表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ナレア王女の物語

作者: 加茂晶

1. デネボラ


 ライオネル王国は山々に(かこ)まれた盆地(ぼんち)にある、小さな国です。大地の北の()てにあり、目立った産業(さんぎょう)も無いため、ライオネル王国は豊かな国ではありません。ナレアは、そのライオネル王国の王女です。ですが、彼女は十一歳になるまで、王国内のノエル村にある、教会の孤児院(こじいん)で過ごしていました。

 孤児院(こじいん)には、ナレアの他に三人の子供がおりました。ウィル、それにジョアンとミーア、皆ナレアよりも年上でした。時にけんかもしたけれど、大体はわずかな食糧(しょくりょう)物資(ぶっし)を分け合って、本当の兄弟姉妹のように仲良(なかよ)()らしていました。


 やがて、一番年上のウィルは成長すると神父(しんぷ)様の伝手(つて)で、遠く(はな)れた町のシルベスター商会で働き始めました。それから間もなく、ジョアンとミーアも王都(おうと)鍛冶屋(かじや)夫婦(ふうふ)養子(ようし)として引き取られます。こうして、ナレアは一人取り(のこ)されてしまいました。

 そのナレアをなぐさめてくれたのは、彼女の親友(しんゆう)、デネボラでした。デネボラは人ではなく、ぬいぐるみです。モフモフしていて、(みょう)尻尾(しっぽ)の長いライオンの姿(すがた)をしていました。神父様によると、クリスマスの朝、まだ赤ん(ぼう)だったナレアはデネボラに守られるようにカゴに入れられて、教会の前に()かれていたのだそうです。

 デネボラは、いつでもナレアの話しを聞いてくれました。(なか)の良いミーアとケンカしてしまったことや、夕食のスープを少しだけ余計(よけい)()ってネコにあげたことなどなど。()()めのないことでも、デネボラに話すと気持ちが落ち着くのでした。

 デネボラは夜になると、ナレアの(ゆめ)の中で、光輝(ひかりかがや)く大きなライオンになります。そうして、お化けが出て来ても、ナレアを守ってくれるのでした。それに、時にはナレアを背中(せなか)に乗せて夜のノエル村の上空を()び回ってくれました。満月(まんげつ)の明るい夜、デネボラの背中(せなか)から見える村の家々(いえいえ)灯火(とうか)やぼんやり()かび上がる教会はとても(うつく)しく、ナレアのお気に入りでした、


 そんなある日のこと、見おぼえの無い農民(のうみん)夫婦(ふうふ)が教会を訪れました。それは、ライオネル王国の王ニコル三世(さんせい)とメアリー王妃(おうひ)だったのです。

 二人がお(しの)びで教会に現れたのには、理由(りゆう)がありました。仲睦(なかむつ)まじい二人の唯一(ゆいいつ)(なや)みは、子供を(さず)からなかったことでした。そんな二人の同じ夜の(ゆめ)の中に神様が現れて、こう言ったのです。

王都(おうと)の東にノエル村がある。そこに教会があり、一人の少女がお前たちを待っている。その少女を、お前たちの(むすめ)とせよ。」

 二人がその教会に行くと孤児院が併設(へいせつ)されていて、ナレア一人がそこで生活しておりました。そこで、王と王妃はナレアを王城(おうじょう)()れて帰り、養子(ようし)としました。もちろん、デネボラもナレアと(とも)王城(おうじょう)へ行ったのでした。


 ナレアにとって、王城(おうじょう)での生活は楽しいものでした。王と王妃(おうひ)はナレアにとても(やさ)しく、ナレアは生まれて(はじ)めて親の(あい)を知りました。ナレアもそれに(こた)えようと、()れない作法(さほう)教養(きょうよう)をがんばって勉強(べんきょう)しました。



2. 王都(おうと)での出来事(できごと)


 しかしそれから三年が()ぎて、王城(おうじょう)での生活に()れてきたナレアは、ふと疑問(ぎもん)(かん)じました。教会の孤児院(こじいん)にいた(ころ)は、仲良(なかよ)しの子供達(こどもたち)ですら食糧(しょくりょう)をうばい合ったのに、王城(おうじょう)に来てからは、好きなだけ食べられます。王城(おうじょう)の外の町「王都(おうと)」は、どうなっているのでしょうか?

 そこである日、(だれ)にも()げずに王都(おうと)に出てみました。孤児院(こじいん)のあった教会は田舎(いなか)集落(しゅうらく)の中でしたし、王城(おうじょう)に来てからは一人で外出したことは一度もありませんでした。だから、一人で町を歩くのは、生まれて(はじ)めてです。いや、今回も一人ではありません。デネボラだけは、バッグに入れて連れて行ったからです。

 王都(おうと)には活気(かっき)があって、みんな(ゆた)かに生活しているように見えます。()(もの)を売っている店もあり、おいしそうなにおいがしてきます。そんな町を歩いただけで、ナレアは楽しい気分(きぶん)になりました。


 歩き(つか)れて王城(おうじょう)(もど)ろうとした時、(わか)い男がナレアの前を通り()ぎました。かつて同じ孤児院(こじいん)で過ごした、三(さい)年上のジョアンです。すぐに声をかけようと思ったのですが、彼の顔があまりに暗く見えたので、声をかけるのをためらってしまいました。

 ジョアンは、複雑(ふくざつ)に入り組んだ細い路地(ろじ)を歩いて行きます。ナレアは脇目(わきめ)()らずに、ついて行きました。細い路地(ろじ)活気(かっき)が無く、たまに見かける人はみんな暗い顔をしているので、ナレアは(こわ)くなって来ました。しかし、ナレアがもう引き(かえ)そうと思ったその時、ジョアンはみすぼらしい小屋に入って行きました。

 その小屋のドアの前に来ても、ナレアはノックするのをためらいました。すると、中から(おこ)った声が聞こえて来ました。

「こんなんじゃ、全然足りねえぞ。お前とお前の妹にくれてやるメシはねえ!」

「オレはいらないから、妹だけにでも…。」

「そうだなあ、コイツは病気だから安いけど、奴隷(どれい)商人に売っぱらっても良いのだぞ。この無駄飯喰(むだめしぐ)らいめ。」

男がそう言った後、(むち)がビシッと打ち付ける音がして、直後に、

「キャアー!」

と女の声で悲鳴(ひめい)が聞こえて来ます。ナレアは思わず耳を(ふさ)いでしまいました。その後、ジョアンが、

(たの)む。もう一度行ってくるから、それだけは勘弁(かんべん)してくれ。」

と言うと、男が(おこ)ってジョアンに命令(めいれい)します。

「だったら、さっさと行け!」

 ドアが開くと、ジョアンと酒に()った赤ら顔の男が出てきました。ジョアンがナレアに気づいて、(おどろ)いて思わず大声で言いました。

「ナレア、どうしてここにいるんだ?お城に行ったんじゃ無いのか?」

赤ら顔の男が、ジョアンの声を聞きつけて、

「ナレア?…そうか、あの養女(ようじょ)のお姫様(ひめさま)か。これは良い金ヅルになるわい。」

と言うと、ナレアを力づくで小屋に()()もうとします。

 ジョアンは必死(ひっし)に男を止めようとしましたが、男に(なぐ)られて気を(うしな)ってしまいます。足がすくんだナレアは男に(つか)まって、小屋に引きずり込まれてしまいました。



3. ミーアとの再会(さいかい)


 小屋の中には、ミーアがいました。ナレアより一(さい)年上のミーアは、お姉さんのような存在(そんざい)でした。でも、ミーアは孤児院(こじいん)にいた(ころ)から病気のため、いつもベッドで()ていました。そして、この時もミーアは()し草の上で横たわっていました。

 ジョアンに養子(ようし)の話が出た時、ジョアンは、

「妹のミーアも一緒に養子(ようし)としてくれて、ミーアの病気(びょうき)(なお)してくれるなら。」

との条件(じょうけん)()けて、ミーアも()れて行ったのでした。ナレアは、それまで二人が兄妹(きょうだい)だなんて聞いたことがありません。ミーアの病気を心配していたジョアンの、作り話なのでした。

 だから、二人が兄妹として一緒(いっしょ)養子(ようし)になることが決まった時には、

「これでミーアの病気(びょうき)治療(ちりょう)出来る。」

と、ジョアンは泣いて(よろこ)んでいたのに…。ミーアは、孤児院(こじいん)にいた頃より顔色が悪く、治療(ちりょう)してもらえたようには見えません。それどころか、(むち)で打たれたような(きず)がいくつか見えました。

 赤ら顔の男は、ナレアと気絶(きぜつ)したジョアンを引きずってくると、ミーアが()ている()し草の上に()げ出しました。そうしておいて、

「これで、オレにも運が向いて来たぜ。」

と言うと、小屋に外から(かぎ)をかけて、どこかへ行ってしまいました。小屋には一つだけ(まど)がありましたが、格子(こうし)がはめられていて、外へ()げ出せそうにありません。

 ミーアは、困惑(こんわく)しているナレアに話しかけました。

「ナレア、お(ひさ)しぶりね。あなたは王城(おうじょう)に行ったと聞いていたのに、なぜこんな所にいるの?」

そこでナレアは、王城(おうじょう)をこっそり()け出して王都(おうと)に出たこと、ジョアンの姿(すがた)を見たけど話かけられずにつけて来たことを説明(せつめい)しました。

 すると、ミーアはため(いき)をついて、言いました。

王城(おうじょう)の外は孤児院(こじいん)()わりなく、多くの人はお(なか)()かせているわ。いや、あの孤児院(こじいん)みたいに良い人ばかりではないから、もっと大変。王都(おうと)表通(おもてどお)りは、見かけでは活気(かっき)があるけど、本当はみんな生きて行くのがやっとだと思うわ。」

 それから、孤児院(こじいん)を出てからのできごとを話してくれました。

「私たち二人を()()った町の鍛冶屋(かじや)夫婦(ふうふ)は、その後()()く、借金(しゃっきん)(かた)工房(こうぼう)を取られたの。義理(ぎり)の父は、ジョアンを工房(こうぼう)でこき使おうとしていたらしいけど、思わくが(はず)れたみたい。義理(ぎり)の母は、私を治療(ちりょう)して()を上げてから、奴隷(どれい)として()(はら)うつもりだと言っていたわ。だけど、貧乏(びんぼう)嫌気(いやけ)がさして家を出て行ってしまったのよ。」

 とんでも無い話でした。でも、その後の話はさらにナレアを(おどろ)かせました。

義理(ぎり)の父と言うのが、さっきの男よ。父は動けない私を人質(ひとじち)にして、ジョアンにスリをさせているの。かわいそうなジョアンは、私のためにここから()げられず、本当に(もう)(わけ)ないと思っているの…。」


 ミーアは自分の話が終わると、今度(こんど)はナレアに王城(おうじょう)での生活を聞かせて()しいとせがみました。

 ところが、ナレアが話そうとした時、突然(とつぜん)小屋に数人の騎士(きし)が入って来て、そのうちの一人がこう(さけ)んだのです。

通報(つうほう)のおかげで、ナレア(ひめ)を発見した。でも、(ひめ)(すで)犯罪者(はんざいしゃ)どもに殺されていたぞ。」

ナレアは混乱(こんらん)しました。私が殺されたって、どう言うこと?

 でも、ミーアは()ぐに状況(じょうきょう)理解(りかい)しました。

「父と騎士(きし)達はグルだわ。ジョアンと私がナレアをさらったことにして、父は通報者(つうほうしゃ)として賞金(しょうきん)をもらうつもりよ。そして、孤児(こじ)から王女になったナレアに反感(はんかん)を持つ騎士(きし)達は、私達があなたを殺したことにして、あなたを殺してしまうつもりだわ。早く()げて。」

ミーアの声の最後の方は絶叫(ぜっきょう)でした。

 ナレアは、ますます混乱(こんらん)してしまいました。それに、騎士(きし)達に小屋の入り口を(かた)められ、ナレアが()げられるところはありません。

 ついに、一人の騎士(きし)に体を押さえつけられて、もう一人が(けん)()りかざして来ます。ナレアは(さけ)びました。

「デネボラ、助けて!」

すると、小さなぬいぐるみだったデネボラが、たちまち光り(かがや)く巨大なライオンの姿(すがた)になりました。ナレアが(ゆめ)の中でいつも見て来た、デネボラの姿(すがた)です。

 デネボラは「ガオー」とひと()えすると、その(するど)前脚(まえあし)でナレアに(おそ)いかかった騎士(きし)(けん)ごとはじき()ばし、後ろ(あし)でナレアを押さえつけていた騎士(きし)()()ばしました。ナレアを危機(きき)から救ったデネボラは、その長い尻尾(しっぽ)(のこ)りの全ての騎士(きし)と赤ら顔の男を打ち(たお)しました。

 こうしてデネボラは、今度は(ゆめ)ではなく現実の世界で、ナレアを救ってくれたのです。その後、ナレアとミーア、それにまだ気を(うしな)っているジョアンを、長い尻尾(しっぽ)を使って大きな背中(せなか)に乗せると、騎士(きし)達と赤ら顔の男を尻尾(しっぽ)でしばり上げて、空へ()び立ちました。

 ナレアとミーアは、空から見える王都(おうと)王城(おうじょう)(なが)めにうっとりしましたが、王城(おうじょう)にはあっという間に着いてしまいました。すると、気を失った騎士(きし)達と赤ら顔の男を(しば)りあげていた尻尾(しっぽ)(はし)が、(みずか)城壁(じょうへき)()き付き、デネボラから(はず)れました。デネボラは、新しく生えてきた尻尾(しっぽ)で三人を下ろすと、元のぬいぐるみの姿(すがた)(もど)りました。

 ナレアが、ぬいぐるみになったデネボラをだきしめて頭をなでながら、

「助けてくれてありがとう。」

と言っているうちに、お城の人達がかけ寄って来ました。ナレア王女が突然(とつぜん)いなくなって、お城は大騒(おおさわ)ぎだったのでした。

 ナレアはお城の人達に、(しば)り上げられている騎士(きし)達と赤ら顔の男を監獄(かんごく)に、ジョアンとミーアを客室(きゃくしつ)案内(あんない)するように()げると、両親であるニコル三世とメアリー王妃に報告(ほうこく)に行きました。


 王と王妃は、失踪(しっそう)したナレアをとても心配(しっぱい)して、食事がのどを通らないほどでした。無断(むだん)で一人で城を出たナレアをしかった後、ナレアの話を聞いた二人は考え込みました。

 ライオネル王国の貴族(きぞく)達や、外国の王様たちからは、国民を大事にし()ぎていると言われる二人でした。それでも、国民はまだ(まず)しいことを思い知らされました。

 それに、ナレアに反感(はんかん)を持っていた騎士(きし)達の存在も、二人には(おどろ)きでした。ライオネル王国は王、貴族(きぞく)騎士(きし)平民(へいみん)身分(みぶん)に分けられてはいるけれど、便宜(べんぎ)上のことと考えていました。ですが、少なくとも一部の騎士(きし)平民(へいみん)に対して差別意識(さべついしき)をもつことが、今回の事件(じけん)ではっきりしました。

 そこで、今回の問題を起こした赤ら顔の男とナレアに直接(ちょくせつ)おそいかかった騎士(きし)二人は無期懲役(むきちょうえき)、それ以外のこの件に関わった騎士(きし)追放(ついほう)して平民(へいみん)とし、騎士団(きしだん)縮小(しゅくしょう)することにしました。そして、騎士団(きしだん)縮小(しゅくしょう)()いたお金で、(まず)しい人々に与える食糧(しょくりょう)を買うことにしました。

 ジョアンについては、自らスリをして来た(つみ)を申し出たため、(ばつ)として終生(しゅうせい)ナレアの護衛(ごえい)をさせることにしました。また、その「妹」であるミーアも連座(れんざ)で、(ばつ)としてナレアのお付きの女中として働かせることにしました。もちろん、その前に治療(ちりょう)して働けるようになってから、との猶予(ゆうよ)付きです。

 そして、ミーアは主人となったナレアから、デネボラの活躍(かつやく)秘密(ひみつ)にするよう言われました。もっとも、この事件(じけん)関係者(かんけいしゃ)騎士(きし)達や赤ら顔の男、ニコル三世とメアリー王妃、それにジョアン…ですら、自分が見たり聞いたりしたことを信じられなかったのです。だから、ミーアがデネボラの真の姿(すがた)を話しても、(だれ)も信じないでしょうけど。



4. 侵略(しんりゃく)反乱(はんらん)


 それから三年間、ライオネル王国は平安(へいあん)(たも)っておりましたが、となりのアストラル王国では大変(たいへん)なことになっていました。国境(こっきょう)から、デルモニア帝国が侵略(しんりゃく)して来たのです。

 侵略(しんりゃく)されたアストラル王国は、王族も騎士(きし)(みな)(ころ)され、略奪(りゃくだつ)されました。そこで立ち上がったのが、レナードです。彼は民衆(みんしゅう)(ひき)いて戦い、ついにデルモニア帝国軍を追い(はら)いました。そして平民(へいみん)だった彼を、民衆が王様にしたのでした。

 十七歳になったナレアは、そのレナード王と婚約(こんやく)しました。ライオネル王国が彼を支援(しえん)して来たこともあり、小国同士が(むす)びついて助け合うための政略結婚(せいりゃくけっこん)です。

 ナレアは、婚約(こんやく)するまでレナード王を見たことも無く不安(ふあん)でした。でも会ってみると、レナード王は英雄(えいゆう)とは思えないほど、おだやかな好青年(こうせいねん)でした。それになんと言っても、レナード王にも子供の(ころ)から大切にしているライオンのぬいぐるみがある、と聞いたので親近感(しんきんかん)()いたのでした。

 次第(しだい)に話がはずむようになり、時々(おとず)れて来るレナード王とお(しの)びで町へ出かけることもしばしばでした。以前より少しだけ豊かになった町の屋台(やたい)でおいしい食べ物を買い、そのまま歩きながら食べる。二人とも元々(もともと)平民(へいみん)なので、こんな気ままなデートは(かた)の力が()けて楽しいのです。


 ところが、そんなある日のこと、突然(とつぜん)デルモニア帝国軍がライオネル王国に侵攻(しんこう)して来たのです。王都(おうと)はデルモニア帝国の軍隊(ぐんたい)(かこ)まれてしまいました。ニコル三世(さんせい)はすぐにアストラル王国に使者(ししゃ)を出しましたが、いつ援軍(えんぐん)が来るのかわかりません。


 ナレアもジョアンを護衛(ごえい)にして、お(しの)びで王都(おうと)様子(ようす)を見まわります。しかし、そんな時に反乱(はんらん)()きてしまいました。三年前にナレアを殺そうとした騎士(きし)仲間(なかま)が、追放(ついほう)されたことを逆恨(さかうら)みして、デルモニア帝国軍と同調(どうちょう)したのでした。

 ナレアとジョアンは、人の流れに(まぎ)れて王城(おうじょう)に帰ろうとしますが、反乱軍(はんらんぐん)に見つかってしまいました。二人は必死(ひっし)()げましたが、ついには(かこ)まれてしまいます。ナレアは、(ゆめ)の中以外(いがい)では三年ぶりに(さけ)びました。

「デネボラ、助けて!」

 デネボラは、(ふたた)び光り(かがや)く巨大なライオンの姿(すがた)になると、ナレアとジョアンの(まわ)りにいた反乱軍(はんらんぐん)(たお)しました。しかし、反乱軍(はんらんぐん)はまだ(かく)れているかも知れません。そこで、デネボラはナレアとジョアンを()()せると、王城(おうじょう)()けて()び立ちました。


 ところが、ちょうどその(ころ)、ナレア達がいたすぐ近くの城壁(じょうへき)がデルモニア帝国軍の手に落ちたところでした。デネボラはまだ城壁(じょうへき)よりも(ひく)高度(こうど)()んでいます。

 それを見たデルモニア帝国の兵士は、弓矢でデネボラを(ねら)って来ました。たくさんの矢がナレア達に向けて()んできますが、(みな)デネボラの尻尾(しっぽ)(はじ)()ばされてしまいます。いえ、たった一本だけ尻尾(しっぽ)から(のが)れた矢が、ナレアの(むね)に深く()()さってしまいました。

 その直後(ちょくご)(べつ)(かがや)く巨大なライオンが飛来(ひらい)しました。レナード王を()せたレグルスです。レグルスから流星(りゅうせい)のように光線(こうせん)()(そそ)ぐと、城壁(じょうへき)にいたデルモニア帝国軍は一瞬(いっしゅん)壊滅(かいめつ)しました。

 しかし、まだデルモニア帝国軍は()()せて来ます。危機(きき)(だっ)したデネボラは(たお)れたナレアを乗せたまま王城(おうじょう)()かい、レナード王は(のこ)りの(てき)と戦うため、城壁(じょうへき)の外へ出撃(しゅつげき)して行きました。



5. エピローグ


 ようやく侵略軍(しんりゃくぐん)反乱軍(はんらんぐん)撃退(げきたい)して、ニコル三世(さんせい)がレナード王を(ともな)って帰城(きじょう)したのは、その翌日(よくじつ)でした。ナレア王女はウエディングドレスを着せられて、ぬいぐるみに(もど)ったデネボラと(とも)(ひつぎ)の中で二人を()っていました。

 ニコル三世(さんせい)とメアリー王妃(おうひ)は泣きはらして、死出(しで)(たび)に出る(あい)する(むすめ)に最後の挨拶(あいさつ)をしました。その後に、レナード王が二人に婚約者(こんやくしゃ)として挨拶(あいさつ)したいと(もう)し出て、()けいれられました。

 王城(おうじょう)の人々が見守(みまも)る中、レナード王がナレアに何か声をかけて、キスをしました。すると、一瞬(いっしゅん)二人が光輝(ひかりかがや)き、(あた)りが明るくなったように見えましたが、間も()く光は消えてしまいました。しかしその時、ナレアは(ひつぎ)から()き上がっていたのです。


 それからひと月後、二人の結婚式(けっこんしき)がとり行われました。その後、二人は人々の歓喜(かんき)の声につつまれて、ライオネル王国を出発しアストラル王国に到着(とうちゃく)しました。ミーアとジョアンも、ナレア王妃のお()きの(もの)として、アストラル王国までやって来ました。


 ようやく、(さわ)ぎが(おさ)まって日常(にちじょう)(もど)ると、ミーアはずっと不思議(ふしぎ)に思っていたことをナレアにたずねました。

「ナレアが生き(かえ)ったのは、レナード王のキスのおかげなの?」

「私もそう思っていたのだけど、レナードは(ちが)うと言ったわ。『私でも、死者(ししゃ)(よみがえ)らせることはできない』ってね。」

「でも、ナレアは(たし)かに…。」

「私は、自分が死んだと思い込んでいただけらしいわ。レナードにキスされて、びっくりして()きちゃったんじゃないかって。…私は死なないそうよ。」

「えっ?」

「レナードは、本当は神様なんだって。この世界と、男女の人間を作った後で、不死(ふし)である彼自身(じしん)伴侶(はんりょ)…女神を作ったって。それが私。レナードは『男の自分は、秩序(ちつじょ)にこだわる。世界を維持(いじ)するには、それは大切(たいせつ)なんだけど、何かが足りないと思ってた。人間を見ていたら、それは女が持つ母性(ぼせい)慈愛(じあい)ではないかと思った。だから、あなたを作った。』なんて言ってたわ。」

 ナレアは、ミーアの今後(こんご)についても話しました。

「レナードによると、そのうちに私とレナードは、精霊(せいれい)達と共に、神の世界へ()()すらしいわ。その時には、ジョアンとミーアに私達の影武者(かげむしゃ)になってもらって、アストラル王国をまかせるそうよ。いずれはライオネル王国もね。そうなっても、時どき(あそ)びに来るので、お(ねが)いしますね。」

そう言うと、ナレアは頭を下げました。

 ミーアはもう一つ気になって、ナレアにたずねました。

精霊(せいれい)達というのは、あのライオンのぬいぐるみのこと?」

「そう。デネボラは精霊(せいれい)なんだって。それに、レナードお気に入りの精霊(せいれい)はレグルスというのだけど、やっぱり普段(ふだん)はぬいぐるみなんだ。(ほか)にもいるんだけど、まだ(おぼ)えきれなくて…。」

ナレアは、そう言って(わら)いました。


 こうして、アストラル王国とライオネル王国には、神様と女神様、それに精霊(せいれい)達の加護(かご)(もと)(ひさし)平和(へいわ)な日々が続いたそうです。いや、デネボラ達が空を()ぶ小さくて平和(へいわ)な国が、今もどこかに存在(そんざい)しているのかもしれませんよ。



おしまい

作中で活躍するライオンのぬいぐるみ「デネボラ」は、「獅子座の尻尾の星」の名前からとりました。また、レナード王のぬいぐるみ「レグルス」は、「獅子座で最も明るい星」の名前です。


獅子座は春の星座ですが、11月下旬頃に見られる「獅子座流星群」も有名です。そんな星空をご覧になった時に、この物語を思い出して頂けると嬉しいですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短編でありながら壮大な物語ですね。 デネボラが精霊だというのは納得ですが、まさかナレア王女があのような存在あったとは予想外でした。 面白かったです。
[良い点] 冬童話企画から拝見しに来ました。 二転三転の冒険譚、面白かったです。 特にデネボラがナレアを乗せて飛ぶところは、絵本のような挿絵で見てみたいと思いました。きっと美しいと思います。
[一言] 波乱万丈の人生ですね。ハッピーエンド良きかな!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ