緊急事態2
騎士寮の医務室に駆け込む。個室のベッドにロイさんはいた。近くには項垂れる騎士団長と数人の騎士がいる。私は他の人をかき分けるとロイさんの頬に触れた。何も反応してくれないどころか、ひんやりと冷たい。
「今日は黒森の内部まで行ったんだ。前衛をロイと他の四人で固めていたのだが、まさか黒龍が隠れていたとは…黒森は太陽の光が一切入らない、真っ暗な森でな。ちょうど保護色になっていた黒龍の攻撃を正面から食らったらしい」
「ボクが避け損ねたのを隣にいたロイが庇ったんです!ボクが避けていたら彼は死なずに済んだのに!」
「まだ死んでない!」
「だが傷が深すぎる…いくら聖女様と言えどこれは……」
ロイさんのベッドの前に立っていた騎士が布団をめくり、隠されていた体を露わにした。ロイさんの上半身は包帯がグルグル巻きにされていて、お腹の辺りにはどす黒い血液のシミができている。私は周りの音が聞こえなくなるくらい集中して祈り始めた。自分の体からキラキラ輝く光が放たれて、それがロイさんの傷口に集まっていく。
「お願い、目を覚まして…!」
転生して初日に言われた言葉を思い出す。ダニーさんは「大量出血や死んだ者を復活させることはできない」と言っていた。それは恐らく治癒を使っている本人に多大なる影響があるからだろう。先ほどまで読んでいた本の内容が頭によぎる。ロイさんが助かったとしても私が助からないかもしれない。
「俺がそばにいるって約束したじゃん!」
夜が更けてきた。戻って来てすぐの頃は真っ青だった顔に赤みが戻って来ている。数時間の治癒は既に自分のキャパをゆうに超えていた。眩暈と冷や汗が止まらない。少しでも油断をすると口から何か出てきそうだ。体の中にどす黒い何かが充満しているのが自分でもわかる。椅子に座っていても倒れそうだ。それでも私は祈ることを止めなかった。
「ロイさんの馬鹿……私を独りにしないでよ」
感情がぐちゃぐちゃになり自然と涙がこぼれた。その涙はロイさんの頬に落ちる。すると驚いたことに長い睫毛が僅かに上下した。
「ロイさん?」
私が呼びかけると、ロイさんは薄目を開けた。ボサボサになった黒髪の隙間から黄色い瞳が私をじっと見つめている。幻でも見ているのかと思って、涙でいっぱいの目をこするとロイさんの顔をじっと見た。幻でも間違いでもなく、ロイさんは目を開けていた。不思議そうに掠れた声で私に話しかけてくる。
「おはようワコ、どうして泣いてるんだ?」
「だって、だってロイさんが!」
「約束しただろう?そばにいるって」
弱々しく手を持ち上げると私の頬を伝う涙をぬぐう。そしてそのまま祈っている私の手を外させた。体を覆っていた光が消えて完全に治癒が止まってしまう。
「もうやめてくれ、俺はワコが死んでまで助かりたいと思わない」
ロイさんは叱った。低く静かな声には様々な感情が詰まっていた。
「でも、俺を助けてくれてありがとう」
ロイさんは微笑むと、再び寝てしまった。静かな部屋の中にはロイさんの規則正しい呼吸音が響き渡る。治癒が成功したと分かった瞬間、疲れが全身に回ってきた。椅子から立ち上がる元気すら私にはもう無いようだ。ロイさんの寝ているベッドに上半身を預けるようにして凭れ掛かる。不自然な格好になり明日体が痛いだろうなと考えるも、もう体は一切動く気配が無い。
「ロイさん、大好きです」
意識が飛ぶ。それは眠りではなく気絶だった。
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