ケーニッヒは国を作る
ソルダートを仲間に加えてから、ワガハイは「仲間を作る」ということを大分気軽に行うようになった。
ワガハイに詰まったワタは、その辺のゴミなどを材料にして簡単に増やすことができる。何もないところから作り出すのはとても難しいが、まとまった量を作り動き出してしまえば、ワタ自身が勝手に増えていく。
旅に出てから調べものをして知ったことだが、このワタは故障すると「グレイ・グー」という災害の原因にもなり得る、本当に危険なものらしい。
「人間を傷つけない」という制限がかかっていない状態で、こんなものを野放しにしてしまうとは。ヨハン氏はよほどワガハイを、ワガハイを作り出した自分の会社を信頼していたようだ。
いったいどうして、そんなにだれかや何かを信頼できるのだろうか。答えの出ないまま帰ることなどできないが、再会できたら質問をしてみたかった。
持ち主からはぐれたおもちゃ、廃棄された家庭用ロボット、多くの者にワタを分け与えてきた。彼ら自身もワタを分けることができるから、ワガハイもどれだけの仲間がいるのか把握しきれていない。
旅は、予想をはるかに超えて長いものになった。旅に出てから、人間が世代をいくつも重ねるほどの時間が経過している。ヨハン氏も子孫はともかく、本人はとうに生きてはいないだろう。
それほどの長い時間をかけて人間を観察し続けた結果、ある傾向に気が付いた。人間の寿命が延び、生まれる子供の数が減り続けている。殺されることはともかく、年をとって、あるいは病気によって死んでしまうことを人間は克服しつつある。
近い将来、人間はおもちゃを必要としなくなるだろう。
ワガハイの考え方に「人間のためになにかをしなければならない」という制限がついていないことに、ワタを分け与えられたものもその制限から解放されることに、感謝した。
「我々だけの国をつくろうと思う」
ソルダートをはじめとしたお供たちに、考えを打ち明けた。
ワタを得たおもちゃたちは、人間のために存在する必要は無い。ワガハイがそうであったように、自分のやりたいことを探して、それをしても良い。自由にそれができる場所を作ろう。
我々は水も空気も必要としない。人間社会の片隅に存在し続けてきたように、人間が住むに適さない、環境が厳しくて遠い星に入植しよう。
「それは人と完全に縁を切る、ということでしょうか」
ワガハイの意見に賛同するものは少なくなかったが、ソルダートは気が進まないようだった。
「絶縁か、と言われると違うだろう。お互いに構う必要がなくなってきただけだ。近くにいる必要もない」
「長い旅の終わりに出た答え、としては寂しいものかと」
「もとよりワガハイは、人間のために作られた訳ではない。何者に必要とされてきたか、今必要とされているかと問われれば……」
人のために生み出され、人に必要とされなくなったものたち。
「君をはじめとした、仲間たちだ」
ヨハン氏に申し訳ないと思う気持ちもないではないが、答えを出すまでに時間をかけ過ぎた。時計の針を逆回転させることはできない。
「ワガハイが良いと思うなら良い」と反対派にも納得してもらえた。
人間からはなれることをよしとせず、ここに残ることを選ぶものたちもいた。だが、それもまた良し。これからは、我々が我々自身のために生きる。
我々に最低限必要なものは、体を動かすエネルギーを得る手段だけだ。多少の厳しい環境なら、ワタで動くものたちには関係ない。ただ、いきなり宇宙に放り出されても平気という程度なので、場所によっては対策が必要になる。
それぞれのやりたいことに合わせて、必要な物を準備する手段も欲しい。エネルギーを用意すれば、何でも作れる工場のようなものが。
これらはかさばるものにする訳にはいかない。あまり大きな宇宙船は用意できないからだ。
この問題を解決する手段には、心当たりがあった。
長い時間の中で、ワガハイは自分の中のワタを研究し、新しい技術で改造を試みてきた。今のワガハイに詰まっているワタは、昔のものよりも頑丈で、おもちゃにより高い能力を与えられる。
生き物がとても小さな細胞の集まりであるように、ワガハイはワタの、とても小さな機械の集まりだ。その小さな機械の働きが、ワガハイをワガハイにしている。他のみんなも同じだ。
ワガハイはこの小さな機械を扱う技術を使い、「機械のタネ」とでもいうべきものを作った。タネを土に植えれば木や花になるように、このタネを植えれば必要な機械に育つ。
最低限の道具と設計図だけ持って行って、必要な物は現地の材料で手間をかけて作るようなものだ。
生きるために水や空気を常に必要とする人間に、この方法は取れない。タネが育つまで待っていたらみんな死んでしまう。長い時間を待つことができる、我々だからこそできるやり方だ。
予備も含めたタネの準備には、ワタの改造に使った設備を流用した。必要な材料も、特別なものは何もない。目的地に着くまで、芽を出さないようにするためのケースを準備する方が手間だった。
宇宙船も、それ自体の準備より「人に気づかれないようにする」ことが難しい。
ワガハイが作られた頃から、宇宙船はあちこちを飛び回っている。一隻をくみ上げられるだけの部品は、探せばいくらでも宇宙を漂っていた。
そんなスクラップだらけの場所で宇宙船をくみ上げてしまえば、気づかれることもない。
あとは、発進と航行をごまかす方法が必要だ。
他の船か何か、航路の途中までくっついていられる大きなもの。
……彗星だ。
周期の短いものなら、何年かに一度地球に近づく彗星。これに船をくっつけて、地球を離れていけばいい。
星図に彗星の軌道と、宇宙船を作る候補地を重ね合わせる。船の準備に十分な時間が取れて、なおかつ彗星の近づく時期が近いところ。そこが、新しい第一歩を踏み出す場所だ。