかなり近い心が与えられている。良心の呵責、のようなものも普通の人間並みに感じる。

 ケーニッヒには、ワタを与えられた者たちの心の底までは分からない。


 おもちゃの心は、人間のそれに近くともどこか違う。


 ワタを与えられた人間は、人間によく似た、どこか違う何かになってしまうのでは。良心とか、本能とか、そういう何かが壊れた存在。


 遠い先の未来で、彼はその結果と相対することになる。

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