ケーニッヒは旅立つ
ワガハイが初めて目にしたのは、自分を囲む機械と大勢の人だった。
誰もかれも、みんな喜んでいる。ワガハイが産まれたことを、ワガハイを作り上げられた喜びを体全体で表現している。
その中の一人が、ワガハイに問う。
「確認させてください。あなたはなにもの?」
「ワガハイはケーニッヒ。『最高のおもちゃ』を目指し、あなたがた『ウィッシュ・アポン・スター社』が製作した」
大金をかけて、という言葉は言わないことにした。ワガハイは布の中にワタを詰めた、普通のぬいぐるみと変わらない構造をしている。ワタも布も、特殊で高価な素材を使用しているところが普通と違う。だからこうして考え、動き回れて、自分の姿形を変えたりもできる。
「運動機能のテストをしてみましょう。テストプログラムの実行を」
「……おねがいしますは?」
「おっと失礼。では改めて、運動機能テストプログラム実行を、お願いします」
他の機械のように、命令されるのは気分が良くない。あらかじめ入力された知識にも、誰かに何かをしてほしいときは「おねがい」の一言を言うものだ、とある。
準備体操のような動きをしながら考える。
まだワガハイは、だれかに教えられたことしか知らない。ワガハイみずから学び取ったものは、ひとつもない。
「変形機能も試してみましょうか」
「何になって欲しい?」
今のワガハイは、クマのぬいぐるみ。ワタから布へ信号を送り、色と形を作り替えれば別のどうぶつになれる。
「ウサギになってみてください」
体の色を白くして、耳をのばす。短いしっぽはそのまま。今ワガハイの姿は、だいたいウサギのはず。
「問題ないようですね」
「もっと高度な変形をしなくて良いのか? その辺の機械に紛れ込むことだってできるみたいだが」
形と色を真似ることで、海に住むタコもびっくりの隠れ身ができる。人間の目で見つけることはまずできないはずだが、試してみたい。機械の目もごまかせるのか、何ができて何ができないのか。
「諸君、おめでとう!」
誰かがお祝いの言葉を言いながら部屋に入ってきた。社員データを参照しなくても分かる。ウィッシュ・アポン・スター社の社長、ヨハン氏だ。ワガハイを製作するプロジェクトを提案した人、でもあるらしい。この人がいるから、ワガハイはここにいる。
製作に関わった社員たちと嬉しそうに話をした後、こちらにも声をかけてきた。
「おお、外見は正に普通のぬいぐるみだな! わが社が誇るテクノロジーの結晶と、見抜けるものは少ないだろう」
「質問をひとつ、よろしいか?」
「おお! かまわないとも」
「ワガハイは、なぜ生み出されたのだ」
「経営者としての、あるいは一個人としての。理由はひとつではないが、どんな答えが欲しいかね?」
「あなた自身の動機を、教えて欲しい」
ヨハン氏は、サプライズプレゼントをもらったかのように楽しげに笑った。
「わが社の玩具部門は、老舗の別会社を吸収したものだということは?」
「知っている」
「実は私も、子供の頃にそこのおもちゃを買ってもらったことがあってね。作り手のこだわりに惹かれた、のだと思う。好きだったし、潰れかけていると聞いたときは寂しさを感じたものだ」
そして、チャンスだとも考えた。そうヨハン氏は答えた。
「ちょうど、経営者として低年齢層をターゲットにしようと考えていたところでもあってね。長年培われた作り手としての哲学に、多様な分野で誇るわが社の技術を組み合わせることでどんなおもちゃが出来上がるのか。大人になった今でも、心が躍った」
「それが、動機なのか」
「早とちりしちゃいけない」
それだけではない、とヨハン氏は続ける。
「君の知能、心を形作るのは、わが社のロボティクス部門が作り出した人工知能関連技術だ。家庭用ロボットなどに与えられたものとは違って、『考えてはいけないこと』はひとつとして設定されていない」
普通のロボットは人間を傷つけることを選べないが、ケーニッヒは違う。特定の人間を守るために、別の人間を傷つけることを選択できる。理由などなくとも、人間を傷つけるということを選べる。
そんな自分は人間にとって危険な存在だ、とケーニッヒ自身も自覚はあった。
「その自由な精神と人間とは異なる目線で、『最高のおもちゃ』としての在り方を追求して欲しい。自分のしたいこと、自分にしかできないことを探してみて欲しい」
「本当に、それをしても良いのか?」
結論が、人間にとって良いものである保証はない。
「それをさせるために、君を作った」
人間の考えていることは顔に出るという。ヨハン氏の顔に現れたそれは期待、なのだろうか。
どちらでも構わない。ヨハン氏は迷いなく「それでも良い」と答えた。ワガハイなりのやり方で、期待に応えることにしよう。
少なくとも、この狭い場所に答えは無い。目指すは外だ。