シンデレラ以外、全員男。
お母様が息を引き取られたのは、柔らかい日差しが窓辺から差し込む暖かい春の日だった。
お父様は貿易商を営んでいて、元々家を留守にしがちだった。
お母様が病みついてしまって、徐々に元気がなくなりやがて天国に旅立たれた時に、お父様はお仕事で他国に行かれていて間に合うことができなかった。
お母様の亡骸を神父様にお願いして埋葬した数週間後に、お父様がやっと家に帰ってきた。
「ラシェル、良く聞きなさい。オリビアが亡くなって、家にはお前一人。私は仕事で家に帰ることも稀だ。お前が嫁に行く支度も、私では満足にしてあげることができない」
お母様の弔いの後、お墓の前で祈りを捧げる私にお父様は言った。
街外れの教会の裏手にある集団墓地の一角にお母様は埋められて、墓石にはオリビア・デランジェールの文字が刻まれている。
古い墓石の並ぶ墓地には、すみれの花が草むらの中から顔を出して風に揺れていた。
「お父様、大丈夫です。私ももう十七歳。自分のことは自分でできます」
「いや、それではいけない。オリビアはお前を大切に思っていた。もちろん私も。母親がいなくなり、父親も不在となっては、良縁に恵まれたとしても良い顔をされない場合の方が多い」
「好きな方も、結婚したい相手もいません。心配してくださってありがとうございます。でも、私はひとりでも大丈夫です、お父様」
この数年は、病に臥せるお母様のお世話をずっとしていたので、自分の時間を取ることはできなかった。
お母様のお世話ができたことは嬉しかったし、ひとりでいることも辛くない。結婚についても、まだ考えることができそうにない。
私がそう伝えると、お父様は静かに首を振った。
「お前のため、私は早々に再婚をしようと思う。私に代わり新しい母がお前を支えてくれるだろう」
私はびっくりしてお父様を見つめた。
それ以上のことは何も聞けなかったけれど、お父様はお仕事で家を不在にしがちだから、もしかしたらお母様の他にも良い相手がいたのかもしれない。
それはすごく悲しいことだけれど――それでも、お父様が再婚なさって幸せになるのなら、それはきっと良いことだろう。
私はそう思って、小さく頷いた。
お母様が亡くなって数日後、お父様はお仕事に出かけた。
そしてお父様の乗った船が嵐に巻き込まれて遭難したという知らせと共に、旅立つ前に港から私に送ったのだろう手紙が届いた。
手紙には、『再婚相手がその子供たちを連れて家にやってくる。きっとラシェルを大切にしてくれるだろうから、仲良くやりなさい』と書かれていた。
私はその手紙を胸に抱きしめて、床にへたり込んでしばらく呆然としていた。
私の家族は誰もいなくなり、新しい家族が家にやってくるのだという。
「どうしよう……」
家の全ての明かりが消えて、真っ暗闇の中に置き去りにされたような気分だった。
うまく、頭が回らない。
ややあって、家の扉が叩かれた。ぼんやりしながら私は立ち上がり、扉に向かう。
お父様はいなくなってしまったけれど、結婚の契約を交わしたのなら、新しいお母様は私のお母様になる。
子供たちがいるとしたら、その子供たちは私の姉妹になる。
帰っていただくというのはできないだろう。それはとても失礼にあたる。
不安で手が震えた。一人きりになってしまったほうが、良かったのにと思う。
家族になる方たちのことを、私は何一つ知らない。
ぎぎ、と小さな音を立てて扉を開くとそこには、それはそれは大柄な女性が三人立っていた。
中央にいるのは、四十代程度に見える女性……女性、女性なのかしら……花柄のワンピースを着ているから多分女性だと思うの。胸も、膨らんでいる気がするし。
膨らんでいるといっても、これは何かしら……筋肉なのかしら、筋肉の膨らみのような気がしないでもないのだけれど。
金色の巻き毛に、ばしばしのまつ毛、紫のアイシャドウにはギラギラのラメが入っている。
瞬きするたびにばさばさいいそうなほどに長いまつ毛に縁取られた瞳は、エキゾチックな紫色。
ふっくらした唇は真っ赤で、妖艶な美女の特徴はあるのだけれど、妖艶な美女というよりは、ムキムキの筋肉、という姿のそれはもう筋肉質な方だ。
「あなたが、ラシェルちゃんね、はじめましてぇ! アタシが新しいお母様の、ファブリスよ!」
真ん中の女性が、掠れた低い声をすごく頑張って高くしているような声音で言う。
お母様は、ファブリスさん。男性の名前よね。
「ラシェル、はじめまして。俺が、お姉様のジョルジュだ」
ファブリスさんの横にいる、黒い癖のある髪の女性……女性……? が言った。
女性にしてはとても髪が短いわね。
そしてファブリスさんのようにお化粧をしていない。素材そのままの姿だ。
服装を変えればきっと、若い騎士の方に見えるのだろう。顔立ちは精悍で、体躯も立派だ。
けれどワンピースを着ている。
黒髪の女性もまた筋肉質だった。黒いワンピースから覗く剥き出しの腕が、丸太のように太い。筋骨隆々という印象で、今にも胸のボタンが弾け飛びそうなぐらいに、お洋服がぱつぱつだった。
お姉様の名前は、ジョルジュさん。
男性の名前ね……。
「ラシェル、はじめまして。僕が二人目のお姉様のリュシアンだよ」
ファブリスさんの横にいる、眼鏡をかけた銀色の艶やかな髪の女性……女性、……女性とは、一体何だったのかしら。
ともかく、その女性がにこやかに言った。
こちらの方は二人よりもやや細身だけれど、背が高い。
見上げるほど背が高くて体格が良い。おそらく女性用のロングスカートのワンピースが、ミニスカートのようになっている。剥き出しの脚はすらりとしているけれどしっかりと筋肉がついている。
顔立ちは美しいけれどこちらも素材そのままで、どこからどう見ても女性には見えない。
たおやかな学者肌の男性、という印象だ。
リュシアンさんが、二人目のお姉様。
男性の名前……だけれど、女性なのよね、きっと。
「ラシェルちゃん、聞いたわ! ダルセルの乗った船が……」
「……お父様の船、遭難してしまったと、今連絡をいただいて……お父様のお手紙が、ここに。新しい家族と、仲良くするようにって、書いてあります」
目にいっぱい涙を浮かべて言うファブリスさんに、私は手紙を差し出した。
どうしたら良いのかしら。全員男性に見えるのだけれど。
それは私の見識が狭量というだけで、お母様とお姉様とお姉様なのだから、きっと女性なのよね、きっと。
男性に見えるのだけれど、女性なのよね。どう見ても男性に見えるのだけれど。
よくないわ、ラシェル。
女性だと言っている方々を男性だと思ってしまうなんて、偏見よね。
「ラシェルちゃん、新しいお母様と、姉たちよ。今日からよろしくね!」
「は、はい……!」
ファブリスお母様が両手を広げて私を抱きしめてくるので、私は、思わず頷いていた。
そうして私には新しいお母様とお姉様が二人、できたのである。
翌日、私はいつものように早起きをして、朝食の支度のために芋の皮を剥いていた。
デランジェール家にはお父様が残してくださったお金があるけれど、きっとそのうち底をついてしまうから、贅沢な暮らしはできない。
ファブリスお母様やジョルジュお兄様……じゃなくて、お姉様、リュシアンお姉様、家族が増えたので、食事は多めに作らないといけない。私も仕事を見つけなければと思いながら、皮を剥いた芋を火にかけて水を沸騰させた鍋の中に一口大に切って入れていく。
「ラシェルちゃん、おはよう! なんて朝早いのかしら、ラシェルちゃん! お料理はお母様に任せるのよ、朝ごはんは潰したお芋とチーズね! 完璧なメニューだわ、ラシェルちゃん、なんて良い子なの〜!」
私が料理をしていると、ファブリスお母様がやってきて私から料理用のナイフを奪うと、ものすごいはやさで芋を剥き始める。
「あ、あの、お母様……お料理は、私の仕事で」
「何を言っているの、若い娘はオシャレをしたりお友達と遊んだりしなさい〜! おしゃれと遊びが嫌いなら、本を読んだりお散歩をするのでも良いのよ、お料理はお母様の、し、ご、と!」
ファブリスお母様が体をくねらせながら、私の鼻をちょん、とつついた。
私は鼻頭をおさえながら、頷くしかなかった。
朝食の支度はファブリスお母様に任せて、手が空いた私は洗濯をすることにした。
ご飯の支度と、掃除と洗濯、それからお買い物や縫い物などで私の一日はたいてい終わってしまうので、朝食の支度をお任せすることができた分、少し時間ができるかもしれない。
まずは井戸からお水を汲んできて、洗濯場の水瓶をいっぱいにしないといけないわね。
お母様達のお洋服もあるから、水瓶に汲む水は、いつもより多くしないと。
そんなことを考えながら裏庭にある洗濯場に行くと、そこにはすでに両手にいっぱいの水が入った水桶を抱えたジョルジュお姉様がいた。
今日も黒いワンピースに白いエプロンをつけている。水桶をもつ腕がとっても逞しい。
「ラシェル、おはよう。洗濯をしようかと、水を汲んでいる。これは良い鍛錬になるな」
低い声でジョルジュお姉様が言った。
「おはようございます、ジョルジュお姉様。洗濯は私の仕事で……!」
「いや、俺がやろう。洗濯には慣れている。兵舎では自分達で洗濯を行うのが普通だからな。それに、男の下着をラシェルに洗わせるわけには……い、いや、俺は女だが」
「じゃ、じゃあ、私も手伝います……私のお洋服もあるので」
「そうか、そうだな、ラシェルの服を俺が洗うのは良くない。年頃の女の子は、兄に……違う、姉に、自分の服を触られたくないものだろう」
「そ、そんなこともないのですけれど……あの、量が多くて大変だと思うので……」
ジョルジュお姉様は何度か言葉を言い直した。
きっとジョルジュお姉様は体は男性で心が女性なのかもしれないわね。最近になって女性のように振る舞い始めた方なのかもしれない。
気遣いに満ちた優しいお姉様だ。だから、私もジョルジュお姉様の触れてはいけない部分に触れないように気をつけなければいけないわよね。
私はジョルジュお姉様と並んで、洗濯を済ませた。
洗い桶に水をはって、洗濯物を入れて石鹸を泡立てて洗っていく。
ジョルジュお姉様が洗い終えた洗濯物を受け取って、隣の桶で濯ぐと、それはもうすごい勢いで絞ってくれた。
洗濯物を絞るのはかなり大変なのに、ジョルジュお姉様がその太い腕でもって洗濯物をぎゅっとひねると、ぼたぼたと水分がお庭に落ちていく。
乾いた洗濯物を、パンパンと叩いて伸ばすと、裏庭の木々に張り巡らせた紐に吊るして干してくれる。
「ラシェルは偉いな、毎日一人で病の母の世話と、家事をこなしていたのだろう? これからは俺も手伝おう。昼間は仕事があるからいないが、朝と夕方なら手伝うことができる」
「ジョルジュお姉様はお仕事をしているのですか?」
「それは、もちろんしている。安心しろラシェル、稼ぎは全てラシェルに渡す」
「い、いえ、そんなことはしなくて大丈夫ですから……!」
「家族なのだから当然だろう。俺の金は、母とラシェルで管理をしてくれ」
「それは困ります……! お姉様の働いたお金なのですから……お姉様、お仕事は何をしていらっしゃるのですか?」
「王国騎士団だ」
「王国騎士団……!」
とても騎士っぽいとは思っていたけれど、本当に騎士だったのね、ジョルジュお姉様。
それに王国騎士団なんて、騎士の中でも選ばれた方々だけが入ることができる、王家の直属の騎士団だもの。
そんな中で女性の心を持っていることを隠していたなんて、きっとすごく苦労されているのね。
私はジョルジュお姉様を尊敬の眼差しで見つめた。
ジョルジュお姉様は少し恥ずかしそうに、私から視線を逸らした。
ジョルジュお姉様のおかげでお洗濯もすぐに終わってしまった私は、それならお掃除をすませてしまおうと、掃除道具置き場に行った。
物置を開けるとそこにはすでにリュシアンお兄様がいた。
リュシアンお姉様は今日も裾が短い青いワンピースに白いエプロンを身につけている。
「ラシェル、おはよう。どうしたの、朝から物置に用事?」
「リュシアンお姉様、おはようございます。掃除をしようと思いまして」
「掃除ならもう終わったよ。ラシェル、掃除は僕の仕事にしようと思う。僕は掃除や整理整頓が好きだからね」
「で、でも、掃除は私の仕事で……」
「今までずっと一人で頑張ってきたんだろう? 昼間は仕事があるけれど、朝と夜は時間があるから僕も家事の手伝いをするよ。僕たちは家族だからね」
リュシアンお姉様がにこやかに言った。
私は困り果てて、眉を寄せる。
「ファブリスお母様はお食事を作ってくださって、ジョルジュお姉様はお洗濯を、リュシアンお姉様はお掃除をして下さると言いました。それでは、私の仕事が何もなくなってしまいます……」
「ラシェルは、母が病に倒れた十五歳の頃から、十七歳の今までずっと一人で看病と家事を全てこなしてきたんだろう? 年頃の女の子らしく、好きなことをすれば良いのではないかな。そうだね、勉強をしたいなら、僕が教えてあげよう」
「それはとっても嬉しいですけれど、お仕事の邪魔になるのではないでしょうか……お姉様は、お仕事は何をしているのですか?」
「宮廷魔導士だよ。といっても、どちらかといえば学問がメインだけれどね」
「宮廷魔導士……!」
私はびっくりして、リュシアンお姉様の顔をまじまじと見つめた。
この国には、魔法が使える魔導士と呼ばれる方々がいる。けれど、その数はとても少ない。
その魔導士の中でも、お城務めができる宮廷魔導士というのは、指で数えられる程度の人数しかいない。
「安心して、ラシェル。僕の稼ぎは全てラシェルに渡すから。ここに住まわせてもらっている以上、迷惑はかけたくないからね。僕たちは、家族なのだから」
「そ、それは困ります……それなら私も働いて、お金を稼ぎます……!」
「ラシェルはそんなことはしなくて良いよ。僕たちがいるのだから」
「それはいけません。お姉様、次からは私も掃除を一緒に手伝いますね、それから、お姉様たちの新しいお洋服を作りますね……! お姉様たちのお洋服、とても素敵ですけれど、サイズが少しあっていない気がして……私、縫い物は得意なので……ご迷惑じゃなければ、ですけれど」
「迷惑などではないよ。ありがとう、ラシェル」
リュシアンお姉様は優しく微笑むと、私の頭を撫でてくれた。
それは大きくてしっかりした、とても安心できる手のひらだった。
私はお母様やお姉様たちのお洋服を、家事をほとんどする必要がなくなってしまったので、余った時間で縫い直すことにした。
お母様や私やお父様のお洋服をほどいて布に直して、合う色を探してスカートやお洋服のサイズを変えていく。
私の新しい家族はとても優しくて、みんな良い方々だ。
大柄な女性用のサイズの可愛いお洋服というのは少ないので、体にピッタリ合うサイズのお洋服を着ていただきたいと思う。
部屋にこもってお洋服を縫う私のことを、お母様やお姉様たちは心配してくれたけれど、私は楽しかった。
綺麗な格好をしてお外に出て遊ぶよりも、お部屋でお洋服を縫う方が性分にあっている。
「そうだ、みんなのお洋服が縫い終わったら、これをお仕事にしましょう」
みんなの役に立ちたいけれど、私には他にできることもない。
お金を稼ぐ方法があるとしたら、縫い物ぐらいだろう。
まずはお母様たちのお洋服を仕上げて、仕上がりを見ていただこう。
素敵に作ることができればきっと、お仕事にすることもできるかもしれない。
新しい家族と暮らし始めたある日のこと。
三人のお洋服がもうすぐで仕上がるころに、お城から街へとおふれがあった。
どうやら王子様が花嫁を探しているらしい。
王子様は二十歳になる今まで誰とも結婚をしたがらず、困り果てた家来たちが国中の若い娘をお城に呼び寄せてダンスパーティーを開いて、結婚相手を探すのだという。
お手紙を受け取った私は、嬉々としながらお姉様やお母様にお手紙を見せた。
「お母様、お姉様たち! お城で王子様が花嫁を探しているそうですよ! お洋服、縫い直していて良かった……! もう少し手を加えて、三人分のドレスをつくりますね、私!」
新しい家族との穏やかな生活に慣れてきたけれど、今だなにも恩返しできていない私は、やっと役に立てるとはりきっていた。
心根の優しく美しいお姉様たちなら、きっと王子様に選ばれるだろう。
少しでも役に立てるように、素敵なドレスを仕立てなければいけない。
「ちょっとまって、ラシェルちゃん! ラシェルちゃんがダンスパーティーに参加するんじゃないの?」
「私などは良いのです、お姉様たちが王子様に選ばれてくれたら、こんなに嬉しいことはありません」
「待て、ラシェル」
「ジョルジュと僕が、ダンスパーティーに?」
「ええ! すごく素敵だと思います、お姉様たちのドレス姿!」
ジョルジュお姉様は、黒のシックなドレスにしましょう。
だってジョルジュお姉様にはもうすでに類まれなる肉体美があるのだから、ドレスなんて飾りだ。
リュシアンお姉様には青いシンプルなドレスにしましょう。
すらりとした長身のお姉様はとってもスタイルが良いので、飾り気のないドレスの方がきっと似合うわね。
「今日の夜までに、素敵なドレスをつくりますね。だから待っていてくださいね」
私が言うと、三人は顔を合わせてなにやら相談し始めた。
「……どうしようかしらね、ダンスパーティーに行くことになったわよ」
「ラシェルの願いだ、無碍にはできない。あの迷惑王子め、余計なことを……」
「けれど、僕たちが参加することになって良かったんじゃないかな。ラシェルの姿を一目みたら、ラシェルを花嫁に選ぼうとするよ、きっと。ラシェルは気立てが良くて美しいからね。僕たちの妹を、とられるなんて耐えられない……!」
ひそひそ声で何やら話し合いをし終わった三人は、私にくるりと振り向いた。
「ありがとうラシェル、ドレス楽しみにしているわよ。ラシェルはお留守番をしていてね、危ないから、外に出てはいけないわよ」
ファブリスお母様に言われて、私は嬉しくなって大きく頷いた。
急いでドレスを仕上げましょう。きっと素敵だわ。
お城の舞踏会は夕方から、夜まで行われる。
私はドレスの仕上げにとりかかった。しゃべる鼠たちが現れてドレスの仕上げを手伝ってくれたし、足りない布や、宝石の飾りなどがいつの間にか運び込まれていた。
きっとリュシアンお姉様が魔法を使ってくれて、ジョルジュお姉様が荷物を運んでくれて、ファブリスお母様が気をきかせてご自分の装飾品を分けてくださったのだろう。
私は家族に恵まれている。血は繋がっていないけれど、みんな私の大切な家族だ。
だからお姉様たちには幸せになってもらいたい。王子様とは、王国の女性たちの憧れなのだから。
そういえばお姉様たちはお城勤めをしているから、王子様の顔を知っているわよね。
もしかしたら、働いている中で片思いなどをしているかもしれないわ。
そう思うと、ドレスを縫う指先にいっそう熱意が籠るようだった。
夕方になって、お城から馬車が迎えに来た。
完成したドレスを着たお母様たちはそれはそれは美しくて、私は感嘆のため息をつきながらお母様たちを見送った。
お迎えに来た馬車から降りてきた護衛の兵士の方が、何故かお母様たちの顔をみて爆笑していたけれど、女性に向かって失礼な方だと思う。
ジョルジュお姉様だって男性かもしれないけれど心は女性だし、美しい方なのだから。
私は内心ムッとしながらお部屋に戻った。
そして祈るような気持ちでお母様たちの帰りを待った。もしかしたらお腹をすかせて帰ってくるかもしれないからと、お芋をゆでようと思って芋の皮むきを始めると、何故か裏庭に巨大なかぼちゃが鎮座しているのを窓の向こうに発見した。
「……かぼちゃだわ」
リュシアンお姉様の魔法かしらと思ったけれど、お姉様はダンスパーティーにでかけたのよね。
気になって裏庭に向かうと、そこには魔女の格好をした亡くなったお母様がいらっしゃった。
「お母様!」
『ラシェル、あなたを一人残して死んでしまってごめんなさい。今日は大切なお城の舞踏会の日なのに、あなたはここで独りぼっち。新しい家族にいじめられているのね?』
「そんなことはありません。皆やさしくしてくれます」
『女装をした変態たちにラシェルがいじめられていると思うと、お母様は死んでも死にきれなくて、神様にお願いしてもう一度ラシェルの元へ戻ってきたの』
「お母様! ひどいことをいわないでください、みんな優しい女性たちですよ」
『最後に一度だけ、あなたに魔法をかけてあげるわね。でもラシェル、魔法がとけるのは夜中の十二時。それまでに、家に帰ってくるのよ』
なんて話を聞かないお母様なのかしら!
私が言い返そうとすると、お母様は私よりもさきに手にしていた杖を振った。
あっという間にかぼちゃが馬車にかわり、鼠たちが御者と馬に変わった。
そうして、私のごく普通のワンピースとさっきまで芋の皮を剥いていたせいで土に汚れたエプロンが、美しい白いドレスへと変わった。
『さぁ、いきなさい、ラシェル』
「お母様!」
私はお母様に文句を言おうと大声をだしたけれど、お母様は今生の別れを惜しむような顔をして手を振ると、私を魔法で馬車に押し込めた。
「……不審者が出るから、家の外には出て行けないとみんなに言われていたのに……」
私の泣き言もむなしく、私を乗せた馬車はお城に突き進んだのだった。
お城に到着した私はすぐに家に帰ろうとしたのだけれど、馬車は私を外に見えない力でぽんと弾き飛ばすようにして押し出すと、扉を閉めてしまってそれきりだった。
必死で馬車の扉を渾身の力でもって開こうとしたのだけれど、私にはジョルジュお姉様のような筋肉がないから無理だった。
お母様たちに怒られるかもしれないと思いながらも、きちんと謝ろうと思って私はお城の階段をあがると舞踏会の会場へと向かった。
もしかしたら王子様がお姉様たちを選んでいるところを見ることができるかもしれないし。
舞踏会の会場に足を踏み入れると、人混みが何故か二つに割れた。
良く分からないけれど、来たばかりの客に道をひらくという決まりでもあるのかもしれない。
きょろきょろしながらお母様たちを探してみるけれど、どうにも見当たらない。
困り果てていると、目の前から見知らぬ煌びやかな細身の男性がやってきて、私に手を伸ばした。
「美しい方、私と踊って頂けますか?」
「え、ええ、はい、あの、私、人を探していて……」
「良かった。姫、こちらに。探し人のことも、私が聞きましょう」
誰だか知らないけれど、親切な人だ。
その男性は私を舞踏会のホールの真ん中に連れていくと、私の手と腰をとって音楽に合わせて踊り始める。
周囲の人々から「王子がはじめて女性と踊った……!」「あの女性は誰なんだ!」というざわめきが聞こえる。
「まさか、王子様なのですか……?」
「ええ。私はアーサー・ラローズ。王子というのはただの肩書き、あなたの前に私は、一人の恋する男にしかすぎません」
「初対面なのに……!」
「一目で恋に落ちることもあるというもの。……というのは嘘で、私はあなたを知っています。デランジェールの隠された花、ジョルジュやリュシアンが大切にしているあなたを一目見たいと思っていました」
「お姉様たちを知っているのですか?」
「それはもう。そして、一目見て私はあなたに恋をしました。どうか、ラシェル、私と結婚してくれませんか?」
アーサー様がゆっくりとダンスのステップをとめると、私の前に膝をついて言った。
「駄目だ、アーサー様には筋肉が足りない」
アーサー様の背後に腕を組んだ男性がいる。
ジョルジュお姉様だ。けれど今はドレスではなくて、何故か騎士の服装だった。
「駄目だよ、アーサー様には努力が足りない」
ジョルジュお姉様の隣には、リュシアンお姉様が立っている。
何故か魔導士の服装をしている。
「駄目に決まっているわよ! 何盛大なパーティー開いてあたしたちの可愛いラシェルちゃんを手に入れようとしてるのよ! 帰るわよ、ラシェルちゃん!」
お姉様たちの真ん中に立っているお母様は、立派な男性用の貴族の服装だった。
そして私はお母様に小脇に抱えられると、「駄目じゃない、ラシェルちゃん! 家にいる約束でしょ!」とちょっとだけ叱られながら、家に戻ったのだった。
――あれ以来、王子様からの求婚は続いている。
この間は贈り物として持ってきてくれたガラスの靴を、ジョルジュお姉様が叩き潰していた。
本当はお母様は、ファブリス・トリスタン王弟殿下で、ジョルジュお姉様はお兄様で、王国騎士団で騎士団長を務めているらしい。そして、リュシアンお姉様もお兄様で、宮廷筆頭魔導士としてお城勤めをしている。
ファブリス様という方は変わり者で、早くに奥様であるイヴ・トリスタン公爵夫人を亡くしてからというもの、二人の息子の母になると言って、女性として生活をはじめたのだという。
お城を嫌い城下で散策することも多く、お父様とは偶然街の酒場で意気投合したらしい。
お母様の余命がいくばくもないこと、また、実はお父様も重い病気にかかっていること、残された私の心配をしていることを知ると、ファブリス様は私のことは自分に任せろとお父様と約束をしたのだという。
そうして、ファブリス様は、ファブリスお母様になってくれた。
お兄様たちは、ファブリス様を大変慕っていたので一緒に行くといってきかずに、けれど急に年頃の男が二人も家に来たら私が怯えるだろうということで、ファブリス様に倣って女性の姿になっていてくれたのだそうだ。
今でも私は素敵な家族と一緒に暮らしている。
アーサー様も素敵な方だとは思うけれど、――とっても優しい家族と離れがたくもあり、みんながアーサー様を認めてくれるまでは、私は結婚をしなくても良いかななんて贅沢なことを考えているのである。
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