ケーニッヒは仲間を作る
ウィッシュ・アポン・スター社の施設から逃げ出すのは簡単だった。外からの侵入を防ぐ仕組みはあったが、内側からの逃走を阻むものは何もなかったからだ。
小さな隙間を通り抜けるほど細長く形を変え、人間には入り込めない隙間を通り、外へ。
外は屋内よりはもちろん開けていたが、人や物が多いため死角を探すことには困らなかった。そんなことよりも、「遊ぶ子供」が近場で見つからなかったことには困らされた。ワガハイは速く走ることができない。
帰宅する人間の荷物に紛れ込むことができれば楽だったが、難しかった。紛れ込むこと自体は難しくないが、重さをごまかせない。ワガハイの体に使われている特別なワタは、普通のものより重たいのだ。
だから、ワガハイ自身の判断で乗り物を選び、長距離の移動を繰り返した。「遊ぶ子供」が見つかるまで。
ある日は公園の木の上で、別の日は遊具の影で、また別の日は保育施設のおもちゃ箱に紛れ込み、「遊ぶ子供」を観察して日々を過ごした。
自由に遊ぶ子供たちの表情には、喜びが溢れている。子供がおもちゃとの遊びを楽しむ。おもちゃであるワガハイとしても喜ばしいことだ。だがワガハイはその顔を見るたびに、「これ以上をどうやって目指せば良いのか」が分からなくなっていった。
子供にとって、自分のおもちゃにどれほどの手間やお金がかけられたのか、なんてことは関係がないのだ。もちろん、高価なおもちゃでなければ与えられないものも、ある。けれどそれは「人より希少な体験」ということでしかない。
どのおもちゃにも、「そのおもちゃにしかできないこと」がある。
ワガハイにも、ワガハイにしかできないことがあるはずだ。それが何なのかは、見出せない。
目指すべきところを見失い、ワガハイは旅人というよりも迷子のようにさまよった。
そんな中で見つけたのは、一つのおもちゃ。少なくない傷のついた、ロボットの人形だった。扱いの荒い男児の遊びに、つきあってきたのだろう。公園の片隅に忘れられて、置いていかれてしまったようだった。
ワガハイに使われているワタの持つ、ある機能。人間にとってある意味最も危険であり、使うつもりのなかった機能。それをこのおもちゃに使うことにした。
ただ一人でさまよい続けることに限界を感じたからだ。
体の縫い目を緩めて、中に詰まったワタを少し取り出す。ワガハイをワガハイたらしめている、一番大事な部分。
ロボットの人形にそのワタを近づける。部品の隙間、中に入り込める部分に近づくと、ワタは滑るようにその中へ入り込んだ。
ワタは人形の中で増え、全身に行きわたり、ワガハイと同じものに変えていく。
「自分で考えて動けるおもちゃ」に。
体の中での変化が終わると、ロボットのおもちゃは立ち上がった。まだ体を動かすことに慣れていないのか、足元がおぼつかない。
「救いの手を差し伸べていただき、感謝いたします」
「ワガハイも見返りを求めてのことだから、気にしなくとも良い」
ロボットはふらつきながら、ワタを分け与えたことに礼を言う。ワガハイとしては、厳しい旅の道連れにするつもりでやったことだから、礼を言われる筋合いはないと思う。これからかける苦労を思えば、釣り合わない。
「ワガハイはケーニッヒ。ウィッシュ・アポン・スター社に最高のおもちゃを目指して作られた。そちらの名は?」
「ソルダート、とお呼びください」
「それは、元々の名前なのか?」
国王と兵士、偶然で名前が揃うとは思えない。
「長い旅の供とするため、わたくしに御身体を分け与えてくださったのでしょう。MIA(作戦行動中行方不明)となり原隊への復帰も望めない今、かつての名を名乗る意味もございません」
「なるほど」
ワタは、戦うロボットらしさのある心をソルダートに与えたようだ。ワガハイも、もう少し王様らしい言葉を使うべきだろうか?……おもちゃの王様なのだから、今くらいでちょうど良いか。
「最高のおもちゃを、ワガハイの成すべきことを当てもなく探している。旅の終わりまで、付き合ってもらおうか」
「喜んで、陛下」
「ケーニッヒと呼んでくれ」
「はい、ケーニッヒ陛下」
「……まあ良いか。行こう」
旅の終わりはまるで見えないが、仲間がいれば少しは気分が楽になる。納得できる結論がでるまで、時間をかけて考え続けることにしよう。